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第12話

第一部隊での残り少ない日々。サラは転属に向けた荷物の整理や引き継ぎに追われ、極力カイルとは顔を合わせないように立ち回っていた。


その日の夕刻。備品庫へ向かうため、訓練場の裏手を通りかかった時のことだ。


「カイル副隊長! 今の動き、すごく分かりやすかったです!」

「ああ、お前は筋がいいからな。その調子だ、ミア」


ふと耳に届いた楽しげな声に、サラの足がピタリと止まった。

視線の先、夕陽に照らされた訓練場の隅には、カイルと後輩のミアの姿があった。カイルはミアの頭をポンと優しく撫で、ミアは顔を真っ赤にして嬉しそうに微笑んでいる。

その時のカイルの顔は、かつてサラに向けていた無邪気な「兄」としての顔ではなく、どこか落ち着いた、包容力のある「大人の男」の表情に見えた。


『エース殿は立ち直りが早いな』

『可愛い後輩に乗り換えたんだろ。お似合いじゃねえか』


最近、部隊のあちこちで囁かれている心無い噂が、サラの脳裏に蘇る。


(……ああ。噂、本当だったんだ)


その瞬間、サラの胸の奥で、ギリギリと何かが軋むような音がした。

呼吸がうまくできない。さらしで無理やり胸を潰していた時よりも、ずっと、ずっと息苦しい。心臓を直接わし掴みにされて、力任せに握り潰されているような激痛だった。


サラは気配を殺し、逃げるようにその場を離れた。


薄暗い備品庫に逃げ込み、重い扉を閉めた途端——堰を切ったように、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。


「なんで……っ、なんで泣いてるのよ、私……」


手の甲で乱暴に涙を拭っても、次から次へと溢れて止まらない。

自分から離れたのだ。「妹」としてしか見られないことにも、体目当てのような視線を向けられることにも耐えられなくて、カイルの隣という特等席を、自分から投げ捨てたのは私だ。


彼がいつか他の誰かを好きになって、あんな風に甘く優しい笑顔を向ける日が来る。彼を自分から手放した時点で、そうなることは当然の帰結として予想できていたはずなのに。


(あの子に、笑いかけないで)

(私の髪を撫でてくれていたその手で、他の子に触れないで)


ドロドロとした、真っ黒で醜い嫉妬心が腹の底から湧き上がってくる。

「カイルのばか」と泣いて背中に隠れていた頃から、ずっと彼だけを見てきた。その年月を、ぽっと出の後輩にあっさりと塗り替えられてしまったことが、悔しくて、悲しくて、みじめでたまらない。


「……ふふっ、あはは……っ」


薄暗い埃っぽい部屋の中で、サラの口から涙混じりの乾いた笑い声が漏れた。


「バカみたい……っ。私の覚悟なんて、こんなもんだったんだ……」


カイルへの想いを完全に断ち切ったつもりでいた。格好をつけて第一部隊を去る決断をしたのに、いざ彼が別の女の子の隣で笑っているのを見ただけで、こうして独りで泣き喚いている。


彼が自分を見てくれないことに絶望して離れたのに、他の誰かを見ていることにはもっと耐えられない。

自分のどうしようもない矛盾と、底の浅い覚悟のなさが、サラには滑稽で仕方なかった。


「……っ、うぅ……カイル、カイル……っ」


声を出して笑おうとしたのに、口からこぼれるのは彼の名前と情けない嗚咽だけ。

サラは埃っぽい床に膝をつき、誰にも見られない暗闇の中で、自分の醜い嫉妬心と失恋の痛みにただ身をよじって泣き続けることしかできなかった。


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