第43話 交差する殺意(神様視点)
……なんでかなぁ、ボクって毎回こんな感じなのはどうしてなんだろう?と、ボクはため息をつきたくなるのを我慢して心の中で首を傾げていた。
それにしても、この体の持ち主……ジュドーはボクが眠っているわずかな間に何をやらかしたんだろうね?ボクは確か〈腐った神〉と久しぶりの再会をしてから色々と話をして、それから────〈腐った神〉率いる例の令嬢たちに無理難題の謎ポーズをとらされ続けたせいでやたらと疲れちゃって、そのまま寝ちゃっただけのはずなんだけどなぁ?……っていうか、ここどこなの?眠る前とは違う部屋だってことはわかるんだけどさ。
そんな事を考えながら、深い眠りから目が覚めた瞬間にボクは「???」とクエスチョンマークを浮かべる羽目になっていたのである。なにせ身につけている服はボロボロだし、さらになぜか全身がびしょびしょに濡れている。ついでに言えば攻略対象者のひとりである王子……ジェスティード・ガイストと取っ組み合いをしている真っ最中だったのだ。それを認識するまでに数秒はかかったんだけど。
え……。いや、なんで?と。
そう言えば直前までジュドーが何か言っていた気がするんだよね、たぶん。……どうやらボクらの意識の入れ替わりはどうにもタイミングが悪いようである。ジュドーの意識は入れ替わった一瞬で眠ってしまったみたいで何も反応がないし、この状況の説明はしてもらえそうには無かった。最初の時はちゃんとジュドーも意識を保っていたはずなのになぁ。うーん、困った。
まぁ、それもこれもボクの魂が強く影響し過ぎてきたせいでジュドーの魂があんまり意識を保てなくなってきたからなんだけどさ。魂が馴染みすぎるのも考えものだね。
「俺は絶対に、お前らを許さないからなぁぁぁ!!」
興奮気味に雄叫びを上げているのはボクと同じようにびしょ濡れになっているジェスティード・ガイストだ。ボクの服を掴んでくる様子は勇ましいが、ボクにとっては脅威でもなんでもない。
ジェスティード・ガイストは、ボクが作った乙女ゲーム〈愛を囁くフェアリーの奇跡〉のメイン攻略対象者である。やっぱり乙女ゲームなんだから登場人物は……特に攻略対象者は人が羨ましくなるくらいに美しい造形にしないといけない。そう思って特に力を入れて作ったキャラクターがこのジェスティードだったんだけど……。なんだか、実際に実物を目の前にすると思ってたのと違うなって肩を落としそうになった。これが所謂、平面と立体の差ってやつなのかなぁ?どこかのパラレルワールドではアニメが“ポリーゴン”ってのになったせいで画像イメージが違ったりするとか言うって他の〈神〉が愚痴ってたくらいだし。……うーん、その“ポリーゴン”?がどんなのかはよくわからないままだったんだけどさ。ボクの管轄するパラレルワールドには無い文化って理解が難しいんだよね。
まぁ、それはともかく。ボクとしてはジェスティードにはそれなりにこだわりポイントがあったんだ。まず見た目に至っては金髪碧眼なのはまさにデフォルトで、顔だって誰にも負けないように完璧な仕上がりにしたはずだ。けれどキャラクターのパラメーターポイントを容姿にほぼ全振りしたせいなのか、中身がイマイチ(残念)になってしまったようだった。今もやたら綺麗な顔で馬鹿みたいに叫んでいるし……せっかくのイケメンが台無しなんだよなぁ。こんなのボクの理想の攻略対象者の姿じゃないんだけど。
……あと、実はちょっとだけ身長が低い。これは完璧王子だからこその弱点と言うかコンプレックス的な何かをつけたかったんだけど、すぐに思い付かなかったから“とりあえず”で身長を低くしただけだったんだよね。あとから何か閃いたらパラメーターをまたイジればいいやと思って放置してたんだけど……うんまぁ、バグの修正作業ですっかり忘れてただけなんだけどさ。いや、だって本当にバグだらけで大変だったんだからキャラクターの身長の事なんか(どうでもよくって)忘れちゃうよね。
ジェスティードは噛み付かんばかりに睨んでくるが、ボクのこの体……ジュドー・アレスターの方が背が高いからどうしても見下ろす形になってしまっているのでどうやらそれも気に入らないようだった。
と言うか、ジェスティードはまず何をそんなに怒っているのだろうね?さすがに身長の事だけではないと思いたいんだけど。王子なのに心が狭すぎるよ。
それにしても、《《この世界》》はボクが作った乙女ゲームの世界が元になっているから概ねの進行状況ならわかってるつもりなんだけどなぁ。こんな攻略対象者同士が……ジェスティードがやたら怒っててジュドーとケンカするイベントなんて設定した記憶にないんだけど?いくらバグってるとはいえ、この世界のヒロインってば一体どんな攻略してるのさ。ヒロインと良好な関係が築けていればその攻略対象者のパラメーターは必ず上昇するはずなのに……《《この》》ジェスティードはどうもそのようには見えなかった。
「きさま、聞いているのか────ぐぁっ?!い、いだだだだっ!!?」
「えー?うん。聞いてる、聞いてる……。それにしてもうるさいなぁ……今、考え事してるんだからちょっと静かにしててくれない?」
興奮し過ぎて鼻の穴を膨らませているジェスティードの腕を軽く捻り上げ、瞬時に床に組み伏せてみた。初めてやってみたけど意外と簡単だったな。これはボクと言うよりジュドーの体が覚えてる的なアレとか、身体能力なんかのおかげかな?
それにしても、ジェスティードってばメイン攻略対象者で王子なくせに弱っちいよね。あ、そう言えばジュドーのパラメーターの方が基礎体力は上だったっけ?いや、それにしたって弱すぎだ。これだから顔だけの奴は…まぁ、ボクが設定したんだけどさ?
しかし未だに大人しくせずに暴れるジェスティードに少しイラッとしてしまった。今の状況について考えを纏めたいのにハッキリ言って邪魔でしかない。ボクが作ったキャラクターではあるが、この王子自身に愛着などないのだ。
どのみちこいつは悪役令嬢を不幸にする存在だし────別に《《1人くらい》》攻略対象者がゲームから退場しても、フィレンツェアはなにも困らないよねぇ……?
そんな、〈神〉らしからぬ考えが一瞬脳裏に浮かんだその時。
「そこまでだ!」
ボクの腕は誰かに掴まれ、あっという間に捻り返されてしまったのだ。もちろんジェスティードにではない。ボクから解放された腕を押さえて鼻水を垂らしながらまたもや何か長ったらしい名前のような言葉を叫んでいる。
「ジェスティード王子殿下!今すぐ守護精霊を抑えてください!!」
そう叫んでジェスティードを睨んだのは金髪にライトブラウンの瞳をした長髪の男だった。あぁ、このメガネは……そうそう、グラヴィス・シュヴァリエだ。メガネに長髪に教師で幼馴染み属性と特徴をてんこ盛りに詰め込んで作ったキャラクターだったけれど……あれ?グラヴィスってこんなに強い設定だったかな。どちらかと言うと頭を使うキャラクターにしてたはずなのに……ボクは、何かを大切な事を見逃しているんじゃ────。
「…………っ!」
しかし、それ以上ボクは思考を続けることが出来なかった。何故ならば金色の鬣を持つ大きなライオンのような姿をした精霊が、今まさにボクに牙を向けている事に気付いてしまったからだ。この精霊は強い。それはボクを押さえているグラヴィスからも緊張した雰囲気からも伝わってくるほどだった。
ボクとしたことが、その迫力に驚いて思わず息を飲み込んでしまった。〈神〉だった頃の体ならともかく、今のこの体は生身なのだ。この牙に貫かれればジュドーなんてひとたまりもないだろう。
あー、思い出した。確かこの精霊ってジェスティードの守護精霊だったよね。やっぱりメインだし王子なんだから強くてカッコいいのにしようと思ってライオンの姿を採用したんだった。いくら考え事をしていたからって油断したなぁ……うわ、殺気ヤバ。エグ過ぎて酸素が薄くなってそうなくらいなんだけど。
ジュドーの体がその殺気に本能的に反応したのか冷や汗がジワリと額に浮かぶ。……おっと、これはさすがにボクでも……いや、ジュドーがピンチかも?次に目が覚めた時にとんでもないことになってたらジュドーの奴、やっぱり怒るかなぁ?
「パーフェクトファングクロー!そいつは俺の腕を捻り上げたんだぞ?!王子の俺に対して不敬だ!そんな奴、今すぐ噛み殺してやれ!!」
「ジェスティード王子殿下、なんてことを言うんですか?!ジュドー・アレスターは留学生で隣国の王子なのですよ!そんなことをしたら確実に国同士の戦争になってしまいます!国王陛下が許すはずがありません!!」
「そうですよ、殿下!だいたい、なぜこの部屋にいるんですか?!それに、ここに来るにはレフレクスィオーン先生がいるはずの部屋を通らないとこれないのでは……」
「うるさい、うるさい、うるさぁい!!俺はこの国の王子なんだから、どこで何をしようが全部許されるんだ!それにこいつが……こいつが留学してきた途端にルルの様子が変になったんだ!俺にはわかる!今日も朝から見かけないからと心配になって探していたら衣服の乱れたジュドーと一緒に発見されたと学園中で大騒ぎだ!しかもフィレンツェアまで一緒にいたと言うじゃないか?!絶対にこいつがルルを手に入れるためにフィレンツェアと結託してルルを拐かしたに決まっているだろうがぁ!!フィレンツェアは悪役令嬢どころか悪魔のような最低の女だ!もうあんな女なんかいらない!せっかく側妃にしてやろうと思ってたのに、ルルを傷付けようとするなんて……やっぱり“加護無し”なんて碌でもないんだ!あんな役立たずの“加護無し”なんか今すぐ俺がこの手で消してやりたいくらいだ!!」
もうひとりいたグラヴィスと同じくに教員だろう男に押さえられながらもボクに勘違いも甚だしい暴言を吐き続けるジェスティードに対して一気に嫌悪感でいっぱいになった。元々なんとも思ってなかったけど、自分で作ったキャラクターをこんなに嫌いになるなんて思わなかったよ。やっぱりこいつこそこの世界に必要ないよね……。
それに、なんのつもりでフィレンツェアの悪口なんか言ってるんだ、こいつは……。は?フィレンツェアを側妃にするつもりだったの?そんなエンディング知らないんだけど。それに、確かジェスティードはフィレンツェアの婚約者だったよね?そうゆうゲームだとは言え、ヒロインと浮気してるくせに何様なのさ?
ボクは、悪役令嬢のエンディングはまだ決めていないんだぞ?いくらパラレルワールドになったからって、悪役令嬢を……フィレンツェアをどうこうする権利なんてお前らなんかには有りはしないというのに……。
「……落ち着くんだ、ジュドー・アレスター。まずはその殺気を抑えなさい」
思わず殺気立ってしまったボクの耳元にグラヴィスの冷静な声が届く。だがボクを野放しにするつもりはないらしく、捻り上げた腕を離してくれそうにはなかった。こっちは今すぐにでもジェスティードの喉を掻っ切ってやりたいくらいムカついてるのにさ。……それにしても、グラヴィスがジュドーに絡むイベントなんかも無かったはずなのに、こいつも邪魔だな。
「……君には関係ないよ」
「関係あるさ、俺は教師だ。それに、この守護精霊は話のわかる精霊だと俺は思うぞ。……あの王子よりはよっぽどな」
ため息混じりのその言葉に「パーフェクトファングクロー」とジェスティードに呼ばれていた守護精霊に視線を向ける。グラヴィスの言う通りさっきまでのエグいほどの殺気はすでに消えていて、その牙でボクを切り裂く気はないようだった。ライオン精霊は牙を引っ込めると、なんだか疲れ気味に深いため息をついていた。あんなに殺気立っていたくせに今は申し訳なさそうにしている。
『……ジェス坊は、今はちょいと駄々をこねてるだけなんだ。本心じゃねぇと思うんだが、代わりに謝らせてくれ。この部屋にも無理言って入っちまってな。それとこれは言い訳になるが、あのレフレクスィオーンとか言うハゲ……いや、教師が何のつもりかフィレンツェアお嬢ちゃんの悪口ばっかりジェス坊に吹き込んできやがったんだ。まったく、王子ともあろう者が自分に都合のいい話ばかり信じ込んで暴走するなんて情ねぇったらありゃしねぇ……あぁ、それとさっきのは慣れない気配を感じたとったもんでつい警戒しちまったんだ。すまなかったな』
「……その名前、長すぎて不便じゃないの?」
思わずそんな事をが口をついて出ると、ライオン精霊は『この名前は、なんというかジェス坊の趣味でなぁ……出来ればクロと呼んでくれや』と鋭い爪先で器用に頬をかいていた。
どうやら精霊本人も困っているようである。自由で気まぐれな精霊ならばこんな名前は嫌だと跳ね除けることも出来るだろうに、やはり精霊にも色々な性格がいるようだ。なにかの資料で読んだことあるなぁ……そうだ、世話焼きなおかん属性ってやつだ。あんな馬鹿なジェスティードのお守りをしなきゃいけないなんて大変だよね、その点については同情しちゃうかも。そう思ったら少し落ち着くことが出来た。だからって絶対に許したりはしないけれど。
あぁでも、ゲームの設定ではそこまで細かくは決めていなかったから少し変な感じではある。
それにしてもこんな名前を守護精霊に付けるなんてもしかしてジェスティードってば厨二病ってやつ?守護精霊の名付けなんて決めて無かったからボクの趣味じゃないことだけは確かだよ。変なイベントばっかり始まってるみたいだし、やっぱりパラレルワールドになっちゃうと曖昧にしていたところが全部変わっちゃうんだなぁ。と、改めて思ったよ。
「ところで、パーフェクトファングクローくん」
『クロだ』
「えーと……クロくん、とりあえず君のお尻に噛み付いてる“うちの子”を返してもらっていいかな?」
あえて誰も触れなかったが、パーフェクトファングクロー……いや、クロのお尻にはいつの間にかゲイルが噛み付いたままぶら下がっていたのだ。同じ王族の守護精霊とはいえ、クロとゲイルの力の差は歴然である。ジュドーの守護精霊であるゲイルは精霊としてもまだ子供だ。あるきっかけでパワーアップする設定だったのだが、それを実行するにはヒロインがジュドールートを選んだ上にとあるイベントで好感度が最高値にならなくてはいけないのだ。ジュドーには申し訳ないが、ボクはヒロインとどうこうなるのはお断りだよ。
『ん?ああ……、さっきからくっついてるこいつはお前さんの守護精霊か。まだ若い風の精霊だな。契約者を守る為に俺様に立ち向かってくるなんざ、なかなか根性がある……大事にしてやんな』
するとクロが尻尾でペシッとゲイルを軽く叩くと、ゲイルの体はコロンと床に落ちてしまった。うるうると瞳に涙を浮かべているがケガはしていないようだ。
『うっ、うっ……うわぁ~ん!ジュドー、無事でよかったよぉ~!目が覚めたらジュドーがどこにもいないし、全然名前を呼んでくれないし……もしかしたら大ケガしてるんじゃないかって心配してたんだ~っ!!そしたらこのおっきな精霊がジュドーに殺気を向けてたから……ケガは?!ケガはしてない?!どうしてすぐ名前を呼んでくれないんだよぉっ!!』
「ごめんごめん、悪かったって。ボクは大丈夫だよ」
ゲイルが泣きながらボクに抱きついてくると、さすがにグラヴィスも思うところがあったのかボクの腕を自由にしてくれた。もちろん「くれぐれも下手なことはしないように」と忠告つきだったけれど。ゲイルがどこにいたのかは知らないが、守護精霊にこんなに心配されてるなんて思わなかった。まぁジュドーは友達も碌にいない拗らせたボッチなキャラクターだから、守護精霊からしたら心配になるものなのかもしれない。自由になった手で泣きじゃくるゲイルを抱き上げていると、その様子を見ていたクロがポツリと呟いた。
『……なんか、お前さんたちが羨ましいなぁ』
「?どうかしたのかい、クロく……っ!」
どこか悲しげな声色が気になり、声をかけようとしたその時……その奥に不気味な笑みを浮かべるジェスティードが何か大きな塊を振りかざす姿が見えたのだ。
「パーフェクトファングクロー……お前がやらないなら俺がやる!そこをどけえ!この裏切り者めぇぇぇ!!」
そんな叫び声が聞こえたかと思うと、ばきぃっ!!と硬い物がぶつかる衝撃音と共に肉の抉れる不快な音が部屋に響き────ほんの一瞬でボクの視界は真っ赤に染まっていたのだった。




