狂気の天才
「やっほー、久しぶりだね、シオン」
────なっ……、なんで、ここに、『終の魔女』が!?
「そんなに他人行儀な呼び方しなくていいんだよ?
エルナにはちゃんと『ミトス』って名前を教えてるんだから」
以前あった時と変わらず、ずたずたになった服に、両手を繋ぐ鎖と目隠しという、異常な恰好。
それなのに、これだけ人の行き来が盛んな港で誰も反応しない。
「むぅ、私だって常識は持ってるんだよ。
あんまり無意味に殺しちゃうとシオンに怒られちゃうしね」
当然のように考えが読まれてる……
目の前に立っているだけなのに、海に飛び込んでも逃げ出したくなるような嫌悪感。
「あは、本当にエルナは可愛いね」
「───ひっ」
「それで、こいつをからかいに来たってわけじゃないでしょう?」
「もぅ、私がエルナばっかり相手してるから嫉妬しちゃった?
でも、安心して、私が愛してるのはシオンだけだからね」
「はぐらかそうとするなら、もっと上手くやってください」
「相変わらずつれないなぁ、女の子には優しくしないと駄目だよ?」
それは、激しく同意。
もう、毒舌は慣れたし、仕方ないにしても、女の子に手を挙げるなんてありえないわよ。
まぁ、今更、優しくされても逆に気持ち悪いんだけど……
「ねぇ、シオン、その子、治してほしい?」
「────どういうつもりですか?」
「言葉通りの意味だよ。
シオンはその子を治したいけど、出来ないもんね。
だから、シオンが望むなら私が直してあげる、その為に来たんだから」
以前の私だったら、ここで口をはさむところだけど、『終の魔女』と言う存在を知ってしまった今、軽々しく口をはさめない。
甘い言葉には裏がある、それが『終の魔女』だったら、文字通り魂まで抜かれてしまうかもしれない。
「対価は?」
「シオンが今晩付き合ってくれたらそれでいいよ。
あはは、無理しなくていいよ、その子がシオンにとって特別だってことは私にもわかってるんだから。
だから、今回は特別、次はもうないだろうしね」
「師匠は、まだ、あれが続いていることを知っていたんですね」
「まぁね、私も一応協力者だし、どこにあるかは教えてあげられないけど、やってることは前と同じだよ。
そして、その子は最高の失敗作って感じかな?
感情が一部死んでるは言え、自我は保ててるし、そこそこの戦闘能力も保持してる。
まぁ、所詮は失敗作だからって乱用しすぎたね。
丁寧に使ってあげれば、こんな状態にはそうそうならないよ」
「そんなことをしなくても、俺は戦いますよ。
むしろ、師匠は十字架を背負わせた方がいいんじゃないですか?」
「そんなに疑わなくてもいいのに。
今回は本当に、シオンを想ってのことだよ。
それに、今更十字架の1つや2つ増えたところで変わらないでしょ?
そ・れ・に、シオンとたっぷり、愛し合いたいしね」
さっきから、いったい何のことを言ってるの?
シオンとあの子は初対面のはず、それに失敗作って……?
「────お願いします」
「それじゃあ、移動しようか。
エルナはどうする?
先に『デュナミス』に行ってきていいよ」
『終の魔女』は敵の協力者。
もしかしたら、また、エルントの時みたいに……
「行って来い、ここは大丈夫だ」
「───分かったわ」
いままで、シオンの言うことは間違いないわけだし、ここで無理矢理奪おうとしても、気付かれる可能性が高すぎる。
敵の狙いが『スラント』そのものなわけだし、帝国が関わりないことを示すことができれば私たちとしては最低限の目的はクリアしてる。
「随分信用されてるね」
「あいつは馬鹿ですからね」
「ちょっと、馬鹿なくらいが可愛いでしょ?
私みたいに、いろいろ企むよりはね」
「分かっているなら、控えて欲しいんですが」
「それは無理だよ、シオンを困らせることが私の生きがいなんだから」
「──そうですか……」
どんな人外魔境に連れて行かれると思ったら、普通の宿泊施設。
見た限り、変な仕掛けをしているわけでもないか。
「たまには雰囲気作りも大事じゃない?
まぁ、やることは変わらないけどね」
「ぶち壊しですよ、師匠」
そもそも、そんな服で雰囲気も何もあったもんじゃない。
「気にしない、気にしない、さて、まずは、その子を治しちゃおうか」
流石としか言えないな、性格は本当に残念の一言だが、魔法の腕は俺とは比べ物にならない程。
体を構成している細胞レベルの治癒、か細い神経も針に糸を通すかのような緻密な制御すらも軽々と。
「こんなものかな、あれの後遺症も取り除いたけど、長い時間使っていなかったものだから元通りに戻るにはちょっと時間かかりそうだね。
戦闘能力もこれまで通り、生体爆弾も解除しちゃったから、もう大丈夫だよ」
「師匠がいれば、あれも簡単に成功させそうですね」
「あはは、そんなの当たり前でしょ?」
何千何万じゃきかない程の犠牲者を出している悪魔の実験、未だ確立された技術ではなく、現状ではこいつのように何らかの障害を負い、さらに、魔法を使えない以上、決して成功ともいえない。
過去、何人もの天才が挫折していった事を、いとも簡単にやってのけるのか。
「さて、せっかくのお楽しみなんだけど、シオン以外に肌を晒す気はないんだよね。
消してほしいなら、本体ごと消してあげるけど、そのつもりがないなら、早くどこかに行ってほしいなぁ」
「───こやつが、これほどの力をどこで手にれたかと思えば、お主が関わっておったか」
「やだなぁ、シオンは天才だよ?
私はちょっと手助けをしてあげただけ、それに、あんな雑魚に負けるような低級にシオンを評価してほしくないなぁ」
「貴様、此度は何を企んでおる?」
「私は気が短いんだよね。
シオンの手前、我慢してるけど、いい加減にしないと─────終わらせるよ」
「────っ!?」
消えたか、流石にあの薬でも『終の魔女』の呪いは解呪できないだろうしな。
それ以前に、殺されているか
「シ~オン、んちゅ……」
出会った時から、今まで、幾度となく体を重ねただけあって、不意打ちにも慣れたものだ。
望み通り、舌を絡め捕り、唾液を流し込む。
「んふふ、美味し、シオン、今日はいっぱい楽しもうね」
───はぁ、これは満足してもらうまで時間が掛かりそうだ。
ん、朝か……
「起きた?」
「ああ、いまお前がどういう状況か分かるか?」
「寝てる間に治ってた?」
「何か違和感はあるか?」
首を横に振る、師匠が診て失敗なんてあるはずがないか。
「これ」
『おはよ、私としてはもう少し居たかったんだけど、一応、敵対関係だしね。
あ、でも、降参したかったらいつでも戻ってきていいからね?
本題だけど、その子をどうするかはシオンに任せるね。
戦いのない世界に置くのも、連れて行くのも、殺しちゃってもいいよ。
その子を置いて行くなら生活の保障は私がしてあげる、逆に連れて行くなら敵として容赦はしないけどね。
それじゃ、頑張ってね、シオン。
また、我慢できなくなったら来ちゃうかも』
敵対関係か、あの魔女がどの程度本気で来るつもりなのか……
そもそも、本気で敵と認識されたらどうあがいても詰んでいる。
遊び感覚でだとしても、最低、こいつ程度の戦闘能力は必須だ。
そして、特殊な能力に対応できる幅の広い戦い方が必要になる。
せっかく、助かったんだ、俺としては命を無駄にして欲しくないが
「キュロ、お前はどうしたい?」
「戦う」
「はっきりいって、お前程度の実力じゃ、簡単に命を落とすぞ。
今回助かったのは奇跡と言っていい、次は死ぬぞ」
「戦う」
「分かった、ただし、俺の言うことは絶対だ。
勝手な判断で動くな」
「了承」
「よし、行くぞ」