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壊された日常

翌日、シエラレオネが目を覚ましても紫は起きていなかった。正確には起きたがまた眠っただけだ。


「…早く目覚めて私にお前を感じさせてくれ…我が妻よ」


シエラレオネが紫の顔を撫でながら呟いた。すると、紫が目を覚ました。焦点の定まっていない瞳だったが暖かみを感じる方に紫は視線を向けた。それにシエラレオネは驚いて優しい笑みを浮かべた。


「おはよう」

「…………」


シエラレオネが声をかけても紫は反応しない。シエラレオネは首をかしげた。


「おはよう?」

「……………」


全く反応しない紫にシエラレオネは首を更に傾げる。一方の紫は頭が完全覚醒して思考も動き始めたが目の前にいるシエラレオネの言っていることが理解できない。なんて反応したら良いのか悩んでいた。


「言葉が通じてないのか?」


ブツブツと呟き始めたシエラレオネを横目に紫は起き上がろうとした。だが、それに気が付いたシエラレオネに制された。


「まだ起き上がってはダメだ」


余り力が入らない紫はシエラレオネのなすがまま横にされた。


「シュトラーゼを呼ぶしかないか……」


ため息をついて何かを決意したシエラレオネを不思議そうに見る紫。そんな紫の頭を優しく撫でるシエラレオネ。


『あの……』

「………」


紫が声を発した。しかし、その声は言葉になっていなかった。シエラレオネは紫の声に驚きついつい紫を見つめてしまった。それに紫は居心地が悪そうに顔をしかめ、そっぽをむいた。機嫌を損ねたのかと勘違いしたシエラレオネが慌てて弁解した。


『ごめんね!怒らせたかった訳じゃないんだ!!だから、こっち向いて?』

『……ふふ』


シエラレオネの慌てっぷりが紫の笑いを誘ったらしい。笑う紫を見てシエラレオネは安堵の息を漏らした。


『あの……』

『どうかした?』

『ここはどこですか?』

『ここはアルフィードルラキ王国。グラン・ド・ツールにある大国だよ』


紫の問いにシエラレオネが嬉しそうに答える。しかし、紫は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


『グラ……?』

『グラン・ド・ツールだよ』

『グラン・ド・ツール』

『そう。で、この国はアルフィードルラキ』

『アルフィードルラキ』

『そうだよ』


幼子に言葉を教えるようにシエラレオネがゆっくり言葉を紡ぐと紫が復唱する。紫がちゃんと言えるとシエラレオネは紫の頭を撫でる。このとても穏やかで幸せな時間を壊す奴がノックしてやって来た。


「いつまで寝ているんですか?起きてください。シエラ様」

「………空気を読まない奴め………」

「シエラ様」


紫は知らぬ声に驚くがシエラレオネが落ち着かせる。今も扉の向こうで扉を叩くシュトラーゼ。紫の為にも黙らせたいシエラレオネは仕方なくシュトラーゼの入室を許可した。


「入れ」

「失礼します。起きてるなら起きてると………目を覚まされたのですね」


入室許可が下りたシュトラーゼがはいって文句を言っていたが紫が起きているのを見留め驚いた表情をした。


「お体は大丈夫ですか?奥方様」

『?』


シュトラーゼの言葉に困ったような表情をする紫。シエラレオネが助け船をだした。


「シュトラーゼ、精霊語で話しかけてやれ。共通語は通じない」

「……わかりました」


シエラレオネの言葉にシュトラーゼは驚いた表情をして頷いた。今まで紫とシエラレオネが話していたのは精霊が使う言葉だった。精霊語は神官や精霊憑きなど限られた人間が使う言葉だ。一般の人間には何を言っているのかわからないだろう。シュトラーゼは紫に精霊語で話し掛けた。


『お体は大丈夫ですか?奥方様』

『奥方様…?』

『はい。貴女はシエラレオネ様の奥方様です』


シュトラーゼが紫に話しかける。紫はシュトラーゼの言葉に首を傾げた。シュトラーゼは優しい笑みを浮かべ頷いた。でも紫の疑問は増えるばかりだった。


『?シエラレオネ様とはどなた様ですか?』

「……シエラ様……」

「すまない……目覚めたことに浮かれていた」


紫の疑問にシュトラーゼはシエラレオネを白い目で見た。いたたまれなくなったシエラレオネはそっぽを向く。それにため息をついたシュトラーゼ。


『この方がシエラレオネ様です。私はシュトラーゼと申します。貴女のお名前をお聞きしてもよろしいですか?』

『私の名前……?………』

『?いかがいたしましたか?』

『…………わからない…』

『え?』


シュトラーゼがシエラレオネを紹介して紫に名を聞くと紫は考え込んでしまった。紫の記憶が曖昧なのだ。それに驚くシュトラーゼとシエラレオネ。


『わからないの』

『…………』

『そんな不安そうな顔をするな。名が無くとも我が妻であることにかわりない』


不安そうな表情をする紫をシエラレオネが安心させるために頭を撫でる。すると、精霊がやってきた。


『ユカリ!ユカリ!!ママンの娘!!ママン喜んでた!!ユカリが生まれて喜んでた!!』

『マ、マ、ン?』

『ママン!ママン!ボクたちのママン!!』

『!?』

『アハハ!!ユカリまたね!!』


陽気な精霊は紫の周りを回りながら踊っていた。紫が名を繰り返すと精霊も復唱する。シエラレオネとシュトラーゼはある言葉に反応した。精霊は満足したのか何処かに消えていった。


「……シエラ様、凄い方を奥方様にしましたね」

「……そうだな」

「精霊の王女ですか……」


共通語で会話するシエラレオネとシュトラーゼに紫は首を傾げた。それと同時に紫はあることを思い出す。


『……朝比奈紫……』

「え?」

『それが奥方様の名前ですか?』

『!!違う!!ここは私のいた世界じゃない!!』


紫の言葉にシエラレオネとシュトラーゼは驚いた。

(奥方様のいた世界じゃない?しかし、あの魔方陣は運命の相手を呼び寄せるもの。異なる世界から召喚されるなど……ありえない)

(ユカリのいた世界か……興味あるな)

シュトラーゼは魔方陣について思考し、シエラレオネは愚考していた。


『どうして…?あの時、私は確かに池に落ちたわ。死んでるはずなのに……それとも死後の世界…?』

『それはない』

『それだけはありません』


動揺する紫の言葉にシエラレオネとシュトラーゼが突っ込んだ。徐々に記憶が甦ってきた紫は更に動揺する。その様子にシエラレオネが動いた。


『ユカリ』

『?』

『初めにユカリはどこにいた?』

『学校にいました。夕方、手紙を貰って空中庭園に行きましたの』


シエラレオネが紫を呼ぶ。それに反応して紫が顔を上げた。シエラレオネの質問と言う名の誘導に紫は答えていく。


『それから?』

『空中庭園にある池の近くにいました。誰もいなかったから池を見ていたら後ろから突き飛ばされて落ちてしまって……必死に水面にでようとしたけど息が続かなくて……それからはわかりません…』


続きを促されるまま答える紫。長い間忘れていたように感じられる記憶を引きずり出す紫。


『他には?』

『後は……暖かい何かに包まれたのは覚えています。暖かい声が聞こえたのも……』

『ユカリ、悩む必要はない。もしそれが本当なら精霊に聞けばいい。先程来た精霊がいただろう?精霊達はそこら中に存在する。だから、聞けばいい。答えてくれるはずだ』

『はい…』


段々落ち込んでいく紫をシエラレオネが元気づける。精霊は滅多なことでは姿を現さないが精霊に気に入られれば近寄ってくる。紫の頭を撫でるシエラレオネ。落ち着きを取り戻した紫はシエラレオネの言うことに従った。


『ユカリ、お前がここにいる理由を話さなくてはならないね。ユカリを呼んだのは私だ』

『え?』


紫はシエラレオネが紫がいる理由を知っているのに驚いた。紫はシエラレオネが知るはずがないと思っていたのだ。


『この国では王族は18の誕生日に必ず運命の相手を召喚しなくてはならない。だが、今まで召喚された相手はアルフィードルラキの国民だった。だから、今回ユカリが異世界から来たのは私でも驚いた』

『…じゃあ、帰れないの…?』

『すまない』

『そんな……』


シエラレオネが紫に真実を話して頭を下げた。それに紫は驚いた。二度ともとの世界に帰れないのだと絶望した。


『ユカリ、ユカリが帰りたいのなら私も帰る方法を探す。でも……私はユカリと一緒に居たい。ユカリだけが私の奥さんなんだ』

『………』


落ち込む紫を何とか励まそうとするシエラレオネだが紫は聞いていない。それを見てシュトラーゼが助け船を出した。


『ユカリ様、精霊の女王を探しましょう。精霊の女王なら帰る方法をご存じかも知れません。その為にシエラレオネ様の奥方様と言う地位を利用しましょう?』

『……でも……』

『構わない。この国には聖域が多い。聖域にはたくさん精霊がいる。聖域に入るには王族であることが条件だ。精霊の女王を探すなら我が妻の地位にいるほうが探しやすいだろ』


シュトラーゼの言葉に難色を示す紫。頷かせる為にシエラレオネが利点を説明する。それでも紫は難色を示したままだ。


『……ですが、シエラレオネ様には何も利益はありません』

『そんなことはない。我が妻となる以上、義務は果たしてもらわねばならない』

『義務?』

『パーティーに出席したり、シエラレオネ様に付いて視察に行ったりです。他にも有りますが、今はこれくらいでしょう』

『ユカリは我が妻としての役目を果たしつつ精霊の女王を探し、私は精霊の女王探しの手伝いをする。これでどうだ?』

『……わかりました。ここで頼れるのはシエラレオネ様方しかいません。よろしくお願いします』

『あぁ』


等価交換。紫が難色を示していた理由はこれだった。紫に利益はあってもシエラレオネ達には利益がないと紫は言ったのだ。それを理解したシエラレオネとシュトラーゼが首を横に振った。出された条件にようやく頷いて頭を下げた紫。シエラレオネは安心したように笑みを浮かべた。




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