第21話
王都への帰還から数日後。
第一部隊と第三部隊の合同任務の大成功は騎士団中で高く評価され、沸き立つような祝勝ムードが漂っていた。
そんな喧騒から少し離れた、夕暮れの中庭。
かつてサラが自分の胸の大きさに絶望し、一人で泣いていたあの木陰に、カイルは彼女を呼び出していた。
「……それで? 第三部隊のエース殿が、わざわざこんな所に呼び出された用件は何かしら」
夕陽を背に受けて立つサラは、もう以前のようにカイルの顔色を窺ってオドオドすることはない。どこか余裕すら感じさせる、凛とした大人の女性の微笑みを浮かべている。
カイルは一つ深呼吸をすると、真っ直ぐにサラの瞳を見つめ返した。
「まずは、謝らなきゃいけないことがある。……ミアとのことだ」
「ああ、彼女さん」
「違う。彼女じゃない」
カイルは一歩だけサラに近づき、力強い声で明確に否定した。
「あいつには、お前に相応しい男になるために、ただ剣の指導をしてただけだ。でも、その結果が周りからどう見られるか、俺は全く分かってなかった。お前を傷つけて、突き放すような真似をして……本当にすまなかった」
「……」
サラはわずかに目を見張った。
ルアの言う通り、カイルの不器用な空回りが生んだ最悪のすれ違いだったのだ。かつてのサラなら、誤解だと分かった瞬間に泣きついていただろう。しかし今のサラは、ただ静かに彼の言葉の続きを待った。
「俺は、ずっとお前を『守らなきゃいけない妹』だと思い込んでた。でも違った。お前は一人で立てる、誰よりも強くて気高い魔道士だ」
あの規格外の黒竜を前にした時、カイルは初めてサラの背中に自分の命を完全に預けた。
そこでようやく気づいたのだ。彼女は俺の庇護など必要としていない。そして、そんな強くて美しい彼女だからこそ、俺はこれほどまでに惹かれているのだと。
カイルは、一切の誤魔化しのない、真っ直ぐな瞳でサラを見据えた。
「幼なじみの時も好きだった。でも、今のお前にもっと惚れている」
ドクン、と。
サラの胸の奥で、確かに何かが跳ねる音がした。
「お前がもう、誰を必要としなくてもいい。お前一人で生きていけるくらい強いってことは、嫌ってほど思い知ったからな」
カイルは不敵に、けれどどこか照れたように笑うと、サラに向かってゆっくりと手を差し出した。
「だからこれは、俺の我儘だ。……お前が誰を必要としなくても、俺が勝手にお前の横に立つのを許して欲しい」
風が吹き抜け、中庭の木々がざわめいた。
サラは差し出されたその大きくてゴツゴツとした手を、じっと見つめる。
昔は、この手を引いてもらわなければ歩けなかった。
でも今は違う。私は私の足で歩けるし、私の魔法で道を切り開ける。
誰かに依存して生きる弱さは、もう完全に捨て去ったのだ。
(それでも——)
たった一人で完結する強さを知った上で。
それでもこの手を、自分の意志で選び取りたいと、彼女の心は確かに叫んでいた。
「……勝手に横に立つなんて、相変わらず自分勝手ね、バカイル」
サラはふっと、呆れたように、けれどこの数ヶ月で一番の柔らかく美しい笑顔を咲かせた。
そして、差し出されたカイルの手を、自分の意志でしっかりと握り返す。
「でも、私の横は結構厳しいわよ? 足手まといになったら、前衛でも容赦なく雷撃ごと吹き飛ばすから」
「上等だ。お前の魔法の火力に負けないくらい、俺ももっと強くなってやるさ。……最強の相棒としてな」
握り合った手から、互いの確かな熱が伝わってくる。
「守る・守られる」という呪縛から解き放たれ、一度は完全に離れ離れになった二人。
しかし、遠回りとすれ違いの果てに、彼らはついに最も強固で、最も対等な関係を手に入れたのだ。
夕陽に染まる王都の中庭で。
第一部隊の天才剣士と、第三部隊の最強の魔道士は、互いの背中を永遠に預け合うことを、言葉のない笑顔で誓い合った。




