第6話
待機所は依然として異様な熱気に包まれていた。
「サラちゃん、今日の訓練は俺と組まない?」
「いやいや、俺がサラの魔法の的になるよ!」
普段はカイルにしか向けられなかった先輩や同僚たちの視線が、今は獲物を狙う獣のようにサラに集中している。いや、正確には「サラ」ではなく、彼女の制服を内側からはち切れんばかりに押し上げている「胸」に、だ。
「……結構です。今日は個人訓練の予定なので」
サラは極力感情を消した声で男たちをあしらい、自分のロッカーの扉をバタンと閉めた。
群がる男たちの隙間から、顔を真っ赤にして何事か叫んでいるカイルの姿が見えたが、サラはすぐに目を逸らした。
(みんな、胸ばっかり……バカみたい)
サラは内心で深くため息をついた。
さらしを巻くのをやめて、ありのままの自分でいようと決めた。どうせ「妹」としてしか見られないなら、もう無理して隠す必要なんてないと思ったからだ。
けれど、結果はこの有様だ。
誰も「私」なんて見ていない。みんなの目は、ただこの不格好に膨らんだ脂肪の塊に釘付けになっているだけ。
(大きくても、重くて肩が凝るし、動くたびに揺れて邪魔なだけなのに)
男たちの露骨な視線が身体中を舐め回すようで、気持ち悪くてたまらない。
そして何よりサラを深く傷つけていたのは、カイルの態度だった。
先程から「ジロジロ見るな!」と男たちを威嚇しているカイルだが、彼の視線もまた、チラチラとサラの胸元を彷徨っているのを、サラはとっくに気づいていた。昨晩のハプニングの時と同じ、戸惑いと熱を帯びた、あの目。
(どうせカイルも、この胸しか見てないんだ)
ずっと、ずっと隣でカイルを見てきた。彼に相応しい魔道士になれるように、誰よりも努力してきた。
私の魔法の精度が上がった時、カイルは「すごいな」と頭を撫でてくれた。
私が新しい戦術を提案した時、カイルは「助かるよ」と笑ってくれた。
でも、それは全部「よくできた妹」への褒め言葉だった。
胸が大きくなったからって、急に中身まで「都合のいい女」に変わるわけじゃない。
それなのに、胸が目立つようになった途端にカイルの態度が変わるなら……結局、彼も他の男たちと同じだ。今まで私が積み重ねてきた努力も、彼を想ってきた心も、この脂肪の塊一つで塗り潰されてしまう程度のものだったのだ。
隠さなくなったことで、今まで見えなかった嫌なことばかりが目につく。
男たちの浅ましさも、カイルの残酷な本質も。
「……もう、嫌だ」
サラは待機所の喧騒から逃れるように、足早に部屋を飛び出した。
廊下の角を曲がり、人気のない中庭の木陰に身を隠すと、ようやく息を吐き出す。
背中を木の幹に預け、サラは忌々しげに自分の豊かな胸元を見下ろした。
「こんなの……なくなっちゃえばいいのに」
ぽつりとこぼれ落ちた呟きは、誰にも届かず、春の風に虚しく溶けていった。
ずっとカイルに女の子として見てもらいたかった。でも、こんな形で見られたかったわけじゃない。
(私を見てほしい。胸じゃなくて、私を)
届かない願いを胸の奥に押し込めながら、サラはギュッと目を閉じた。




