第11話
夕暮れの第一部隊訓練場。
他の団員たちが引き上げた後も、カイルは一人、機械のように木剣を振り続けていた。
手のひらのマメが潰れ、血が滲んでも痛みすら感じない。ただ、身体を酷使していないと、サラを失ったという絶望に押し潰されそうだったのだ。
「……カイル副隊長。そのあたりで、少し休まれませんか?」
ふいに、遠慮がちな高い声が訓練場に響いた。
ピタリと木剣を止め、カイルが振り返ると、そこには水筒とタオルを抱えた小柄な少女が立っていた。今年入団したばかりの後輩騎士、ミアだった。彼女は入団当初から、エースであるカイルに強い憧れを抱いていることで団内でも有名だった。
「ミア……。悪いな、俺はもう少しやっていく」
「ダメです。ここ数日の副隊長、見ていて痛々しいです。剣筋にも、いつもの迷いのなさがない……あんなにカッコよかったエースの姿が、台無しです」
ミアは真っ直ぐにカイルを見つめ、ずばりと痛いところを突いてきた。
「……っ」
「サラ先輩がいなくなるのが寂しいのは分かります。でも、今の副隊長が無理やり引き留めたところで、サラ先輩は絶対に幸せそうな顔なんてしませんよ」
カイルは小さく息を呑んだ。
ルアに言われたことと全く同じだ。今のままの、剣を振るうしか能がない、相手の心すら見えない子供の俺では、サラを幸せにすることなんてできない。
「……どうすればいいと思う?」
「強くなるしかないんじゃないですか? 剣の腕だけじゃなくて、心も。サラ先輩が『やっぱりこの人の隣がいい』って思えるくらい、頼りがいのある大人の男になればいいんです。……私は、そんな副隊長が見たいです」
ミアの言葉は、暗闇でもがいていたカイルに一筋の光を落とした。
(……そうだ。俺はまだ、あいつに相応しい男じゃない)
自分の身勝手な独占欲で彼女を縛り付けるのはやめよう。
今は、距離を置くべき時なのだ。彼女が安心して自分らしくいられる場所へ行くのなら、俺はそれを笑顔で送り出さなければならない。
そして離れている間に、俺は変わる。ただの鈍感な「幼なじみ」から、彼女を一人前の女性として守り、愛することができる「一人の男」へと成長してみせる。
「……ありがとう、ミア。お前のおかげで、少し目が覚めたよ」
カイルは憑き物が落ちたような顔で微笑み、ミアからタオルを受け取った。ミアもパッと顔を輝かせ、「よかったです! 私、いつでも副隊長の相談に乗りますからね!」と嬉しそうに笑った。
◆ ◆ ◆
カイルは立ち直った。
過剰にサラを追いかけ回すことをやめ、彼女の異動を静かに受け入れる態度を見せ始めた。
訓練にも以前の覇気が戻り、再び第一部隊のエースとしての職務に没頭するようになったのだ。
しかし――その「立ち直り方」は、周囲の目には全く別の形として映っていた。
「カイル副隊長、ここの剣の軌道なんですけど……」
「ああ、ここはもう少し手首を柔らかく使って……そう、上手いぞミア」
訓練場の隅で、カイルは熱心にミアの指導にあたっていた。彼が立ち直るきっかけをくれた彼女に恩を返すつもりで、休憩時間も惜しんで剣を教えていたのだ。
カイルにとっては、あくまで「可愛い後輩への指導」であり、自分の心を鍛え直すための修練の一環だった。
だが、端から見ればどうだろうか。
「……おいおい。エース殿は、もう次の相手を見つけたのか?」
「随分と立ち直りが早いな。サラちゃんが冷たくなった途端、今度は自分を慕ってくる可愛い後輩に乗り換えかよ」
「まぁ、あの二人お似合いだしな。ミアちゃんも嬉しそうだし」
カイルとミアが親しげに笑い合う姿は、事情を知らない団員たちからすれば、完全に「付き合いたての恋人同士」にしか見えなかった。
サラへの未練を断ち切るために、カイルが新しい恋人に乗り換えた。そんな無責任な噂が、あっという間に騎士団の中に広まり始めていたのだ。
そして、その噂が、異動の準備を進めていたサラの耳に入らないわけがなかった――。




