激動
「それじゃ、私はこっちの支部に報告に行くから」
正解の命運を揺るがしかねない爆弾ともいえる、親善大使を乗せた船は何事もなく無事に帝都テーヴァに到着した。
港を封鎖して、強引にでも奪いに来るかと思ったがそんなこともなく、拍子抜けするほどに容易く城の眼前まで辿り着いた。
親善大使の護衛として俺は同行しなければならないが、馬鹿女は表向きは一般人。
当然、ついてくることはできず、ここの支部のリーダーにでも指示を仰ぐことになるだろう。
「キュロ、お前はあいつと一緒に行動してくれ」
「ちょ、ちょっと! 勝手に何言ってんのよ!?」
「お前は今、世界がどういった状況で、今俺たちがここにいる意味が分かってるか?」
「当然でしょ、ただでさえ、小競り合いが絶えなかったのに、『スラント』の事件で深々と溝が入ったわ、だから、親善大使を送って、なんとかその溝を埋めようとしてるんでしょ」
「その通りだ、そこで、お前ら『デュナミス』は、今最も警戒していると言っていい。
今頃、構成員が何人も潜り込んでいるだろうし、俺もいるが、それでも想定外というものは存在する。
そんな時、キュロと同じような存在が送り込まれたときどうする?
あれに対抗できるのは、俺か同じ存在であるキュロ位だ」
「で、でも、それだったら私に付いて行かなくてもそのあたりに待機させておけば……」
「キュロは1人だ、人手がいるときキュロからお前たちに頼むことだってあるかもしれない。
それとも、お前の覚悟はそんなものだったのか?」
「分かったわよ……、そのかわり、絶対に親書は届けなさいよ」
「当然だ」
「酷い事をするものね」
「何のことだ?」
「あの娘を騙したんでしょう?
大方、情報を手に入れる為と言ったところかしら」
「俺は嘘はついてない」
「嘘なんてつかなくても騙せるわ」
キュロを連れて行かせたときに言った言葉は建前だ。
『デュナミス』が持っている情報を手に入れる事、流石に重要な事は聞けないだろうが、キュロの外見に騙され、キュロがいても重要な話をし出すかもしれないからな。
あの馬鹿女にも盗聴器は仕掛けてあるが、俺だっていつまでも耳を傾けられわけでもない。
「お待ちしておりました、お部屋に案内いたします」
「謁見は明日の正午になっております。
では、御用がありましたら、お呼び下さい」
明日の正午か、後半日もしたら、親書は受諾され、少なくとも表面上は落ち着きを取り戻すだろう。
「散歩に行くわよ」
「──あんた、狙われているという自覚はあるのか?」
「勿論よ、帝国の過激派が襲ってくる危険性を考慮したら、あなたと一緒にいる方が安全だと思わないかしら?」
「御尤もだ」
「それに、せっかく遠出したというのに、部屋に閉じこもってばかりだなんて御免だわ」
「貴方は戦争を止めるべきだと思う?」
満月の淡い光が照らす夜、月光に照らされた美しい金髪を靡かせ、こちらの反応を伺うように問う。
「正直に言うと勝手にやれっていうのが本音だな。
俺は半ば世捨て人みたいなものだから、師匠が関わってなかったら干渉する気はなかった」
「意外といえば意外かしら、お人好しのあなたのことだから戦争なんて止めるべきだとでもいうと思ったのだけれど、貴方らしいと言えば貴方らしいわ」
「俺は一人で全てを救おうなんて大それたことを考えたことはない。
それに、自業自得を俺が尻拭いしてやる必要性も感じないしな」
「私は戦争なんて絶対にごめんだわ。
勝敗がどうであれ、戦争中はどうしても不自由になってしまうでしょう?
でも、そうね、もしこの世界にサンスクリットとテーヴァ、そしてもう一つ国があって、そことテーヴァが戦争をやるというのなら、勝手にやっていろ言うでしょうね」
「やはり、あんたは王に向いていないな」
王であるならば他国間の戦争なんて望むべきものですらあるだろうに。
戦争はあらゆるものを消費していく、それを供給していくのは安全な国で、物が売れれば国は潤い、漁夫の利さえ得られることもある。
こいつは何処まで自分のことしか頭にない、王は孤独であるべきだが自分勝手にやっていいわけじゃない。
「今更ね、私は王になりたいわけではなし、好きに生きるなら今の地位で十分だわ」
「本来、あんたは好き勝手に生きていい立場じゃないと思うがな」
俺も詳しいわけじゃないが、本来なら、血族を絶やさぬように、有力者に嫁ぐ役割だろう。
どんな生物ならこの女を御せるというのか。
「そろそろ戻るわよ、シオン、私の部屋に誰ひとり近づけないように見張っていなさい」
「了解した」
「シオン殿! 姫君はお部屋におられますか!?」
「どうしたんだ? 朝から騒々しい」
あの女ならこの部屋から一歩も出ていないし、窓の方にも侵入防止対策済みだ。
俺の気付かない隠し扉があろうとも、あの女自身にも結界を張っているから、襲われても気づくし、あの女がこの部屋から出ようものならそれにも気づく。
「陛下が何者かに暗殺されました!」
そうきたか……
面白くない展開になりそうだ。
「騒々しいわね、まだ寝ているという考慮すらできない程無能なら今すぐ辞めるべきよ」
「陛下が暗殺されたそうだ」
「あら、それは大変ね」
一体どういう育ち方をすれば、こんなに図太い神経になるのやら。
世界を揺るがしかねない事件だというのに微塵の揺るぎもないとは恐れ入る。
「調査の詳細、今後の処遇を決めるために会議が開かれます。
姫君にも是非参加をして頂きたく、参りました次第ございます」
「いいわ、シオンあなたも準備してきなさい」
「陛下は寝室にて背中から心臓を一突きで即死、警護に当たっていた近衛兵はその夜、誰も訪れていないと証言しております」
ざわつく会場、これからのことに不安を覚える者もいれば、これを上手く利用しようとしている奴もいる。
その中で、唯一の部外者である俺たちは当然、注目を浴びている。
既に疑いの矛先を向けられていると言っても過言じゃないか。
見事に嵌められたな。
「失礼ながら、姫君は昨晩何処で何をしていたのでしょうか?」
「庭園を散歩した後は床に就いたわ。
私が見た限り、巡回中の者もいなかったし、寝ているときは後ろの男を警護に立たせていたから、実質私を見た者はいないわね」
とはいえ、この女が誰にも気づかれずに陛下を殺せるかといえばそんなことはない。
誰も、この女のアリバイなんて興味すらないだろう。
「では、姫君が後ろに控えている者を使って陛下を殺害したという可能性もあるわけですな」
「あら、随分とはっきり言うのね。
もし、間違っていたら国際問題は避けられないわよ?」
「今更、多少悪化したところで問題ありますまい」
やけに強気な発言だが、それもそうだろう。
あれが黒幕かは知らないが、このまま押し通せば罪をなすりつけられる。
どうせ、まともな調査すらやっていないんだろう。
「だそうだけど、シオン、貴方に犯行は可能かしら?」
「ここで否定して意味があるとは思えないな」
「尤もな話ね」
「処遇はおって通達いたします。
どうぞ、姫君はお部屋にお戻りください」
「いいスケープゴートだわ、私を犯人に仕立て上げる為だけにあんな場所に呼ぶだなんて、いっそ皆殺しにしてまえばよかったかしら」
「確かに国の中枢を皆殺しにしてしまえば、しばらく戦争は起きそうにないな」
その後の結果は約束されたようなものだけどな。
「それにしても落ち着いているな」
「あなたが何とかしてくれるのでしょう?
私が慌てる必要なんてないわ」
相変わらずの暴君だ、利害が一致している以上大人しく従っておくが、正直厄介だ。
手っ取り早いのはサンスクリットから調査団を派遣して真っ当な調査を行うこと。
それで、犯人は割り出せるだろう。
警護に当たっていた近衛兵と口裏を合わせていれば、誰にでも犯行は可能なんだ。
だが、そんなことは不可能だろうな。
そうなると、『デュナミス』のスパイに情報を提供してもらい、息のかかっていない重役たちを上手く利用するしかないわけか。
「キュロ、聞こえるか?」
寝ているとは考えずらい、食事中とはいえ流石に通信には応えるはずだが……
仕方ない、馬鹿女に仕掛けた盗聴器で状況を確認するしか
『~~~~~~っぁぁあああああ!
もう、ダメ、ダメダメダメダメダメ、また、またああああああああああああ』
『美味しい』
あいつらはこんな昼間から何をやってるんだ……
しかし、キュロには一度教育を施す必要があるな。
流石に不憫になってきた。
「キュロ、キュロ!」
『ま……だ…も、ゆるひへ……』
『駄目』
このまま待っていてもしばらく終わりそうにない。
何かいい手は……あったな。
「キュロ、これ以上待たせるなら飯抜きにするぞ」
『────っ!? な、なに?』
「そこに馬鹿女はいるな、少し変わってくれ」
『ふぇ……しおん……?』
「ああ、少し面倒な事になってな。
下手をすると明日にでも宣戦布告を切り出されそうだ。
それを防ぎたいなら手を貸せ」
『ちょっと休憩しゃせて……腰ぬけてたてにゃい……』
「キュロ、少し反省しろ」
『ごめんなさい……』
「(ーヘー;)え~と...