波乱の謁見
城の長い廊下を延々と歩き、辿り着いた巨大な扉。扉の前に待機する兵士達がシエラレオネを見て扉を開けた。
「シエラレオネ様、シュトラーゼ様、奥方様、ご入場!!」
謁見の間には大勢の王族が並んでいた。正面に王と王妃が座り、両端に兄弟が並ぶ。兄弟達の視線は悪意の込もっているものが多かった。紫はその視線に怯む。シエラレオネは怯える紫に気が付いて声をかけた。
『大丈夫?』
『は、はい……』
顔を青くする紫にシエラレオネは顔を曇らせる。しかし、今はどうにも出来ないので黙ったまま跪いた。シュトラーゼも二人の後ろで跪いた。
「シエラレオネ、その者がお前が召喚した者か?」
「はい。シュトラーゼ立ち会いの元、三日間に渡る儀式で召喚致しました」
「では、その姿はどうした?」
王がシエラレオネに問いかける。すると、王族の視線が紫に向けられ皆驚いた顔をする。シエラレオネは王に淡々と詳細を報告した。
「召喚に伴うリスクで一時的に体が動かなくなったものと思われます」
「精霊付きであるお前がこれか……」
「恐れながら陛下。召喚には多大なリスクが伴います。生きて召喚されただけでも良しとすべきです。正妃の二の舞にならなくて良かったと思いますよ」
「………そうだな」
シエラレオネが紫の動かない体について説明すると王は落胆した。しかし、シエラレオネが王の正妃の話を出すと王は顔をしかめて頷いた。
「シエラ、彼女のお名前は?」
「ユカリと申します」
「そう、ユカリ。貴女は何が得意かしら?」
王妃がシエラレオネから紫の名前を聞き出し、紫に問う。しかし、紫は反応を示さない。それに王族が響めく。
「恐れながら、王妃様。ユカリは共通語が話せません」
「どう言うことだ?シエラレオネ」
「ユカリは精霊王により育てられたため、精霊語しか理解出来ないのです。しかし、精霊語と言っても精霊王が使う精霊語です。お聞きしたいことがあれば私がお聞きしますが?」
「なんと!?誰が育てた?」
「水の精霊女王ハスワール様でございます」
シエラレオネが理由を説明すると王妃は驚き、王は顔をしかめた。精霊王と言われ興味を示した王はシエラレオネの言葉を無視して誰が育てかを聞き出した。
「水の精霊女王か…。シュトラーゼ、何か聞いておらぬか?」
「どうやらユカリ様はグリモア様から頼まれたご様子です」
「グリモアとは確か、シュトラーゼの叔父だったな」
「はい。我が一族で最もハスワール様の寵愛を受けていた大神官です」
「うむ……この場で精霊王の精霊語を理解できるのはアキラしかおらぬか……。アキラ、何か聞いてみよ」
「はっ」
シエラレオネを無視してシュトラーゼから話を聞き出す王。シエラレオネもいつもの事と無視を決め込み、シュトラーゼに説明するよう視線を投げた。シュトラーゼは心得たように説明する。王の記憶の片隅にシュトラーゼの叔父が残っていたのは予想外だったシュトラーゼとシエラレオネだが深く聞かれなかったことに感謝した。王は精霊語を話せるシエラレオネの兄アキラに話を振った。アキラは礼をしてから紫に近づいた。
『初めまして、ユカリ。私は第十三王子、アキラと言う。よろしくな』
『初めまして、アキラ様。紫と申します』
『変な事を聞いて良いか?』
『なんですか?』
『お前に……朝比奈麗と言う叔父はいたか?』
『……はい。おりました。私が十になる年に亡くなられた叔父が』
『……そうか』
アキラと紫が誰にも理解できない精霊王同士で使う精霊語で会話を始めた。シエラレオネでも何を話しているのか理解できない。しかし、二人の表情は穏やかでそれを見破れるものはいない。アキラの質問に対して紫の答えがアキラにとって納得のいくものだったらしい。笑ってから精霊王が普段使う言葉に戻した。
『ユカリ、スリーサイズ教えろ』
『兄上ー!!!!!!』
『落ち着いて下さい!!シエラレオネ様!!』
真面目な顔で変態極まりない言葉を言ったアキラにシエラレオネが激怒。帯刀していた剣を抜刀しようとするシエラレオネをシュトラーゼが羽交い締めにして押さえた。
『シエラ……別にかまわぬだろう。減るものでもない』
『減ります!!ユカリの全てが減ります!!』
『わめくな、シエラ。男ならドシッと構えていろ』
『それとこれとでは話が別です!!』
『嫉妬は醜いぞ、シエラ』
『誰がそうさせているのですか!!』
アキラがシエラレオネをおちょくって遊ぶ。アキラは真顔でシエラレオネは鬼の形相。この光景に神官達も含め、驚いている。シエラレオネは誰に対しても感情をむき出しにすることがなかった。それが召喚した紫に対して独占欲を出しているのに驚きを隠せなかった。
『シエラレオネ様、落ち着いて下さい。私は大丈夫ですわ。高々、スリーサイズくらいでその様にお怒りにならないで下さい』
『ユカリ……私が許せないのだ』
『シエラレオネ様……。アキラ様、シエラレオネ様をからかうのは程ほどにしてくださいませ』
紫がシエラレオネを止めようとするが、シエラレオネは怒りをおさめる気がない。それを見て紫がアキラを止めるがアキラは笑っていた。
『ごめんごめん。シエラをからかうの楽しいんだよ』
『アキラ様』
『はーい。…あ、そっか。シエラからいらぬとばっちりを受けたら大変だもんね』
『何を指しているのかわかりませんが、下らない事なのはわかりました』
アキラもアキラで馬鹿な事を考えているのがわかった紫。何を言っても無駄だと紫は判断した。
『ユカリ様!!諦めないで下さい!!』
『私では駄目ですわ』
『ほら、シエラレオネ様!!王の御前です!!しっかりなさい!!』
『!!』
諦める紫をシュトラーゼがたしなめるが完全に諦めモードの紫。最後手段でシュトラーゼはシエラレオネを諌めた。シュトラーゼの言葉にシエラレオネとアキラはハッと我に返った。
『……忘れてた……』
『……アキラ様……』
精霊王の精霊語で呟くアキラに紫はため息をついた。
「お見苦しいところをお見せしました」
「何があったかはわからぬが良い」
シエラレオネとアキラが王に頭を下げた。それを適当にあしらう王。すると、王妃が口を開いた。
「ユカリとお話が出来ないのは残念ですが、これでシエラも王位継承者になれましたね」
「……そうですね。私は王位に就くつもりはございませんが」
王妃はにっこりと笑顔でシエラレオネに告げた。シエラレオネは沈黙後、首を横に振るが王妃は驚いたように口許に手を当てる。シエラレオネはその仕草で王妃が何を考えているのかを見抜いた。
「まぁ、私はシエラレオネに就いて戴きたいのだけど?」
「王妃様、私は王位に就けるほどの技量を持ち合わせていません。それは兄上や姉上方が即位すれば良いこと。私は辺境の城で平和に過ごしたいと思っております」
「そうですか。シエラレオネがそう言うなら仕方ありませんね」
「お分かりいただけたようで何よりです」
表面上は王妃がシエラレオネの考えに理解を示し考えを改めた。しかし、水面下では王族の黒い闇が蠢いていた。
「なんで母上はそんなやつを即位させたいんですか!?僕だって良いじゃないですか!!」
「ラクレイア。貴方は着飾る事だけしか興味がないではありませんか。その様な者が王になるなど考えられません」
王妃とシエラレオネの笑顔の圧力戦に水を差したのは第十六王子ラクレイアだった。ラクレイアは派手好きで自己中心的で短気。思い通りにならなかったら癇癪を起こす。これでは政治など出来やしない。王妃としては兄弟の中で一番優秀なシエラレオネに頼みたいと言う建前を利用してラクレイアを切り捨てた。それにショックを受けたラクレイアはシエラレオネに責任転嫁をした。
「!!お前のせいだ!!」
「言いがかりなど見苦しいですよ。ラクレイア兄上」
怒りの矛先をシエラレオネに向けたラクレイア。しかし、シエラレオネは火に油を注いだ。シエラレオネの言葉に更に逆上したラクレイアがシエラレオネではなく紫に剣を向けた。
「!!殺してやる!!」
「!?ゼクセファルト!!」
紫は体の自由が効かず動けない。ラクレイアは紫に剣を振りかざす。シエラレオネは紫を護るため、自分が所有する精霊ゼクセファルトを喚んだ。
「ぐぁ!!」
喚ばれた精霊ゼクセファルトはラクレイアの頭上から現れ、ラクレイアを踏みつけた。それに全員が沈黙した。シエラレオネが顔をひきつらせてゼクセファルトを止めた。
『ゼクセファルト、殺すなよ』
『………』
『ゼクセファルト』
『………』
シエラレオネの言葉に無反応なゼクセファルト。その下ではラクレイアを思いっきり踏みつけていた。遠慮なく全体重をかけていた。シエラレオネの鋭い声も無視。
『ゼクセファルト、お退きなさい』
『姫のご命令ならば』
紫がゼクセファルトに告げるとゼクセファルトは微笑んでから退いた。その光景に誰もが驚いた。ラクレイアは待機していた兵士に医務室へ運ばれて行った。
『ゼクセファルト、お前私に従わないのにユカリには従うんだな』
『お前と姫が同列だと?ハッ!!屑はわきまえよ。生きている事に感謝をし、我に跪くがよい』
『この女王め』
『最高の誉め言葉だな』
険しい顔をしてゼクセファルト専用の精霊語で対話するシエラレオネ。シエラレオネの言葉に鼻で笑い見下すゼクセファルト。顔をしかめるシエラレオネに勝ち誇った顔をした。
『姫、姫にアルシェルドをお渡ししましょう。この子は必ずや姫の役に立ちましょう』
『私に預けていいの?』
『もちろんです。この子は姫の為に生まれたのです』
ゼクセファルトは紫に精霊アルシェルドを渡した。アルシェルドは体長10cmくらいで喋ることは出来ない。紫の掌でぺこりと頭を下げるアルシェルド。
(か、可愛い…!!)
紫はアルシェルドの可愛さに魅了された。
『アルシェルド、必ず姫を屑共から守るのですよ』
ゼクセファルトの言葉に頷いてガッツポーズをアルシェルド。それを見たゼクセファルトは満足そうに頷いた。
『シエラレオネよ、姫を傷付ける事は決して許さぬ。覚えておくがよい。姫を傷付けるものは容赦無くアルシェルドが殺すであろう』
ゼクセファルトは謁見の間にいる全員に殺気を向けて告げる。それに怯える王族。ゼクセファルトの後ろ姿しか見えない紫は何が起こっているのかわかっていない。ゼクセファルトは紫を振り返り微笑んでから消えた。
「……あれがシエラレオネの精霊か……」
「…普段は大人しいのですが、機嫌が悪いととても攻撃的です。今回はちょっとご機嫌斜めでしたね」
王の呟きにシエラレオネが答えると全員が怒りを露にした。王がシエラレオネに怒鳴り付ける。
「あれでちょっとだと!?」
「ゼクセファルトの機嫌が悪かったら、私を含め皆殺しです。ゼクセファルトは超古代文明ナスカレーシュを滅ぼした破壊の精霊です。この意味がお分かりですか?」
「!!!」
「ッ……」
王の怒鳴り声にシエラレオネは見下した視線をやり告げる。ゼクセファルトが大昔、グラン・ド・ツールに栄えて超古代文明ナスカレーシュを一瞬にして滅ぼした精霊だと知ると皆、息を飲む。呼び出されたゼクセファルトの機嫌が悪かったら、ラクレイアどころか自分達も殺されていたかも知れないと言う事実に顔を青くする王族。他人よりも自分の身を第一に考えていた。そんな王族を見ていたシエラレオネの視線が鋭くなった。
「陛下、ユカリに何かした場合、ゼクセファルトが我々に制裁を下すでしょう。それをお忘れなきように。では、私たちは失礼いたします」
シエラレオネの言葉に顔を青くして頷く王を確認してシエラレオネは紫の車椅子を押して謁見の間を後にした。シュトラーゼもその後を追うように出ていった。紫は話の大半を理解できていないが、後で聞けばいいかと深く考えていなかった。
シエラレオネの寝室に戻るまで誰一人として喋らなかった。