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第20話

戦況がカイルの新しい指揮によって安定し始めた、まさにその時だった。


ズズン……ッ!!


岩山そのものが鳴動するような、底知れぬ地鳴りが戦場を揺らした。

前衛の騎士たちが次々と足を取られて転倒する中、巨大な岩壁が内側から弾け飛び、土煙の中から「それ」が姿を現した。


「なっ……なんだあれは……!」

「嘘だろ……なんでこんな山に、神話級の魔獣が……っ!」


漆黒の鱗に覆われた巨躯。山頂を覆い隠すほどの巨大な翼と、禍々しい瘴気を纏った四本の角。


『厄災の黒竜ディザスター・ドラゴン』。


討伐隊全体を一瞬で全滅させかねない、文字通りの「規格外」だった。


「ルア! 第三部隊を下がらせろ! 前衛は盾を構え——」

カイルの指示が終わるより早く、黒竜が咆哮を上げた。

ビリビリと大気を震わす音波だけで前衛の陣形が吹き飛び、数人の騎士が血を吐いて倒れる。

黒竜の巨大な顎には、すでに灼熱の炎が圧縮されつつあった。あれが放たれれば、第一部隊も、後方の第三部隊も、灰すら残らない。


(……早すぎる! 陣形を立て直す隙がない!)


サラは後方で杖を構えたが、舌打ちをした。

あの硬い漆黒の鱗を貫き、致命傷を与えるほどの極大魔法を練り上げるには、最低でも十秒の詠唱が必要だ。しかし、黒竜のブレスはあと三秒で放たれる。自分一人では間に合わない。

かといって、騎士たちの剣撃ではあの鱗に傷一つつけられないだろう。


絶望が戦場を支配しかけた、その瞬間。


「——サラァッ!!」


カイルが、たった一人で黒竜の正面へと地を蹴った。

これまでの彼なら、サラの前に立ち塞がり「俺が盾になるから逃げろ」と叫んだだろう。

しかし今のカイルは、サラには一切振り返らなかった。ただ真っ直ぐに、死の象徴である巨大な竜の顎へと剣を構えて突撃していく。


「特大のを準備しろ!! 俺がこいつのブレスを撃ち落とす!!」

「正気!? ブレスと正面衝突なんてしたら、カイルが——!」


「俺を信じて魔法を撃て!!」


戦場に響き渡ったその叫びに、サラは大きく目を見開いた。


『俺を信じて』。

それは、「俺が守ってやる」という傲慢な庇護の言葉ではない。

「お前の魔法なら絶対にこの絶望を打ち砕ける」という、一人の魔道士に対する絶対的な信頼。自分の命を、背中を、全てお前に預けるという『相棒』への誓いだった。


(……カイル……っ)


サラの胸の奥で、冷たく凍りついていた何かが熱く溶け出すのを感じた。

もう守られるだけの子供じゃないと、私自身が証明した。だから彼も、私を「対等な戦友」として扱ってくれているのだ。


「……やってやるわよ、バカイル!!」


サラは杖を天高く掲げ、全身の魔力回路を全開にした。周囲の大気が悲鳴を上げ、蒼い光の粒子が彼女の元へ嵐のように収束していく。


「オオォォォォッ!!」


カイルが渾身の力で大地を踏みしめ、黒竜が放った灼熱のブレスに向かって剣を振り下ろした。

激突。

カイルの剣に込められた闘気とブレスが衝突し、凄まじい衝撃波が巻き起こる。カイルの腕の筋肉が悲鳴を上げ、制服が熱で焦げ始めるが、彼は一歩も引かなかった。


「……ッ、まだだ! もっとだサラ!!」

血を吐きながらも、カイルは笑っていた。背後にいる彼女の強さを、これっぽっちも疑っていない、誇り高きエースの顔で。


(絶対に、こいつの背中は私が守る……!!)


「『神鳴る蒼空の裁き(ケラウノス・ディザスター)』!!」


サラが持てる全ての魔力を込めた、特級の殲滅魔法。

解き放たれた極太の蒼い雷鳴は、大地を抉りながら真っ直ぐに黒竜へと向かい——カイルの横を、わずか数センチの隙間を開けて通り抜けた。


カイルは一歩も避けなかった。サラの魔法が自分に当たるはずがないと、完全に信じ切っていたからだ。


「ギャアアアアァァァッ!!」


カイルがブレスを相殺して生まれた一瞬の隙。無防備になった黒竜の胸元に、サラの蒼い雷撃が直撃した。

漆黒の鱗が砕け散り、雷光が竜の心臓を完全に貫く。

断末魔の咆哮と共に、規格外の魔獣はゆっくりと崩れ落ち、地響きを立ててその命を散らした。


静寂が戻った戦場。

もうもうと立ち込める土煙の中、ボロボロになった剣を杖代わりにして、カイルが荒い息をつきながら立っていた。


その後ろから、魔力切れで膝をつきそうになっているサラが歩み寄る。


「……カイル」

「……サラ」


二人は視線を交わせた。

そこにはもう、「妹を過保護に守ろうとする兄」も、「見てもらえなくて泣いている幼なじみ」もいなかった。


死線を共に乗り越え、背中を完全に預け合った、対等で最強の『戦友』がそこにいた。


カイルは煤けた顔で、ふっと不敵に笑うと、サラに向けて血の滲む拳を突き出した。

サラもまた、かつてないほど清々しい笑顔を浮かべ、自分の小さな拳を、カイルの拳にコツンと合わせた。


言葉はなくても、それだけで十分だった。

二人の関係が、ゼロから、いや、それ以上に強い絆で結び直された瞬間だった。


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