謁見
─────ゾクリ
「悪寒」
「あれくらいで懲りてくれるわけないか」
元をただせば、キュロの食い意地のせいだから、自業自得と言ってしまえばそれまでなんだが
「いいか、危なくなったら、躊躇うな。
最悪、死んでさえいなければ、どうとでもなる」
流石に、キュロのように人体が細胞レベルで壊れていたり、神経が断線したりしてるなら話は別だが、腕が飛ぶくらいなら修復可能だ。
「警戒」
「それでいい、お前は後悔がないように好きに生きろ。
そうじゃなければ、報われない」
「ずっと一緒」
淡々とした口調、変わらない表情でありながらも、少しづつ、失われていた感情が戻ってきていると感じさせる言葉。
気付けば、頭に手を置き、優しくなでていた。
「俺としては、さっさといい男でも見つけて、平和な生活を送って欲しいんだけどな」
「いい男」
この部屋には俺と、キュロの2人、必然的にその視線の先は
「俺には先約があるんだ」
「一夫多妻制」
「どこでそんな言葉を覚えてきた……?」
どうやら、まだまだ、目が離せないみたいだな。
「私を待たせるなんて、いったいどういうつもりかしら?」
「キュロが食べ終わらなかったんだ」
「それならいいわ」
というか、時間には遅れていない。
そんな、言い訳は通用しないだろうけどな。
「ついてきなさい、親書を預かるついでに、あなた達を紹介するわ」
「それは、前もって俺たちのことを伝えてあるってことでいいんだよな?」
「そんなことしたら、面白くないでしょ?」
「───だろうな……」
しかし、これは、まずい。
脳筋猿の部隊にはキュロの顔は割れているし、脳筋猿に至っては生存している事すら知っている。
あの脳筋猿がそ知らぬふりを通せば、問題ないが、脳筋がそんなことできるはずがない。
顔を隠しても、キュロの体格や髪を見れば感づかれる可能性が高いからな。
「おい、まだ俺たちのことは伝えてすらいないと言ったな?」
「ええ、親書を受け取った後、同行する者を決める手はずになっているわ」
「それなら、推薦するのは俺だけで、キュロの正体は隠せ」
「訳ありのようね」
「これが飲めないのなら、辞退させてもらう」
「いいわよ、私もあまりキュロちゃんを目立たせるつもりはなかったしね。
私の部屋に隠れているといいわ、爺や」
「こちらでございます」
「ご飯」
「爺や、分かっていると思うけど、キュロちゃんに不満の一つでも持たせたら切るわよ」
「承知でございます」
「では、ライラよ、頼んだぞ」
「はい、この命に代えても」
そういえば、あいつの名前は聞いたことなかったな。
聞いたところで分からなかったと思うが。
「次は、ライラに付ける護衛の選出を行う」
「我部隊にお任せください!」
「いえ、私の部隊に、必ずやお守り通して見せます!」
我先にと、声を上げる部隊長達、中には俺を見て様子見を決め込んでいる奴らもいるようだ。
意外な事に、脳筋猿は静観を決め込んでいるな。
「お父様、私が推薦したいものがおります」
「ほぅ、それは誰だ?」
「私が見つけてきた、腕利きの傭兵です。
彼さえいれば、道中、私が危険に晒されることはないでしょう」
「───ふむ、しかし、経歴も分からぬ者を付けるわけにはいかんな。
いくら、お前の推薦とは言え許可できぬ」
まぁ、そうだろうな。
ここは、お手並み拝見と行こうか。
「それならご安心を、彼は少なくとも、サンスクリットに害をなす存在ではないと証明できていますので」
ああ、くそ、そういうことか……
本当に人使いが荒いお姫様だ。
「それは、どういうことだ」
「ふふっ、それは本人から直接説明を聞きましょうか」
「こんなことをさせるのは、王国始まって以来、あんただけだろうな」
「────!?」
「そうかしら? そうだとしたら先人は随分ユーモアが足りないみたいね。
それに、その程度の機転が利かない無能なんて必要ないと思わない?」
あの女が、この場で百の言葉を紡ごうと、俺の安全を完全に証明することなんて不可能に近いだろう。
だが、その逆は簡単だ、この場にいる全ての人に不可能だと思える事を起こしてやればいい。
例えば、誰にも気づかれずに、王の首に刃を当てるとかな。
「この通り、この場にその男を通してしまった時点で、この場にいる全員の生与奪権はその男にあるんですから。
私を護送中に襲うなんてことはありません。
それに、ぞろぞろと兵を引き連れるより、その男1人を連れた方が、より、親交への意欲が伝わるはずです」
これで決まったな。
さて、本当に渡りに船とはこのことだな……
存分に利用させてもらう。
「宰相ね、いくら、私でも用がないと会えないわよ?」
「『スラント』盗難の件に関わっていたとしてもか?」
「────面白そうな話ね、詳しく話しなさい」
「成程、確かに、それは怪しそうそうね」
「よく、こんな話を信じれたな」
「『スラント』が盗難されたなんて、表沙汰にできるわけないでしょう?
人の口に戸棚は立てられないとはいえ、箝口令は敷かれていたの」
「それで、宰相と面会は可能か?」
「そんなの決まってるでしょう?」
これで、少しは敵のしっぽが掴めればいいんだが、『スラント』が王国に還されることは敵の狙い通りのような気がしてならない。
もし、そうだった場合、既に……
「どうやら、貴方の懸念は当っているみたいね。
宰相は、昨日から消息を絶っているみたいよ」
これで、また、振り出しか……
「それにしても、分からないわね、これほど、貴方のことを警戒しておきながら、どうして、貴方を表舞台に引き上げたのかしら?」
「俺の師は『終の魔女』で、面白いことが大好きなんだよ」
「そんな大物が……、でも、そういうことなら納得ね。
あんな仰々しい封印をどうやって解いたのか、『デュナミス』の構成員が簡単に敗走に追い込まれたことも、貴方のその力も、なかなかどうして、私と気が合いそうじゃない」
普通なら恐れを抱くところだろうけどな。
こいつに一般常識は当てはまらないらしい。
そんなこと、俺を引き止めるために船を爆破した時から分かっていたことではあったけどな。
「ああ、そうだろうな、弟子である俺から見てもそう思う。
ちなみに言っておくと、あんた好みの容姿だ」
「私は綺麗なものは好きだけれど、女の子はやっぱり処女じゃないと食指が湧かないのよ。
『終の魔女』が処女なら、それはそれは、奪ってあげたいけど、200年も前から存在する『終の魔女』にそれを望むのは難しいわ」
「それは残念だ」
俺が存在しなければ、この女の願望は満たされていたということか。
俺と出会う前のあの魔女が人を寄せ付けるとは思わないがな。
「それに比べ、キュロちゃんは最高ね。
どうかしら、キュロちゃんを私の思うとおりに弄ばせてくれるというなら、あなたを王にしてあげてもいいわよ」
「お前と結婚だなんて、死んでもごめんだな」
「そんなことしなくても、他の王位継承権を持っている女と結婚してしまえばいいだけよ。
貴方の容姿なら、喜んで受け入れてくれる馬鹿な女は何人もいるわ」
「ここではっきりさせておく、俺にとってキュロは特別な存在だ。
あいつが望まない限り、俺がお前に助力することはない」
「それは、邪魔するつもりはないということかしら?」
「お前がキュロに近づいたところで体の一部を吹き飛ばされるだけだ。
俺が邪魔をする必要すらない」
「安心したわ、あなたが邪魔をしないなら、口説き落とせないこともないもの」
「────何を言っても無駄か」
「無駄な努力は控えるべきだわ」
「そろそろ、出るぞ。
話を聞いて分かると思うが、出遅れるわけにはいかない」
「そうね、でも、1つ約束しなさい。
なにがあろうと、キュロちゃんの処女を散らせることは許さないわ。
それは、私が奪うもの、もし、約束が守られなかったら、どんな手を使っても貴女を殺すわ」
「杞憂だな」
「それじゃあ、行きましょうか」
( ゜д゜)ポカーン