船上の攻防
騎士団の連中から恨みがましい視線を一身に受け、サンスクリットから出航、夜にはダラスに到着予定。
そこから、国境を渡る手続きを済ませるために一泊、翌日には帝都テーヴァへと出航、ダラスから、テーヴァまでは丸1日は掛かる。
少なくとも3日、今の状況が敵の狙い通りなら、この3日間が一番危うい。
何も起こらないことを祈るばかりだが……
────────キィン
「キュロちゃんをどこに隠したの? 早く答えなさい」
「お前は人にものを聞く前に、ナイフで首を裂こうとするのか?」
「このくらいで、死ぬようなあなたじゃないでしょう?
下らない押し問答はいいから、答えなさい」
傍若無人、傲慢不遜、唯我独尊、こいつほど、当てはまる言葉はないだろうな
「俺が隠してるわけじゃない。
あいつがあんたを避けてるんだ」
「命令よ、いますぐに、キュロちゃんをここに連れてきなさい」
「断る、俺は一切干渉しないと言ったはずだ」
「役に立たない男ね」
「それなら、今すぐ俺たちを解任しろ。
後釜なんて、山ほどいるだろう」
「いちいち、口の減らない男ね。
もう、いいわ、キュロちゃんならご飯時に戻ってくるでしょう」
「それは間違いないな」
あいつの身体構造なら、2,3日程度食事をとらなくても問題ないが、食い意地が張ってるからな。
こいつと会うか、食事を諦めるか、前者が勝ちそうな気がするな。
「そういえば、貴方はどうして戦っているのかしら?
師である『終の魔女』の言うことをおとなしく聞くような性格でもないでしょう。
いくら、あなたが底抜けのお人好しとはいえ、理由がなければ動かないはずよね」
「それをお前に教える必要があるか?」
「あるわね、私はあなたの主よ、従者が主に隠し事なんて許可できるわけないでしょう」
「どこの暴君だあんたは、そもそも、俺はお前の従者でも下僕でも奴隷でもない。
いま、あんたの護衛を勤めているのは、利害が一致しているからだ。
事が済めば、あんたともおさらばだ」
「心外ね、私が逃がすと思ってるのかしら。
真実がどうであろうと、今のあなたは私の従者。
以下に有能であっても、この時期に、引き抜こうとは思わないでしょうね。
そして、サンスクリットに戻れば、騎士団が貴方を取り込もうとするでしょう」
「ごもっともな話だが、前提を忘れているぞ。
俺は『終の魔女』の弟子だ。
勧誘どころか討伐の指示が出されるだろうよ」
俺から仕掛けることはしないが、向こうから挑んでくるようなことがあれば容赦はしない。
一瞬で、首を刎ねてやる。
「有能すぎるのも良くないものね。
こんなに可憐なお姫様の前だというのに微塵の油断もないなんて」
「あんたのドきつい性格がなければ少しは油断していたかもな」
「参考にさせてもらうわ」
この女と比べたら、あの馬鹿女の方が何倍楽だったか。
「そろそろ、お昼時ね。
行くわよ、キュロちゃんも貴女がいれば少しは警戒を解くでしょう」
「お前が警戒されるようなことをしなければいいんだ」
「それは無理な相談ね」
「おかわり」
「キュロ、ここは船だ、食料が無くなって閉店というわけにはいかないんだ。
少し、我慢しろ」
「──我慢」
かなり、不満そうだが、船の食糧がすべてなくなっては困る。
だが、表情には出ないにしろ、感情が出てきているのはいい傾向だ。
不満や焦り等、マイナス面ばかりというのは気がかりだが……
「後で部屋にこい、少しなら買い置きしていたものがある」
「食べる!」
「後でと言っただろう」
だから、引っ張るな。
お前に本気で引っ張られたら服が破けるだろう。
「あんたは食わないのか?」
「一日二日、食べなくても死ぬわけじゃないんだから、口に合わないものを食べる必要はないでしょう。
でも、こんなことなら爺やを連れてくるべきだったわね。
流石に、喉が渇いたわ」
「どうして、連れてこなかった?
執事の1人くらい増えたところで、問題なかっただろう」
「それは簡単よ、爺やは先日、解雇したの」
「───一応聞いておくが、理由は?」
「昨日、キュロちゃんにご飯の感想を聞いたのだけれど、満腹とは答えなかったのよ。
それだけで、解雇する理由は十分だわ」
哀れな……、いや、この女から解放されると思えば悪くないのかもしれない。
案外、あの爺さんも喜んでるんじゃないだろうか。
「あの爺さんの名誉の為に言っておくが、こいつは、動きが鈍らないために、満腹になるまでは食べないぞ」
「あら、そうだったの、でも、やってしまったものは仕方ないわ」
こいつには後悔も反省も皆無なんだろう。
こんなやつを親善大使に選ぶなんて、王も末期だな。
「あんた、普段から何を飲むんだ」
「決めてないわ、しいて言うならその時の気分ね」
「それは、何が出てもいいと受け取るぞ」
「もしかして、あなたが淹れるとでも?」
「そのまさかだ」
「下手な物を飲ませるようであれば、生まれてきたことを後悔させてあげるわよ」
こいつは人の善意をここまで蔑むことができるのか。
俺が言えたことじゃないが、こいつの性格は根から最悪だな。
「────悪くないわね」
「素直に美味いと言え」
「爺やと比べても遜色ないわね。
それにしても、本当に残念ね」
「お前の性格がな」
「それはお互い様よ。
眉目秀麗に加え、『終の魔女』を除けば右に並ぶものがいない程の力、身なりが悪くないところや、キュロちゃんの食費を難なく払えているということは財力もあるということ。
そのうえ、お茶の心得まであるとはね」
「あんたに褒められても、裏があるとしか思えない」
「賞賛の言葉は素直に受け取っておくものよ。
それより、どうかしら、あなたが私に使えるというのであれば、抱いてあげてもいいわよ」
「断る」
「あら、男という生物は私のような体が好みじゃなかったのかしら?」
確かに、出るところは出て、引っ込む出来ところは引っ込んでいるし、顔も悪くない。
確かに、男なら一度は抱いてみたいと思うかもしれないが、致命的過ぎる欠点がある。
「あんたの性格がもう少しまともだったらな」
「まさか、あなたが女に幻想を抱いているとは予想外だったわ。
無駄かもしれないけど、一応教えておいてあげる。
女は多かれ少なかれ、裏の顔があるものよ」
「あんたは裏しかないから、断ってるんだ。
隙を見せたら、何をされるか分かったもんじゃない」
「仕方ないわね、抱かれてあげるわ。
その間は、生娘のようにふるまってあげる、ちなみに私は処女よ」
「ふるまうじゃなくて、そのまま生娘だろ……。
そもそも、あんたが何をしようとも、俺はあんたを抱くつもりも使えるつもりもない」
「───既成事実って便利な言葉よね」
「寝るときは、師匠でも解除に数分を要するレベルのものを張っておこう」
「据え膳くわぬは男の恥よ、あなたヘタレなのかしら」
「据え膳だろうが毒入りと分かっていて食う奴はいないだろう」
「ああいえば、こういう人ね」
「いい加減、諦めろということだ」
こいつの相手は疲れる、さっさと帝国に行きたいものだ。
いや、ダラスまで行きついてしまえば、こいつの世話はそこにいる給仕にでもやってもらえばいいわけだ。
俺の気苦労は今日1日で済むか。
そう思えば、少しは気が楽になってきた。
「ちなみに、俺に毒は通じないぞ」
「魔導師というのは本当に厄介ね。
かなり強力な媚薬なのに、それも通じないなんて」
「毒を盛ってここまで堂々としているのはあんたくらいだろうな
ついでに、キュロにも生半可な毒は効かないだろうな」
俺が殺傷なら殺傷、麻痺なら麻痺、専用に特化した毒を調合して、ようやく効果ありといったところだろう。
失敗作とはいえ、あれほど成功に近い個体だ。
その能力はまともな人の範囲から逸脱している。
「成程、だから、キュロちゃんも何ともないわけね」
「健康」
「それはなによりね」
「次に危害を加えるようなことがあれば船から突き落とすからな」
「それは物騒ね、気を付けるとするわ」
(;・∀・)