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第13話

夕闇が迫る訓練場の裏手。

ミアの指導を終え、汗を拭いながら水場へ向かっていたカイルの背中に、低く冷たい声が投げかけられた。


「お前、どういうつもりだ?」


立ち止まって振り返ると、そこには壁に背を預け、腕を組んだルアが立っていた。

いつも浮かべている飄々とした笑みは一切なく、氷のように冷徹な瞳でカイルを睨みつけている。


「どういうって……何がだ? 今はミアの剣の型を見てやってただけだけど」

「だから、それがどういうつもりだって聞いてるんだよ」


ルアは壁から背を離し、ゆっくりとカイルに歩み寄った。その足取りには、明確な怒りが孕んでいる。


「ミアの奴はお前に憧れてる。それは入団当初から誰もが知ってることだ。その熱視線を浴びながら、二人きりで熱心に指導して、頭まで撫でてやって……お前ら二人が今、部隊の中でどう噂されてるのか知ってるか?」

「……噂?」


カイルはポカンと口を開けた。


「俺はただ、あいつが筋がいいから教えてやってるだけで……それに、あいつの言葉で俺は目が覚めたんだ。サラに相応しい、頼りがいのある男になるために、まずは目の前の後輩をしっかり育てようって」

「ハッ」


ルアは鼻で短く笑い、信じられないものを見るようにカイルを見据えた。


「相変わらず、自分の都合のいいようにしか世界が見えてないんだな、お前は。……いいか、周りの連中はそんな風には見てない。『サラに振られたエース殿が、早速自分を慕ってくる可愛い後輩に乗り換えた』って噂で持ちきりだぜ」

「なっ……!」


カイルの顔から血の気が引いた。


「冗談じゃない! 俺はそんなつもりじゃ——」

「サラももちろん知ってるよ」


カイルの弁明を、ルアの静かな、しかし決定的な一言が刃のように切り裂いた。


「え……?」


カイルの呼吸が止まった。

頭の中で、最悪の想像が渦を巻く。俺がサラから離れ、ミアと一緒に笑っている姿を見て、サラはどう思っただろうか。

ただでさえ『妹』扱いされ、『体当て』のような視線を向けられたと傷ついて、ボロボロになって俺の元を去ろうとしているのに。そこに追い打ちをかけるように、俺が別の女に乗り換えたという噂を聞いたとしたら。


「さっき備品庫の裏で、あの子が泣き崩れてるのを見かけた。声をかけるのも躊躇うくらい、ボロボロにな」

「サラが……泣いてた……?」

「お前は『サラに相応しい男になる』とか自己満足に浸ってるのかもしれないけどな、結果的にやってることは、傷ついたあの子の傷口に泥を塗りたくってるのと同じなんだよ」


ルアはカイルの胸ぐらをドンッと乱暴に突いた。よろめいたカイルは、何も言い返せない。


「これ以上サラ追い詰めて、お前楽しいか?」


絶対零度の視線で射抜かれ、カイルは足元から崩れ落ちそうになった。


楽しいわけがない。

俺はただ、あいつを笑顔にしたかった。あいつの隣に堂々と立てる男になりたかっただけなのに。

良かれと思ってやった行動が、結果的に最も残酷な形でサラの心を切り裂き、完全に息の根を止めてしまったのだ。


「……っ、俺は……俺はただ……っ!」

カイルは頭を抱え、自分の愚かさに叫び出したくなる衝動を必死に噛み殺した。


「本当にあの子を大切に思ってるなら、こんな遠回りな独りよがりはやめろ。どうせお前のその鈍感な頭じゃ、気の利いた立ち回りなんてできやしないんだから」

ルアは冷たく言い放ち、カイルに背を向けた。

「明後日だ」

「……え?」

「サラの第三部隊への異動。正式な発令は明後日の朝だ。……それまでにどうするかは、お前が自分で決めろ。これが本当に最後のチャンスだぜ、バカイル」


ルアの足音が遠ざかっていく。

一人残されたカイルは、夕闇に包まれた水場の前で、ギリッと拳を握りしめた。

自分のバカさ加減に絶望している暇はない。明後日には、彼女は本当に手の届かない場所へ行ってしまう。


体裁も、プライドも、どうでもいい。

誤解を解いて、俺の本当の気持ちを、今度こそ彼女の心に届くように伝えなければ——。



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