第3話 攻略対象者のこと
この世界は、神様が創造した乙女ゲームを再現した世界だ。
今から思えば、タイトルに〈愛を囁くフェアリーの奇跡〉なんてノリノリで付けている時点でこの時の創造主である神様の趣味はだいぶ偏っていた気がする。「メルヘンチックが流行りだよ」とわけのわからない事を興奮気味に叫んでいたのはいい思い出か。
簡単に言えば、妖精の力が重要視される世界で実は誰よりも妖精に愛されていたヒロインが困難を乗り越え真実の愛を成就させるというサクセスストーリーである。“妖精から嫌われた悪役令嬢”と対比する事でヒロインの心の純粋さをアピールしたかったのだろう。
基本設定として、ヒロインは希少な癒しの魔法を使う守護精霊に愛される存在だ。その精霊の名はセイレーン。愛に盲目な精霊で、愛の為なら何でもしてしまう性質があるのだがヒロインの事を愛するあまりに治癒と同時に無意識に禁忌とも言われている魅了の魔法を使ってしまう厄介な守護精霊でもあった。それもこれも、ヒロインがみんなに愛されて欲しいがため……。(そこまでしないとヒロインはみんなに愛されないのだろうか。とも思うが)
言うなれば、ヒロイン専属の恋のキューピッドなのである。(セイレーンはそのつもり)
ヒロインがその相手に好意を抱けば、その想いに反応したセイレーンが勝手に魅了しようとするのでこれまた厄介だ。セイレーンが力を使うとどこからか不思議な歌が聞こえてくる仕様で、攻略対象者との各出会いでは必ずその歌が流れていた。神様が「出会いの女神の歌を参考にしたから効果はバツグンだよ!」と他の神様に聞かれたら叱られるようなことを堂々と言っていたのを思い出す。今となっては私も叱ってやりたい。つまりセイレーンの歌は妖精の力でありながら女神の力も宿しているのだ。それは効果バツグンに決まっている。つまりヒロインは何もしなくても“想う”だけで無敵なのだ。
まぁ、もしも人間の方が悪巧みをして精霊に頼んでやってもらっていたとしても精霊達は基本的に自分が契約した人間としか会話をしないので簡単にバレることもないのだろう。
ではまず、ジェスティードルートの説明をしよう。
この第二王子、メイン攻略対象者なだけあって(?)1番攻略が簡単なのだが、神様曰く「チョロQレベル」とのこと。チョロQがなにかはよく知らないけれど。
確か、些細な事で悪役令嬢と言い合いになったジェスティードは学園外の森に出かけてしまう。お供の従者はつけていたものの野良妖精(この場合、誰の守護もせずにその辺をうろちょろしている妖精の事)のいたずらのせいで怪我をしてしまった。従者が困っているとそこに偶然ヒロインがやってくるのである。この時にジェスティードや従者の守護妖精は何をしていたのか?と謎でしかないが。
そしてヒロインはジェスティードにこれでもかと一目惚れしてしまい「まるで王子様みたい」と心で呟きながら怪我を癒やし、ついでに(無意識にだが)魅了もかけてその場を去って行った。名前は名乗らなかったが名前の刺繍入りのハンカチを落としていくのは忘れていない。仕事はきっちりしていくタイプである。
そして、かすかにセイレーンの歌が流れる中でジェスティードが「まるで天使だ……」と囁き、その後学園で運命的な再会を果たすのだ。ちなみにこの時の従者がヒロイン探しに翻弄される事は全く出てこない。再会したふたりの背後に疲れ切った顔をしている従者の姿がチラッとうつるのみだ。彼が魅了にかかっていたかは明かされていないが、ちょっとかわいそうだとも思った。
ちなみに悪役令嬢との言い合いとは身長の事だった。ジェスティードは自身の身長が悪役令嬢よりほんの少し低い事をコンプレックスに思っていて、いつも愚痴を言っていた。それを知った悪役令嬢が「背を伸ばすにはこれがいいと聞いたので」と金と権力を使って各諸国から手に入れた珍しいサプリやグッズを見せるとジェスティードは「俺を馬鹿にしてるのか!」と激怒したのである。それから影で「男を立てる事も出来ない傲慢な女」だと散々罵られていた事を悪役令嬢は後で知るのだった。
確か、ヒロインの事は「小さくて守ってあげたくなる可愛らしい存在」として気にいっていた。庇護欲をそそるらしい。さすがの魅了もその相手に欠片も好意が存在しなければ発動しないので、つまりはジェスティードもヒロインに一目惚れしていたのである。
それからも偶然という名の出会いを繰り返し、ヒロインはジェスティードが自分の想像ではなく、本当に本物の王子だと知ってショックを受けてしまう。親密度を上げていく中、ヒロインは自分の守護妖精がどれだけ希少かをあまり理解していなかった。それよりも自分の爵位が低い事に引け目を感じていて、ジェスティードが王太子になる為には例え守護妖精がいなくても悪役令嬢の存在が必要不可欠で自分は役立たずだと卑下するのだ。そんなヒロインをジェスティードは心底寵愛し、それに嫉妬した悪役令嬢がヒロインを虐めるのである。だが、どのルートでも途中まででラストがどうなるかは知らない。神様はまだそこまで作っていなかったから。
ちなみに他の攻略対象者達は自分のルート以外ではあまり絡んでこない。ヒロインに好意は持っているがあくまでも見守って応援するスタイルだ。ゲームでは出現する場所も決まっていたのでここがジェスティードルートなら少しは楽かもしれない。
それとこれから私がすることになっている悪行リストでは、ヒロインの教科書を破いたり、街で暴漢を雇ってヒロインの荷物をひったくりさせたり、嫌がらせで図書館に大量の本を取りに行かせたりするのだが……おっと、これって全部攻略対象者達との出会いイベントに関係してるじゃないか。……そうそう、ヒロインの口から悪役令嬢にされた嫌がらせの数々がそれぞれの攻略対象者に明かされて断罪への道筋が出来るんだった。特に思い込みが激しくてヒロインの話以外は全く聞かない攻略対象者もいるのだ。いやまぁ、全員そうだと言えばそうなのだけど。
えーと、それからヒロインの誘拐未遂に殺害未遂。男爵家を取り潰そうと圧力をかけたり、ジェスティードに貢ぐ為のお金欲しさに密輸に手を出すんだったか。それが次々と暴かれて酷い目に合う予定なんだよって、神様が言っていたっけ。ただ、ヒロインとそれぞれの攻略対象者のエンド後をどうするかをまだ決めていないから、どのルートで悪役令嬢がどんな最期を迎えるかが決められないとも。
……悪役令嬢って、働き者すぎじゃない?もちろんこれからそんなことする気はないけど。
そんな事を考えている間も、ジェスティードはまるで武勇伝のように私をどうやって断罪するのかをヒロインであるルルに詳しく聞かせてくれていたのだ。そのおかげで彼がこれからどのようにして私を陥れようとしているつもりなのかはよくわかったのだが、真実の愛だかなんだか知らないが正式な婚約者がいる以上ただの浮気なのにそれを無理矢理正当化しようとして言い訳ばかりに聞こえてしまう。
つまり、ジェスティードは王太子になる為にも公爵家の後ろ盾や私を通して渡される軍資金はそのまま欲しいと思っている。けれど結婚はルルとしたい。なぜならばと理由を述べるなら運命の恋で真実の愛だからだそうだ。
だから私を犯罪者に仕立て上げたい。そしてそんな娘を王家の婚約者にした責任を公爵家に取らせようとしているのだ。そして、考え抜いて出された結論が……。
ルルを正妃にしてフィレンツェアは名前だけの側妃にし、後で事故に見せかけて殺害しようという事、らしい。こっちの方がよっぽどあくどい気がする。
寵愛と贅沢は全てルルに捧げ、仕事はフィレンツェアに押し付ければ真実の愛を貫いてついでに後ろ盾と軍資金も手に入る。犯罪者となった娘を婚約破棄するどころか側妃に召し抱えた恩により公爵家は自分の意のままに動くはずだと。もちろん騒ぎにはなるだろうからしばらく様子を見て全てが落ち着いた頃にフィレンツェアに不運が訪れる予定だと。「オレに全て任せておいてくれ」と、ルルを抱き締めながらジェスティードは恍惚な表情で語っていた。
ちなみに側妃を持てるのは国王陛下のみである。それも正妃に三年以上子供が出来なかった時にだけ許される特例で、側妃の仕事は子供を産むことのみ。正妃の仕事を側妃に押し付けるなんて以ての外だ。
さらに追記すると、もしも本当に私を犯罪者に仕立て上げられたとしてそんな人間が王家に嫁げるはずがない。当たり前だ、王族に犯罪者の血を混ぜるわけにいかないからだ。オマケに言えば、子作り以外の目的で側妃を娶ることも許されていないのであしからず。だって子供を産むのが唯一の仕事なんだもの。
王子なのにそんな事も知らないのか。
そんなだからブリュード公爵家の後ろ盾が無いと王太子になれないとか言われるのだ。結局未だになれていないし。この婚約だって確かにフィレンツェアがごり押しはしたけど結局はジェスティード様の方が権力とお金欲しさに承諾して今まで散々フィレンツェアに貢がせていたくせに。利用するだけ利用したら最後は消そうとするなんて根性が悪すぎる。というか、こんな浅はかな計画した立てられないくせに本気で国王になれるつもりなのか。
確かにフィレンツェアは周りに横暴な態度をとっていたし、ルルにだってキツく当たっていた。評判は悪いし嫌われ者の公爵令嬢。でも、犯罪者にされるほどの事はまだしていないはずだ。
それにしてもゲームの進行状況と攻略具合を確認できたのは良かったが、なんだかガッカリしてしまった。ヒロイン目線から悪役令嬢目線になるだけで乙女ゲームとはこんなにイメージが変わるのだと痛感する。他の攻略対象者もこんなだったらどうしようか。全く神様め、もうちょっとマシな王子に出来なかったのか。
つい心の中で悪態をつきながら見ていたら、自慢気に話し終えたジェスティードが今度はルルとイチャイチャしだしたのでその場からそっと立ち去ることにした。だって、胸焼けがしそうだったんだもの。真実の愛だかなんだか知らないけど、学園内で何をしているんだこいつらは。
それにしても、神様は「ヒロインは純真無垢で天真爛漫、ちょっと天然なゆるふわ系女子なんだ!でも実はあざと可愛いんだよ!それが魅力ってやつなのさ!」とか言っていたっけ……そういえば、ゆるふわとかあざと可愛いってなにかしら?暗号?どのみちヒロインの設定は大失敗だと訴えたい。ついでに第二王子も。こんな事ならもっと詳しく聞いておけばよかったかもしれない。と思わずため息をついた。
しかし、ジェスティードの口ぶりではこちらが何もしなくても勝手に巻き込む気満々のようだ。婚約破棄は大賛成だけどやってもいない罪を擦り付けられて断罪されるなんてお断りである。
それにラストがわからない以上、まさかとは思うけれど本当に側妃になんてされたらたまったものではない。それにヒロインも要注意だ。彼女の守護妖精セイレーンはたぶんとても強い精霊のはずである。魅了の力は禁忌のはずなのに誰もそれに気付かないのもどうかと思うが、何か都合が悪いことがあったら全てこちらに押し付けられそうな気がした。こうゆう勘はよく当たるのだ。
私は人気の無い廊下を歩きながら今後の事を考えていた。
婚約破棄は決定事項だが、やり方を間違えたらどんな酷い目に遭うかわからない。それでは私の目指すのんびりスローライフには程遠い生活になってしまうだろう。かと言って、今アオの存在が明るみに出ればそれこそ婚約破棄が難しくなってしまう可能性もある。ヒロインの守護精霊であるセイレーンは確かに強いが希少価値の差で言えばドラゴンの方が上だ。しかもそのドラゴンが守護するのが公爵令嬢となれば国王は婚約破棄を認めないだろう。そしてたぶんそうなったらジェスティードが王太子になってしまう。結婚はもちろん絶対に嫌だが、あの王子が未来の国王になるのもなんだか嫌だった。それこそ国が滅びそうである。
そういえば、ジェスティードは第二王子だ。第一王子はどうしたのだろう?とふと思ってしまった。ゲームに全然出てこなかったのは、まぁ神様の手抜きだろうけど。しかしこの世界はすでに私にとって現実の世界でもあるので必ずいるはずなのだ。これでも第二王子の婚約者なのに一度も会った事がなかった。
「ルルの事もだけど、こっちも確認しといた方がいいかしら────」
思わずそう呟いた時、肩の上で大人しくしていたアオが慌てたように『ぴぃっ!』と鳴いたので振り向こうとした次の瞬間、私の右手首を誰かが乱暴に掴み捻り上げて来たのだ。
「い、痛い……!」
「おい!今、ハンダーソン嬢の名を口にしただろう!?きさま、あの有名な“悪役令嬢”だな?!今度は何を企んでいる!」
そう言って私をギロリと睨んだ男は筋肉質な腕に力を込めた。
「痛いです!離してください!」
痛みに思わず顔を顰めるとその男は鼻息を荒くした。
「きさまが悪事を働いている事は知っているんだぞ!守護精霊のいない“加護無し”のくせに弱い者いじめをするとは言語道断!そんなことはこの俺……未来の騎士団を背負う男、ノーランド・スラングが許さん!!」
その名前に聞き覚えがあり顰めた目を開くと、確かにそこにいたのは知っている人物だった。
ノーランド・スラング。候爵令息でダークブラウンの髪と瞳をした筋肉が自慢の脳筋男……そう、攻略対象者のひとりだ。
ちょっと……!なんでこんな所に攻略対象者がいるのよ?!ノーランドの出現場所はこんな所じゃないはずでしょぉ?!




