親善大使
「キュロちゃんは私と同じで素材がいいから何でもに合うわね」
かれこれ2時間は着せ替え人形と化しているキュロ、相変わらずの無表情だがうんざりしている感が伝わってくる。
それにしても、あの馬鹿女といい、こいつといい、最近の女は謙虚という言葉を知らないのか?
確かに、見た目が悪くないということは認めるが……
「そろそろ、時間だ。
いい加減、決めてくれ」
「こんな昼間からぶらぶらしてるくらいなんだから、暇なんでしょう?
それなら、まだいいじゃない」
「船の時間まで時間を潰していただけだ。
そろそろ行かないと間に合わないんだよ」
「ふぅん、まぁ、いいわ、それじゃあ、会計お願いね」
こんなに持ち歩けるわけないだろう……
「この中から気に入った奴はあるか?」
「ちょっと、せっかく、私が選んであげたんだから全部買いなさいよ」
「俺たちはここに定住してるわけじゃないんだ。
こんなに必要ない」
「仕方ないわね」
「で、お前は何処までついてくるつもりだ?」
すでに、港まで目と鼻の先、こいつが見送りだなんて殊勝な事を考えてるとは思えない。
「私って王都から出たことないのよね。
こういう華やかなところもいいけど、もっと素朴な自然風景も見てみたいのよ」
「俺たちはこれから帝国へ行くんだ」
「あら、そう、帝国は何が有名だったかしら。
爺やにお土産で買って、たまには労わってあげないとね」
「そう思うなら、今すぐ帰れ」
「嫌よ、私は私の言うことしか聞かないわ」
このじゃじゃ馬に何を言っても無駄か……
一応、誘拐されないように気を配っていたが、ここまできたら、俺の知ったことではない。
少々、強引だがここで別れさせてもらう。
「これは何のつもりかしら?
私は縛られて喜ぶ趣味なんて持ってないわよ」
「これ以上、お前に付き合っている暇はない。
運が良ければ、何事もなくあの爺に助けられるだろう」
「へぇ、この私にこんな仕打ちをしてただで済むと思ってるのかしら?」
「国内ではそうだろうが、俺たちはすぐに帝国に入るからな。
お前がどれだけ、偉かろうが国外に出てしまえば何の効力もない」
「口の減らない男ね────決めたわ、あなた、私に仕えさせてあげる。
最初の仕事は、そうね……、靴でも舐めてもらおうかしら」
「一生言ってろ、行くぞ」
「御馳走様」
「爺や、さっさと起きなさい」
『はっ、何でしょうか』
「船を沈めなさい」
『───いまなんと?』
「船を沈めなさいと言ったのよ。
耳が遠くなったのなら、早く引退しなさい。
使えない駒に用はないわ」
『差し出がましいですが、もう少し考えた方がよろしいのでは……』
「そんなことしていたら、あの男に逃げられるでしょう?
大丈夫よ、父には私が誤魔かしておくから」
『ですが……』
「命令よ」
『───かしこまりました』
ここから、帝国へ行くには、海路であろうと陸路であろうと、必ず非戦闘区である貿易の街、ダラスを通る必要がある。
そこで待ち伏せできれば一番いいのだけれど、私単独でそこまで行こうとしても、鬱陶しい輩に捕まってしまう。
やっぱり、ここで、捕まえるしかないわけだけれども、あの男は絶対に首を縦に振りはしないでしょうね。
いっそのこと賞金首にでも、いえ、あの爺やがああも容易くあしらわれるのだから、無駄ね。
───賞金首ね、手を打つ価値はありそうね。
そうと決まれば、さっさとお城に戻らないと……
船を沈める前に、私を解放させる方が先だったかしら?
──────ドォォォォォォン
「おい、これはどういうことだ?」
定期便、一時停止だと?
つい、先日まで何事もなく動いていたというのに……
「突然、船が襲撃に遭いまして、幸いけが人はいませんでしたが、船はあの通りで……」
動力部がやられているのか、確かにあれじゃあ、しばらく修復に時間を取られるか。
「だが、すぐに他に周回している船が戻ってくるはずだ。
それも動かせないのか?」
「襲撃した犯人が捕まっていない為、現在運行を見合わせているんですよ。
今回は停泊中だったからよかったものの、航海中にあんなことになったら目も当てられませんから」
仕方ない、今日はここで一泊して、陸路で向かうしかないか。
あの女がいるここに留まりたくはないが……
それにしてもこれが偶然か?
あの魔女が手を打った……とは考えずらいな。
俺がここに居ても、侵攻の妨げにしかならない。
『デュナミス』が俺を引き止める為……それも考えずらい。
あいつらの立場から見て、俺が帝国に行くことは決して悪い話じゃない。
そもそも、全てが見えているだろうあの魔女なら、俺が帝国へ行くことを予見できるだろうが、『デュナミス』が持てる情報は馬鹿女からの情報のみだ。
それだけで、俺が帝国に行くと推理するには難しい。
そうなると、あの女か?
船を爆破するなんて、非常識極まりないが、行動とメリットが一致しているのはあの女だけ。
偶然という可能性も捨てきれないが、こんな偶然は考えにくい。
3つ目の仮説が一番可能性が高い、そうすると、もう一度俺に接触を図ってくるはずだが、それで、俺が首を縦に振るとは思っちゃいないだろう。
ここで1泊は危ういな。
「キュロ、跳べるな?」
壊れていた感情が戻って、まだ日が浅い故、感情の起伏が小さいとはいえ、意思の籠った目を向け、首を縦に振る。
「行くぞ」
妙な手を打たれる前に、王都から脱出、街道に出てしまえば、逃げ切れる。
強化された脚力をフル活用し、屋根を伝い門へと跳び続けるが、門の前には通常時以上の門兵、そして、あのじゃじゃ馬姫が待ち受けていた。
「待っていたわよ」
「俺は二度と会いたくなかったがな」
数は十数人、この程度ならキュロですら容易に突破できる。
「そんなに熱い視線を送られるのも悪くないのだけれど、話を進めるわね」
「結構だ、俺たちは今すぐ、ここから出ていく」
「そう言う訳にもいかないのよ」
合図とともに立ちふさがるように、前に出てくる騎士たち。
「俺を賞金首にでもしたか?
残念だが、こんなもの数の内にすら入らないぞ?」
「ええ、分かっているわ、何より、大事な客人にそんなことするわけないでしょう?」
「人違いだ、他を当たってくれ」
「それはないわ、だって、私が招待するんですもの」
「俺がそれに応じるとでも?」
「ええ、だって、あなたお人好しですもの」
「何を根拠に、なんなら、後ろにある門を破壊して通ってやろうか?」
「目には目を歯には歯を、理不尽な仕打ちには理不尽な暴力を、実に貴方らしいけれど、その反面、借りや貸し、丁寧な対応には相応の対応を取ってしまう。
あのアイスのやり取りがいい例ね、あんな誰もが無視してしまうような借りでも、貴方は律儀に従ったもの」
「だが、俺がお前に付いて行く理由がないな」
「キュロちゃんの服を選んであげたでしょう?」
「────っち、用件だけを伝えろ。
俺たちにはあまり時間がないんだ」
「せっかちな男は嫌われるわよ?
とりあえず、城まで来なさい」
「あんたに嫌われるならせっかちな性格で大歓迎だ」
「私とそこらの女を同じにしないでくれないかしら。
私はせっかちな男も嫌いじゃないわ」
「俺はあんたが大嫌いだ」
「私はそんな男を服従させることが大好きなのよ」
「美味しい」
「そう、どんどん食べていいからね」
数時間前にあれだけ食べておきながら、まだ、これだけ食うのか……
「これで、また貸が増えたわね」
「勝手にしろ、それより、いい加減に要件を言え」
「もう少し、キュロちゃんの食べている姿を見ておきたいわ」
「お前の歪んだ性癖をキュロにぶつけるなよ」
「失礼ね、私は美しいものが好きなだけよ。
貴方も、その口を縫い付けたら見れたもなのに、残念ね」
「それはこっちのセリフだ」
「おかわり」
「爺や、私は言ったはずよ、無能に用はないと」
「も、申し訳ありません、すぐにお持ちいたしますので、お待ちを」
「あんたなんかの側近になるなんてあの爺さんも可哀想な事だ」
「何を言ってるのかしら?
使用人なのだから使って当たり前でしょう?
使えない使用人なんて、ただの穀潰しでしかないわ」
こいつは、あの魔女とかなり気が合いそうだな。
目隠しをしていて、目元は分からないが、それでも十分こいつのお眼鏡には敵うだろう。
あの魔女の方も、こいつのようなもの怖気しない性格は気に入るだろう。
「さて、貴方はここに連れてきた要件だけど、あなたには私の護衛を頼みたいの」
「俺は帝国に行くと言ったはずだが?」
「だからよ、実は私、親善大使として帝国へ行くことになったの。
貴方にとっても、渡りに舟でしょう?」
「他に同行する者は……?」
「貴方とキュロちゃんだけよ。
親善大使がぞろぞろ護衛を引き連れて、仲良くしましょう、だなんて説得力の欠片もないわ」
「────いいだろう、ただし、俺が引き受けるのは片道のみだ。
帰りは安全が確保できるところまで護送したのち、この国の者に引き取ってもらう」
「交渉成立ね、父には私から伝えておくわ。
出発は明日、今日はこの城の客室に泊まっていきなさい」
「これ以上、お前に貸しを作るわけにはいかない」
「もちろん、ただでとは言っていないわ。
キュロちゃんを一晩借りたいの」
あれだけ、ハイスピードで進んでいた箸がぴたりと止まった。
「御馳走様、いこ」
昼間のあれは相当に嫌だったみたいだな。
あれほど無表情だったキュロが、これほど焦りを覚えるとは……
「着せたい、服やドレスがいくつもあったのに残念ね。
また、次の機会まで、我慢しておくわ」
こいつの口から我慢という言葉が出るとは、よほど、キュロのことが気に入ったらしいな。
「あまり、キュロに関わりすぎるなよ」
「それは無理ね、この愛くるしい姿を目の前に私が黙っていられると思うかしら?
────いっそのこと、私の手で壊してしまいたいくらい」
やはり、この女の性癖は歪んでるだろ……
「あんたがどうしようと勝手だが、キュロに手を出すと痛い目を見るぞ」
「欲しいものがあったら何でも言いなさい。
並大抵のものなら揃えてあげるわ」
「勘違いするな、俺は何もするつもりはない、というかする必要もない」
「それって………肝に銘じておくわ」
喉元に『キュクロープス』が突きつけられる。
『キュクロープス』自体は何の変哲もない大剣だが、その大きさと質量だけは他の剣を遥かに凌駕している。
そして、それを片手で持っているキュロを見れば、下手な刺激を与えたらどうなるかくらい容易に予想ができるだろう。
「いくぞ」
あれで、大人しくなってくれればいいが……無理だろうな。
「ふふふふ、あの体であの膂力、ますます、気に入ったわ」
力ずくで屈服させて、あの美しい肢体を思う存分堪能し、壊してあげたい。
四肢を押さえつけ、無理矢理、処女を奪いたい。
恐怖と快楽で包み込んであげたい。
ああ、キュロちゃんはどんな声で啼くのかしら。
「そして、あの男も────楽しくなってきたわ。
2人とも、魂まで犯しつくしてあげる……ふふふ、あははははははははは」
(((( ;゜Д゜))))