目覚めを待つ王子
シエラレオネは神殿から出るとすぐに城に移動した。すれ違う使用人や兵士達に軽く挨拶をして寝室に向かう。しかし、その足取りは寝室ではなく浴室に向かっていた。それに気が付いたシュトラーゼが慌てて止めた。
「シエラ様!!どこに向かおうとしているのですか!?」
「………我が妻はずぶ濡れだ。風呂に入れなくては風邪を引いてしまう」
「それはわかりますが、シエラ様が向かわれる意味がわからないのですが?」
「私が入れるだけだ」
変態への道を歩もうとするシエラレオネをシュトラーゼが引き留めた。まだ目覚めてもいない紫に誤解を植え付ける訳にはいかない。真顔で入れると言ってしまっている辺り本心からであるのはシュトラーゼも理解できた。しかし、それだけはまだ越えてはいけない境界線だ。シュトラーゼがどう止めようか悩んでいると前から見知ったメイドがやって来た。シュトラーゼはそのメイドに命じた。
「アンジェリカ!!奥方様をお風呂にいれて差し上げなさい」
「畏まりました」
「あ!!待て!アンジェリカ!!」
「はいはい、シエラ様はこちらですよ」
見知ったメイドアンジェリカはシュトラーゼの命に素早く動きシエラレオネから紫を奪い逃げた。その素早さに遅れをとったシエラレオネが追いかけようとするがシュトラーゼに捕まってしまった。ズルズルと引きずられてアンジェリカとは反対の方面に連れていかれた。
紫はアンジェリカと他のメイド達により綺麗にされ、シエラレオネの寝室へと運ばれた。それでも一向に起きる気配のない紫をシエラレオネは心配していた。そわそわした様子で執務室を動き回るシエラレオネにシュトラーゼがため息をついた。
「シエラ様、少しは落ち着かれてはいかがですか?」
「だが!」
「心配なのはわかりますが、仕事をしてください。奥方様がお目覚めになられた時、執務室が汚れていたら失望なされますよ」
「仕事を持ってこい、シュトラーゼ」
仕事が手につかないシエラレオネを諌めるシュトラーゼ。紫が失望するしない以前の問題でもあるが、シエラレオネはそれに気付かずシュトラーゼの言葉に乗せられて仕事を片付ける。
(奥方様を出せば仕事をする…と)
シュトラーゼは脳内メモに付け加えた。今後、仕事をしなければこの手を使えば効果的だとほくそえんだ。
紫は夢を見た。暖かい水に包まれる夢を。その水は羊水の様に幸せに満ち足りていた。体を動かすことも喋ることも出来ないが喋る声は聞こえる。何かを歓迎していて楽しみにしている声と優しく響く母の様な声。紫はその声の主と会うのが楽しみだった。しかし、水が急激に流れ始めた。紫はなす統べなく流れに身を任せ、意識を闇に沈めた。
シエラレオネが全ての仕事を終わらせたのは夜だった。シュトラーゼの言葉に乗せられたのを反省しつつ、寝室に戻る。寝室には未だに目を冷まさぬ紫がベッドに横たわっていた。シエラレオネは起こさぬように横に寝転がると紫の額にキスをしてから眠りについた。
紫は暖かい何かに包まれたことにより意識を戻した。
「…………」
体は動かないが瞼を開けることは出来た。長い間瞳を閉じていたことで瞳に物が映し出されるまで時間はかかったが、それでも暗かった。体を動かそうにも動かす事が出来ない。覚醒しきれていない頭で考えることを放棄した紫はまた意識を闇に沈めた。