後日談➀
王都騎士団、作戦会議室。
巨大な円卓を囲む各部隊の隊長たちの間で、今日もまた「恒例行事」とも言える激しい議論が交わされていた。
「だから、第三部隊の広域魔法で山肌ごと吹き飛ばすと言っているんです。第一部隊(前衛)は後方に待機し、撃ち漏らした残敵の掃討に専念してください」
「却下だ。あの山には貴重な薬草群生地がある。お前の『蒼雷の裁き』で山ごと灰にする気か? まずは第一部隊が前線を押し上げ、魔獣を谷底へ誘導する。お前の魔法はその後だ」
円卓の中心で火花を散らしているのは、現在の騎士団を牽引する若き双璧。
第一部隊隊長、カイル。
そして、第三部隊隊長、サラ。
数年の時を経て、二人はそれぞれの部隊を率いるトップへと登り詰めていた。
カイルは以前の青さが抜け、歴戦の猛者たちを束ねるに相応しい、威風堂々とした大人の男の顔つきになっている。
一方のサラも、第三部隊の深い蒼色の隊長服を見事に着こなし、その気高く洗練された美貌と圧倒的な魔力で「氷炎の魔女」と他国にまで名を轟かせていた。かつて隠していた豊かな胸元も、今では隊長服の意匠の一部として、彼女の堂々とした威厳を引き立てている。
「薬草群生地への被害は最小限に抑えるよう、結界班を配置します。第一部隊の損害リスクを考えれば、初手で火力を集中させるのが最も合理的でしょう?」
「机上の空論だな。生き物の動きは計算通りにはいかない。万が一結界が破られた時、前衛のカバーが遅れる」
「……カイル隊長は、私の火力が魔獣の進行を許すとでも?」
「言ってないだろ。サラ隊長の魔法は完璧だが、被害をゼロにするための『保険』として俺たち前衛がいるって話だ」
一歩も譲らない両者の睨み合いに、他の隊長たちは苦笑しながらお茶をすすっている。
二人の戦術論は、常に「いかに自軍の被害を減らし、かつ相手の持ち味を最大限に活かすか」という、絶対的な信頼をベースに構築されているのだ。端から見れば、ただの高度な痴話喧嘩である。
「……はいはい、二人ともそこまで」
見かねてパンッと手を叩いたのは、今や第一部隊の副隊長としてカイルの右腕を務めるルアだった。
「サラ隊長の広域魔法で敵の数を減らしつつ、カイル隊長の第一部隊が谷底へ追い込む。これで決まりでしょ。お互いの部隊の練度なら、そのくらいの連携は朝飯前のはずだぜ」
「……ええ。ルア副隊長の折衷案に賛同します」
「俺も異存はない。……まったく、相変わらず手厳しい魔道士殿だ」
カイルが肩をすくめて笑うと、サラもふっと口角を上げて「そちらこそ、相変わらず脳筋な前衛殿ね」と返し、二人は当然のように完璧な作戦書を作り上げていくのだった。
◆ ◆ ◆
会議から数時間後。
夕闇が迫る第一部隊の隊長室。コンック、と短いノックの音の直後、重い扉が開いた。
「入るわよ、カイル」
書類の山と格闘していたカイルが顔を上げると、そこには私室用のゆったりとしたローブに着替えたサラが立っていた。
会議室での冷徹な隊長の顔はもうない。そこにあるのは、カイルだけが知る、少しだけ肩の力の抜けた「ただのサラ」の顔だ。
「お疲れ、サラ」
カイルはペンを置き、立ち上がって彼女を出迎えた。
サラがカイルの隣まで歩み寄ると、カイルは自然な動作で彼女の腰に腕を回し、その背中からギュッと抱きしめた。
「ちょっと、重いんだけど」
「いいだろ、会議中ずっと我慢してたんだから。……今日も容赦なかったな、お前」
「当然でしょ。あなたこそ、前衛の力を過信しすぎよ。少しは自分たちを労る戦術も組み込みなさい」
口では小言を言いながらも、サラは抵抗する気配を見せず、カイルの胸に身を預けている。
誰の目も届かないこの場所だけが、互いに「部隊長」という重圧を下ろし、ただの一人の男と女に戻れる居場所だった。
カイルはサラの肩に顎を乗せ、彼女の髪の香りを深く吸い込んだ。
数年前、彼女が自分の足で立ち、一人で生きていける強さを手に入れた時、カイルは「それでも勝手に横に立つ」と誓った。
その言葉通り、二人は互いに依存することなく、しかし互いが欠ければ絶対に成立しない、唯一無二のパートナーとなったのだ。
「明日の討伐、またお前の魔法の射線に飛び込むからな。俺ごと焼き払うなよ?」
「あら、腕が鈍ってるようなら容赦なく巻き込むわよ? 私の魔法に置いていかれないようにね」
「言ってろ。俺が前衛にいる限り、お前に傷一つつけさせやしないさ」
それはかつての「保護」ではなく、対等な戦友としての、そして愛する男としての絶対の誓いだ。
サラはくすりと笑い、自分の腰に回されているカイルの大きな手を、そっと握り返した。
「ええ、信じてるわ。私の相棒様」
夕陽が差し込む隊長室で、二人は静かに唇を重ねた。
「守る・守られる」の幼い関係を乗り越えた先で見つけた、絶対的な信頼と愛情。王都騎士団の双璧は、明日もまた、互いの背中を完全に預け合い、同じ景色を見るために戦場へと赴くのだった。




