第4話 アオのチカラ
ノーランド・スラングは、攻略対象者の中でも随一の力自慢の男だった。
なんというか、筋肉の各部位に名前を付けて鍛えているようなマニアックな奴だ。ノーランドルートでヒロインに意気揚々と筋肉の自己紹介をしている場面を見た時はドン引きしたのを思い出してしまう。思い出したくなかった。神様はメルヘンチックなくせに変な所でリアリティーを求めようとするから困るのだが……そう言えばゲームの制作途中で意見を求められた時に「聖女のお供にやたら筋肉自慢の拳闘士がいて上腕二頭筋に名前つけてたなぁ~(ドン引きしたけど)」なんて思い出を語ってしまった事もついでに思い出してしまった。うん、やっぱり思い出したくなかった。こいつのキャラ設定が私のせいだとは思いたくない。
その他の情報としては、確か候爵令息で剣術が苦手。しかし筋肉で剣を上回ってみせると将来は王国を守る騎士団に入って活躍するのを夢見ている熱血漢である。そしてその夢の為に日々鍛錬を欠かさないクソ真面目な性格であり、やたら正義感が強く思い込みもかなり激しい。いわゆる脳筋だ。さらにその正義感も自分本位なものでしかないのが厄介だった。
しかも守護精霊はスイギュウ。こちらも同じく思い込んだら一直線の傍迷惑な性格だったはずだ。パワー特化型の精霊で使える魔法も筋力強化のみという、脳筋同士でまさしくお似合いの守護精霊である。
普段の守護精霊達は守護する人間以外にはあまり姿を見せないのだが、興奮して鼻息を荒くしながらこちらを睨んでいるスイギュウがノーランドの背後にきっちりバッチリ見えている。こんなにも精霊から敵意を感じるのは珍しかった。これまではアオが無意識ながらも他の精霊達を威嚇していたから精霊が私に向かって絡んでくる事はほとんど無かったはずとのことだったが、その影響力は精霊の性格にもよるのだとか。つまり、興奮した脳筋にはあまり通用しないらしい。
まぁ、とにかくこの男は思い込みが激しく人の話を聞かない。自分がこうと決めたら脇目も振らず猪突猛進するので彼を攻略する時は曖昧な表現よりもイエスかノーの白黒がはっきりした言葉選びをしないといけないのだ。だが、そのポイントさえ押さえておけば攻略はさほど難しくないキャラクターなのである。
もちろんそれがヒロインであれば。の話なのだが。そのヒロインの名前にこれほど反応するとなると、もうすでに攻略が始まっていたのかもしれない。もちろんただの正義感の空回りの可能性もあるが……どのみち悪役令嬢の悪行も吹き込まれ済みだろう。
それはつまり……悪役令嬢である私の話などには全く聞く耳を持たないということなのだ。
そんな筋肉自慢の馬鹿力で手首を捻り上げられ、あまりの痛さに私は悲鳴をあげた。しかしその反応が気に入らなかったのかさらに力が込められ、ノーランドは額に青筋を浮かべて反対側の手を拳にして振り上げてきた。
「聞いているのか?!そんなか弱い女のような反応をしても無駄だ!実はお前が体を鍛えていて素手で熊を退治出来る実力の持ち主だということはわかっているんだからな!
さぁ、ハンダーソン嬢に何をするつもりなのか無理矢理にでも答えてもらうぞ!!きさまの極悪非道な行為、例え神が許してもこの俺の上腕二頭筋……マイケルが許さぁん!!」
「き…………!」
そんな訳あるか!と(色々と)言い返したり、マイケルってなんだよ!と突っ込みをしたかったりもしたがそれどころではない。勢い良く振り下ろされた拳が近付いてきたのが見えて反射的に身構えたのだが……。
次の瞬間、私の肩から勢いよく大きな影が瞬く間に広がり────ノーランドの頭部が視覚から消えた。
ばくっ!!
「え、は、ひぎゃぁ?!」
私の視界にうつったのは、影に包まれた瞬間に驚愕と恐怖に染まった顔をしたノーランドが私に助けを求めようとしていた姿だった。
いや、もくしは身代わりにしたかったのかもしれない。頭部が影に包まれながらも私を掴んでいた手を離そうとはせずにそのまま引っ張ろうとしていたのは自分の命を守るための防衛本能だったのだろうか。その手も影が首元をきゅっと絞めるとすぐに離されたが。
そしてその大きな影がノーランドの頭部を自由にすることはなく、諦めたのか力尽きたのか……ぶらりと影からぶら下がった状態になったその筋肉質な体は、そのままズルズルと吸い込まれていった。
ごっくん……。
こうして、大きな塊を飲み込む喉を鳴らす音が響くと共にノーランドの姿は完全に消えてしまったのだった。
『全く!フィレンツェアに何をするつもりなの?!そんなこと僕が許さないんだからね!』
そう、その影はドラゴンの姿に戻ったアオだった。廊下いっぱいになるまでの大きさになったアオがノーランドを丸飲みにしてしまったのである。
アオはぷんすかと頬を膨らまし怒っているが、まさかの人間丸飲みに私は慌ててしまった。
「アオ!あんな脳筋馬鹿なんか食べたらお腹を壊すかもしれないわ!食中毒になるからペッしなさい!」
『えっ、あいつお腹痛くなる奴なの?!た、確かに全然美味しくなかったけど!』
落ち着いて考えれば、精霊とは超自然的な存在なのだから彼らに食事という概念はない。いや、大気のエナジーとか自然のエネルギーを吸収するとか……たまに人間と同じ嗜好品を好む精霊もいるがそれはあくまでも趣味的な楽しみであってそこから生命力を見出したりはしないのだ。というか、間違っても肉食ではない。
ただ、ついアオが普通の(凶悪な)ドラゴンだった頃に色んな物(人間など)を見境なく丸飲みにして具合いが悪くなりそのせいで聖女だった私にトドメを刺された事を思い出してしまったのだ。
「そうよ!昔、私にセクハラばっかりしてきてたクソ剣士をたまたま丸飲みにしてお腹を壊したのを忘れたの?!それが原因で私との勝負の時に負けたんでしょう?!」
『そうだった!トドメを刺してくれたのがたまたま聖女だったから浄化されてラッキーだったけど、変な人間を食べたらお腹がピーピーになるから気をつけなきゃってあの時に思ってたんだった!この人間がものすっごくムカついたからつい丸飲みしちゃったよ!』
「とにかく!今ならまだ間に合うわ!早くペッてするのよ!」
そんなやり取りの後、アオは『ピーピーになるのは嫌だよ~』と言いながらノーランドを吐き出す事が出来た。ちょっと端っこが溶けてるっぽいが……うん、気絶してるだけでちゃんと生きてるし、だいたい無事だ。それにしても、全身がべっちょりしてるけどこれって……まさか涎?それとも胃液?
「アオ、気持ち悪いとかお腹が痛くなったりしてない?トカゲの姿に戻れる?」
『大丈夫だよ!それに、ドラゴンのままじゃフィレンツェアの肩に乗れないからちゃんとトカゲになるよ!』
「よかった!ノーランドも無傷(?)だし、アオもお腹を壊してないし……ギリギリセーフね!」
『いやいやいや、もうアウトじゃぁぁぁん!!なんかもう全部アウトじゃぁぁぁあん!!なんなのお前ら?!ドラゴンの守護精霊がいるとか聞いてないしぃ!!そこの女、加護無しじゃなかったのぉぉぉ!!!?』
なぜか、ノーランドの守護精霊のスイギュウが真っ青になり涙や鼻水をぶちまけながらブチギレしていた。さっきまでの興奮状態とは別の意味で興奮しているようたが。
「あれ?守護精霊って契約した人間としか話さないんじゃなかったの?なんか、あのスイギュウがこっちに話しかけてきてるみたいなんだけど……」
『精霊って気まぐれだからじゃない?別に話が出来ないわけじゃないし!まぁ、僕はフィレンツェア以外の人間とお話しする気はないけどね!』
「ふーん……でも何をそんなに慌てているのかしらねぇ?ノーランドは五体満足無事なのに」
『だよねぇ!』
『だから溶けてるからぁ!なんか端っこの方が溶けてるからぁぁぁ!!オレちんの契約者になにするんだよぉぉぉ!!』
四本脚で地団駄を踏むスイギュウが、わぁわぁとがなりたててくる。アオがそのスイギュウの事を『生まれたばかりの青二才め』と呟いたのでどうやら精霊の中でも子供になるらしい。というか、精霊に年齢感覚があったなんて神様の設定にはなかった新事実だ。
『ノーランドはオレちんと一緒に筋肉道を極めるすごい人間なんだぞぉぉぉ!!だから、悪役令嬢なんて呼ばれてる女を退治して有名になるはずだったのに────『うるさい』ぐうぇっ?!』
スイギュウが器用に前足を動かし私を指(?)差した瞬間、未だドラゴンの姿のままのアオがゆらりと尻尾を動かしてスイギュウの体を床に押さえつけたのだ。あ、ちょっと床がへこんだ。
『お前の契約者を溶かしたから、なんなの?なんなら原型が無くなるまでドロドロにしてやってもいいんだけど────それとも僕と闘うつもり?』
その時、アオからは殺意にも似たオーラが出ていた。空気がビリビリと揺れ、そのオーラに怯えたのかスイギュウの体がひと回り小さくなった気がする。
『ひぃぃぃ!!ご、ごめんなさいぃぃぃっ!そ、その女の守護精霊がドラゴンだなんて知らなかったんだ!だってオレちん、ドラゴンの精霊なんて見たことなかったし……なんで他の精霊達がその女に近づかないのか不思議だったし、オレちんは筋肉強化の魔法しか使えないけど強さなら負けないって思って、だから面白そうでつい……っ!』
『面白そうねぇ……。自分の実力との差もわからなかったの?そりゃ、封印されてる間も威嚇オーラを出してはいたけどそれがドラゴンだって知ってる精霊はほとんどいないと思うよ?でもね、それでもちゃんと“わかってる”精霊なら自分より強いオーラ相手にちょっかいかけようとは思わないはずなんだけど……たまーにこうゆう世間知らずっていうか身の程知らずっていうか、困ったちゃんな精霊がいるんだよねぇ』
アオがため息混じりに肩を竦めるとスイギュウがビクゥッ!と反応しさらに体が小さくなった。
「つまり、ドラゴンって珍しいから認知度が低いってこと?」
『さぁ、わかんない。でも、僕以外にもドラゴンはいるはずなんだけどなぁ~。まぁ、封印されてたから見たことないけどね!』
どうやら精霊の世界は奥が深そうだ。もしかしたら神様が設定をサボった分、この世界が勝手に進化してるのかもしれない。と、そんな事を考えていると遠くの方からかすかに聞こえてくる数人の足音と話し声に再び慌てる羽目になってしまった。
「いけない!見つかっちゃうわ!」
『大変~っ!』
アオは大慌てでトカゲの姿になり、未だ怯えているスイギュウに『僕の事、誰かにチクったらどうなるかわかってるよね?約束だよ』とにっこり笑顔で口止めするとスイギュウは震えながらカクカクと頷き……その場から姿を消した。
私とアオも騒動に巻き込まれるのはごめんなのでそのまま立ち去ったのだが、その場に残されたべっちょべちょのノーランドが意識を取り戻した後に大騒ぎしたのは言うまでも無い。しかし記憶が混濁しているのか意味不明な事ばかり叫んでいたそうだ。
しかも謎の液体にべっちょり濡れている理由が本人にさっぱりわからず(たぶんショックで記憶が抜け落ちている)、ノーランドは真相を探るために守護精霊のスイギュウに聞こうと大勢の前で呼び出したようだが、スイギュウは姿を現してノーランドの姿を見た途端に真っ青になって泣きながらゲロリと(何かを)吐いたのだとか。結局、ノーランドが濡れていた原因は自身の守護精霊のせいとなった。
しかし納得がいかなかったのか、怪我や気絶していた理由をひたすらに悪役令嬢のせいだと周りに訴えていたのだが……ノーランドの訴えに共感する声は少なかったようだ。
もちろん私の方にも飛び火は来たが、私があの場にいた証拠は無い。なので全否定しておくことにした。
「そんな方とは会っていません。その方はなにをおっしゃっておられるの?」と。
いつもならちょっとした言いがかりでもキレ気味に反論する私が呆れ気味にそれでいて至極冷静に対処したせいか、ノーランドの話に信憑性がなかったからか、珍しく私の方が信じてもらえた。まぁ、ノーランドの話を信じるなら加護無しの私が筋肉強化の魔法を使ったノーランドを素手で倒した事になるのでそれこそ幻でも見たのだろうと笑われて終わったわけなのたが。
こうして学園随一の筋肉自慢だったノーランドの評判は一気にガタ落ちしてしまった。しかもノーランドが諦めずに訴えを続けた為に噂は悪い方に尾ひれをつけてしまい、なんと「加護無しの公爵令嬢に無理矢理迫ってフラレた男」だと、たった1日で本人にとっては情けない悪名が学園中に広がってしまったのである。結局本当に攻略されていたのかはわからなかったが、ヒロインに浸透していただったであろう脳筋男にはかなりの大ダメージなはずだ。
「それにしても、記憶を失ってるわりには私のせいだって事にこだわっていたわねぇ。すぐに諦めていればここまで酷い噂にはならなかったのに……」
『フィレンツェアに負けたって感覚だけは覚えていたんじゃないかなぁ。なんか、自分は悪くないんだ!って思ってそうな奴だったし』
確かに自分は絶対正義だと信じて疑わなさそうな彼なら、記憶に無くても明らかに誰かに負けたという状況は耐えられなかったのかもしれない。例えそれが自分の首を締める行為だとしても。
「真面目すぎるのも考えものね」
『僕はフィレンツェアに害が無いならなんでもいいよ!』
今日はなんだか濃厚な1日だった。湖に突き落とされて死にかけ、前世の記憶を思い出して……こうしてアオと再会を果たしたのだ。これからについて不安が無いといえば嘘になるが……それでも、アオと一緒ならなんとかなりそうだとも思うのだった。




