新たに始まる生活
『では、今、メイドをお呼びしますね』
「アンジェリカ、入りなさい」
「失礼します」
シュトラーゼは外で待機させていたメイドを呼んだ。シュトラーゼに呼ばれて入ってきたのはアンジェリカだった。アンジェリカは入り口で待機して指示を待った。シュトラーゼは手招きしてアンジェリカをベッドの近くまで呼んだ。
『こちらはユカリ様のお世話をさせていただくアンジェリカです。アンジェリカ、シエラレオネ様の奥方様となるユカリ様です』
『アンジェリカさん、よろしくお願いします』
『ユカリ様、私はユカリ様の侍女にございます。どうか、アンジュとお呼びください』
『アンジュさん?』
『呼び捨てで構いません』
『でも……』
『構いません』
『ハイ……』
アンジェリカは紫に対して王族にする最高礼をする。紫は起き上がる事をシエラレオネから許されておらず頭を下げることしか出来ない。さん付けする紫をたしめる。王族の一員となるのだから侍女をさん付けで呼ぶ必要はないと。アンジェリカの有無を言わさぬ笑みに頷くしか紫には出来なかった。
「シエラ様、シュトラーゼ様、即刻出ていってくださいませ」
「ここは私の部屋だ」
「ユカリ様の着替えを見るおつもりですか?」
「夫婦になるのだ。構わないだろ」
「乙女心を理解なさってください。シエラ様は隣の衣装室で着替えをなさってください」
アンジェリカは紫を着替えさせるためにシエラレオネとシュトラーゼを追い出そうとする。シュトラーゼは肩を竦めてシエラレオネはアンジェリカと対峙する。両者一歩も譲らず……。シエラレオネがチラッと紫を見て今回は引いたのだった。
「……わかった。睨むな、アンジェリカ」
『ユカリ、着替えたらまた来るからね。何かあったら叫ぶんだよ』
『ユカリ様、また後程お会いしましょう』
『?』
紫に話を聞かせないためにあえて共通語で話すシエラレオネとアンジェリカ。紫は二人が何を話していたのかわからず首を傾げた。シエラレオネは紫に微笑んで頭を撫でてから隣の衣装室に入っていった。シュトラーゼは紫に挨拶してから普通に扉から出ていった。
『さ、ユカリ様。お着替えしましょう』
『え……』
アンジェリカの綺麗な笑みに本能的に恐怖を感じた紫。この後、アンジェリカの着せ替え人形になるのだった。
着替え終わり待ちぼうけを食らっていたシエラレオネが痺れを切らし寝室に突撃した。すると寝室には疲れきってぐったりとした紫がソファに横たわっていた。アンジェリカは上機嫌でベッドメイキング中。シエラレオネは慌てて紫に駆け寄った。
『ユカリ、大丈夫?』
『…うぅ……もうダメ……』
『ユカリ……』
シエラレオネが話し掛けても魘されている紫。それが心苦しいシエラレオネはアンジェリカを睨み付けた。
「アンジェリカ」
「何ですか?シエラ様」
シエラレオネの殺気に動じないアンジェリカ。シエラレオネとアンジェリカの戦いが火蓋を切った。
「ユカリに何をした」
「ユカリ様のお洋服を選んでいただけですわ。シエラ様が思われているような事はございませんでしたが?ユカリ様ってばスタイルが良いのでどれも似合って迷ってしまいましたわ」
「ッ……」
シエラレオネの言葉にアンジェリカは意気揚々と告げた。言葉に詰まるシエラレオネをニヤリ顔で見るアンジェリカ。アンジェリカが優勢なようだ。
「将来は美人になって殿方からのお誘いが星の数ほどありましょう」
「ユカリは俺のだ……。絶対に渡さん」
「まぁ、怖い」
シエラレオネを更に追い詰めるアンジェリカは鬼だ。完全に目が据わるシエラレオネを笑うアンジェリカ。今回の勝負はアンジェリカに軍配が上がった。アンジェリカとシエラレオネの戦いが繰り広げられている最中、紫は未だに魘されていた。ある意味、カオスと化している寝室にシュトラーゼが入ってきた。ノックはしたが誰も何も言わないので勝手に入ってきた。
「…何をしているのですか?」
アンジェリカとシエラレオネの睨み合いと魘されている紫を見てシュトラーゼはため息をついた。シュトラーゼの問いに誰も答えない。シエラレオネとアンジェリカはシュトラーゼが来たことにすら気が付いていないようだ。シュトラーゼは紫に近付いて容態を確認する。
『ユカリ様、大丈夫ですか?』
『うぅ……』
『ユカリ様、ご安心を。人形遊びは終わりました』
『……本当…?』
『はい』
『…もう…いや…』
『明日以降はすぐに決めるようアンジェリカに言っておきます』
心身共にダメージを負った紫に紫の気持ちを察したシュトラーゼが真顔で誓った。これは可哀想だとシュトラーゼも判断した。
『ユカリ様、少しお体に触れさせて頂きますね』
『?はい』
まだ体が動かない紫をシュトラーゼが起こして持ってきた車椅子に紫を座らせた。
『!車椅子ですか?』
『はい。何処かに仕舞っていたのを思い出しましてお持ちしました。膝掛けをお掛けしますね』
『ありがとうございます。シュトラーゼ様』
シュトラーゼが紫の体調を気遣って冷えぬように膝掛けをかけた。それが嬉しかった紫は素直にお礼を言う。