後日談②
王都の喧騒から少し離れた、星降る夜。
非番の日を利用して街で食事を楽しんだカイルとサラは、夜風に吹かれながら騎士団の敷地へと歩いていた。
「……今日のカイル、なんか変よ。食事中も上の空だったし、やけに口数も少ないし」
「そ、そうか? 別に普通だろ。それより、明日の合同訓練の布陣だけどな……」
「また仕事の話? せっかくの休みなのに、本当に色気がないわね」
呆れたようにため息をつくサラの横顔を、カイルはチラチラと盗み見ては、ゴクリと生唾を飲み込んでいた。
無理もない。カイルのコートのポケットの中には、数ヶ月分の給料をはたいて特注した、小さなビロードの箱が重く鎮座しているのだから。
(よし、言うぞ。今日こそ絶対に決める……!)
歩みを進めるうち、二人はいつしか、かつてサラがよく一人で泣いていた、そしてカイルが『ゼロからのスタート』を誓ったあの中庭へとたどり着いていた。
月明かりが、静まり返った中庭の木々を青白く照らし出している。
「カイル?」
ふいに足をとめたカイルを不思議に思い、サラが振り返った。
カイルは大きく深呼吸をすると、サラの正面に立ち、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。
そのあまりに真剣な、かつて彼女に「一人の女性として惚れている」と告白した時と同じ熱を帯びた瞳に、サラも思わず息を呑む。
「……サラ」
「な、何よ。改まって」
カイルはポケットから震える手で小さな箱を取り出すと、パカリと開けた。
月明かりを反射して煌めいたのは、第三部隊の意匠である蒼色を思わせる、見事なサファイアがあしらわれた指輪だった。
「え……」
「……俺たちは、本当に遠回りをした」
カイルの声は、静かだが確かな熱を持って夜の空気に響いた。
「昔の俺はバカで、泣き虫なお前を『俺が守ってやらなきゃいけない』って、勝手に思い込んでた。でも、お前は俺の庇護なんて必要ないくらい、強くて、気高くて、一人で立てる立派な魔道士になった」
カイルは、指輪の入った箱を両手で包み込むように持ち、サラへと差し出した。
「お前はもう、俺の盾なんて必要としていない。一人で生きていける強さを持ってる。……それでも」
「……カイル」
「それでも俺は、誰よりもお前の近くで、お前と同じ景色を見て生きていきたい。ただの『幼なじみ』でも、背中を預け合う『戦友』でもなく……お前の人生の、一番特別で、たった一人の男になりたい」
カイルの言葉に、サラの視界が急速に滲んでいく。
かつて、この場所で「誰も私なんて見てくれない」と絶望の涙を流した自分に教えてあげたい。あなたがずっと追いかけてきた不器用な剣士は、今、誰よりも真っ直ぐに、あなた自身の心を見つめてくれていると。
「お前が誰を必要としなくても、俺に、お前の生涯の相棒を務めさせてくれないか。……サラ、俺と結婚してくれ」
真っ直ぐな、一点の曇りもないプロポーズ。
サラは両手で口元を覆い、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「……本当に、自分勝手なんだから」
「……あ、ああ。俺の我儘だってことは分かってる。でも……!」
「カイルのバカ。そんなの、頷くしかないじゃない……っ」
涙でくしゃくしゃになった顔で、それでも最高に幸せそうな笑顔を咲かせて、サラはカイルの胸へと飛び込んだ。
「うわっ」と声を漏らしながらも、カイルは崩れ落ちそうになる彼女の身体を、その逞しい腕でしっかりと、大切に抱きとめる。
「……本当か? 本当に、俺でいいのか?」
「カイルがいいのよ。私からカイルをとったら、ただの可愛げのない魔法オタクになっちゃうでしょ」
「ははっ、違いねえ。……ありがとう、サラ。絶対に、世界一幸せにする」
カイルはサラの身体をそっと離すと、彼女の左手を取り、薬指に蒼く輝く指輪をゆっくりとはめた。
華奢な指に、それはあつらえたようにぴったりと収まる。
「……似合ってる。お前の魔法みたいに綺麗だ」
「ありがとう。……ねえ、カイル」
サラは背伸びをすると、カイルの首に腕を回し、その耳元で甘く囁いた。
「これからは前衛でも後方でもなく……ずっと、隣にいてね」
その言葉を合図にするように、カイルはサラの腰を強く引き寄せ、月明かりの下で、永遠の誓いを封じるように深く、甘いキスを交わした。
かつて、泣き虫な少女と、彼女を守りたかった少年がいた。
すれ違い、傷つけ合い、それでも互いの足で立ち上がり、最強の相棒となった二人。
王都騎士団が誇る双璧の左手には、これから先どんな絶望が訪れても決して砕けることのない、絶対的な絆の証が確かに輝いていた。
<了>




