第16話
合同任務が開始され、討伐隊は魔獣が巣食う険しい岩山へと足を踏み入れた。
「第一部隊、前衛展開! 第三部隊の詠唱時間を稼げ!」
カイルの鋭い号令とともに、騎士たちが一斉に剣を抜く。
群れをなして襲いかかってくる魔獣に対し、カイルの剣撃は以前にも増して凄まじかった。瞬きする間に数匹を斬り伏せ、返り血を浴びる姿はまさに「第一部隊のエース」そのものだ。
しかし、彼の意識の半分は、常に後方にいる一人の女性に向けられていた。
「サラ、右から回り込んでくるぞ! 下がれ!」
「……っ、カイル副隊長、陣形を崩さないでください。その程度の雑魚、私の射程圏内です」
サラが杖を構えるより早く、カイルが本来の持ち場を離れてサラの前に飛び出し、魔獣を唐竹割りにした。
カイルにしてみれば、愛する女を何がなんでも守り抜くという決死の行動だった。数ヶ月前、自分の手で傷つけ、手放してしまった彼女を、二度と危険な目に遭わせたくない一心だったのだ。
だが、それは戦場において致命的な「独りよがり」でしかなかった。
「おいエース! 前衛に穴が空いてるぞ!」
ルアの焦った声が響く。カイルが過保護にサラの盾になろうと後退を繰り返すせいで、前衛のラインが下がり、後方支援の第三部隊が魔法を放つスペースが失われつつあったのだ。
その時だった。
岩山の頂上から、地響きを立てて巨大な影が躍り出た。
硬い装甲のような鱗を持ち、四つの目を持つ上位魔獣『装甲大猿』だ。
巨体に見合わぬ恐ろしい跳躍力で前衛の頭上を飛び越え、あろうことか、魔道士たちが集まる第三部隊のど真ん中——サラの目の前へと着地した。
「なっ……! サラッ!!」
カイルの顔から血の気が引いた。
前衛の陣形を崩していたカイルの位置からは、絶望的に遠い。今から駆け戻っても絶対に間に合わない。
『俺がサラを守るから』
幼い日の約束が脳裏をよぎる。また俺は、一番守りたいものを守れないのか。
カイルが絶望の叫びを上げ、周囲の騎士たちが死を覚悟したその瞬間——。
「私はもう、守られるだけの子供じゃない!」
サラの凛とした、しかし腹の底から響くような怒声が戦場に轟いた。
装甲大猿が巨大な腕を振り下ろす直前。サラは一歩も引かず、逆に魔獣の懐へと鋭く踏み込んだ。
「邪魔をしないで、第一部隊(前衛)!!」
彼女が杖を天に突き上げると同時に、大気が爆発的な勢いで渦を巻いた。
膨大な魔力が極限まで圧縮され、一条の蒼い閃光となる。
「『蒼雷の裁き』!!」
サラの杖の先から放たれた極太の雷撃が、一切の死角なく装甲大猿の巨体を貫いた。
「ギャアアアァァッ!!」
鋼鉄すら弾くはずの上位魔獣の鱗が紙切れのように消し飛び、その巨体は一瞬にして黒焦げとなって後方へ吹き飛んだ。ズズンッ!と地響きを立てて倒れ伏し、二度と動かなくなる。
静寂。
荒れ狂っていた戦場が、嘘のように静まり返った。
第三部隊の魔道士たちでさえ、自分たちの班員の規格外の威力に言葉を失っている。ましてや、第一部隊の騎士たちは完全に顎が外れんばかりに驚愕していた。
「……嘘、だろ」
カイルは、握りしめていた剣の切っ先を下げたまま、呆然と呟いた。
もうもうと立ち込める土煙が晴れていく。
その中心に立つサラは、大きく息を吐き出し、杖を下ろした。
風に揺れる蒼いローブ。その下で豊かに波打つ胸元のシルエットと、凛と背筋を伸ばした立ち姿は、女神のように美しく、そして圧倒的に『強かった』。
カイルの頭をガツンと殴りつけたのは、彼女の魔法の威力だけではない。
彼女のその立ち姿だった。
昔はいつも俺の背中に隠れて、怯えて泣いていた少女。
俺の隣に並び立つために魔法を覚え、それでも俺が「守ってやらなきゃいけない」と思い込んでいた妹。
その全てが、カイルの傲慢な思い上がりだったのだ。
彼女はもう、誰の盾も必要としていない。一人の立派な魔道士として、自らの足で戦場に立ち、自らの力で敵を打ち砕くことができる。
(俺は……なんてバカだったんだ)
自分の庇護欲を押し付けるばかりで、彼女がどれだけ血の滲むような努力で力をつけてきたか、その「強さ」を全く見ていなかった。
サラが『邪魔をしないで』と怒った理由が、今なら痛いほど分かる。俺の過保護は、彼女の努力と実力を踏みにじる、最悪の侮辱だったのだ。
「……作戦再開! 残った魔獣を掃討します!」
サラの透き通るような声が響き、討伐隊が再び動き出す。
カイルはギュッと剣の柄を握り直した。
今の俺は、彼女を守る「庇護者」ですらない。彼女の隣に立つ資格すら失った、ただの愚かな男だ。
取り戻すなどと、どの口が言えたのか。
「……上等だ」
カイルの瞳に、絶望ではなく、新たな熱が宿る。
守るんじゃない。振り向かせるんだ。
あの気高く美しい一人の魔道士に、もう一度「相棒」として認められるために。俺は、俺自身の力で、彼女の隣に立つ資格を勝ち取らなければならない。




