酷暑日の幽霊たち
S玉県K谷市の外れにある、小高い丘の墓地。
八月の午後二時。
墓地の管理事務所の外壁にある温度計はすでに40.2度を指していた。
墓石は太陽を浴びて白く輝き、蜃気楼のように景色を揺らしていた。
「……暑いのう。」
墓石の陰から、白い着物姿の老人がふわりと浮かび上がる。
ヨネさん。
幕末のころから、この墓地に住み着いている古株の幽霊だ。
「昔は夏でもこんなことはなかったぞ。せいぜい蝉がうるさいくらいじゃった。」
その横で、軍帽を抱えた男が扇子をぱたぱたしている。
タロウさん。
終戦直後から現れるようになった幽霊である。
「昭和二十年代は暑くても三十度を超えりゃ大騒ぎでしたからねぇ。」
「今は三十五度で『今日は少しマシですね』じゃ。」
「世も末ですよ。」
二人は大きくため息をついた。
そこへ、日傘を差した若い女性が現れる。
もちろん日傘は透けている。
クミコさんだ。
平成の初めから、この墓地にいる。
「こんにちはー。」
「おお、クミコさん。」
「今日も暑いですねぇ。」
「幽霊なのに汗をかきそうです。」
「汗は出んじゃろ。」
「気分です。」
三人は墓石の影へ集まる。
もっとも、影も熱い。
「この墓石……。」
ヨネさんが触れて、思わず手を引っ込めた。
「熱っ!」
「幽霊でも『熱っ』ってなるんですね。」
「なるわい。」
タロウさんが頷く。
「墓石の輻射熱ですよ。」
「昼間に温められて、赤外線を放射してるんです。」
「さすが平成の幽霊は理科に詳しい。」
「ネットで調べました。」
「便利な時代じゃのう。」
しばらく三人は無言だった。
暑すぎるのである。
風もない。
蝉まで鳴く気力を失っていた。
すると、遠くの墓地から数人の幽霊が担架を運んでくる。
「おーい!」
「大変だー!」
「どうした?」
担架には青白い幽霊が寝かされていた。
「隣町の墓地のマツさんです!」
「熱中症!」
「幽霊が?」
「ええ。」
「暑すぎて意識が遠のいて……。」
「そのまま……。」
一同が息をのむ。
「……成仏しました。」
「えぇーーっ!?」
三人の声が墓地に響いた。
「そんな理由で!?」
「最近、多いんですよ。」
担架を運ぶ幽霊が肩を落とす。
「暑さに耐えられなくなって、そのまま未練まで蒸発してしまうんです。」
「未練まで!?」
「暑すぎると、どうでもよくなるみたいで。」
「恐ろしい世の中じゃ……。」
ヨネさんが空を見上げる。
「あの世にも労働安全衛生法はないのか。」
「ないですねぇ。」
「避暑地もない。」
「クーラーもない。」
「扇風機は?」
「風が通り抜けます。」
「意味ないな。」
その時だった。
墓参りに来た親子がやって来る。
「暑いね、お父さん。」
「五分で帰ろう。」
「水筒持ってきてよかった。」
三人は羨ましそうに見送る。
「水……。」
「飲めん。」
「アイス……。」
「持てん。」
「エアコン……。」
「壁をすり抜ける。」
三人は再び沈黙した。
夕方。
ようやく日が傾き始める。
墓石も少しずつ冷えていく。
「助かった……。」
タロウさんが空を見上げる。
「昔は幽霊といえば夏の風物詩だったんですけどね。」
クミコさんが苦笑する。
「今じゃ『暑いから幽霊も出歩かない』って言われてます。」
「確かに昼間は無理じゃ。」
ヨネさんは深くうなずいた。
「これからは夜専門にするか。」
「夜でも33度ありますよ。」
「……。」
三人は顔を見合わせた。
やがてヨネさんが静かに言った。
「盆までには少し涼しくなるかの。」
その言葉に誰も返事をしなかった。
西の空では、赤く染まった入道雲が、まだまだ夏は終わらないとでも言いたげにゆっくりと広がっていた。




