第21話 最後の攻略対象者
馬車の中で揺れに身を任せながら、私はさっきのアルバートの異変について考えていた。
ほんの一瞬の赤い陽炎。アルバートは気付いていなかったようだが……だが確かに《《何か》》の形をしていたように見えたのだ。
さっきは思わず目を逸らしてしまったが、一体あれは何だったのか……。悪い物ではないと思いたいが、ここ最近の出来事の積み重ねでどうしても悪い方向に考えてしまっていた。
『フィレンツェア、どうしたの?もう着いた?』
さっきまでぐっすりと眠っていたはずのアオが軽く欠伸をしながら私の手をぺろりと舐める。
するとタイミング良く御者が到着の合図をしてくる。どうやら考え事をしている間に学園に到着してしまったようだ。
「なんでもないわ。さぁ、行きましょう」
不安要素は残ったままだが、とりあえず今は様子を見るしかない。あの夢も気にはなるが今の私にはそれを解明する手立ては無いのだ。
「……フィレンツェアお嬢様、どうかお気を付けて」
馬車の扉が開くと護衛がそう言いながらそっと手を差し出してきた事に一瞬戸惑いつつ、私はその手を取り馬車から降りることにした。肩の上でアオがピクッと動いた気がしたが横目で見てみればムスッとして不機嫌な顔をしている。寝起きで機嫌が悪いのかと思ったらその視線の先にはすでに馬車から降りて私を待っているアルバートの姿があった。どうやら威嚇するのを我慢しているようだ。
「ありがとう」
私がお礼を言うと、護衛は「とんでもございません」と頭を下げてくる。本当はエメリーが付き添ってくれる予定だったのだがそれが出来なくなったので代わりに護衛が付くことになったのだ。
たぶん私がアルバートに助けられた時に自分がその場にいなかった事を気にしているのだろう、ずっと気を張った顔をしているようだった。
実はさっきも御者の背後からアルバートの事をガン見していたのよね……一応相手は恩人だから冷静を装っているつもりみたいだけれど。
昨日も伯爵家御一行が帰った後、他の使用人達と一緒になって「いくらお嬢様の恩人とはいえ、それを理由にフィレンツェアお嬢様の優しさにつけ込むなど言語道断だぁぁぁ!!」と騒いでいる姿を見てしまったからか心の中は穏やかではなさそうである。きっと心の中では他の使用人達と同じようにアルバートを威嚇しているのだろう。
それにしてもさすがに学園に行くだけなのだから御者だけでいいのに大袈裟では?とは思ったのだが、お母様からのお願いと護衛本人の強い熱望から叶ってしまったのである。
しかしよく考えたらこれまでは馬車からはひとりで飛び降りていたし、図書館に行った時は嬉しさのあまり自分から飛び出していたのでこうやって手を差し出されて補助されるのは初めてだった。
改めてされるとなかなか恥ずかしいかもしれないと言う気持ちがじわりと湧いてきてしまう。
「学園内にはお供は出来ませんが、また下校の際にお迎えに上がります。アオ様、どうかお嬢様に《《悪い虫》》が近寄らぬようにお願いします!」
『まかせといて!』
「…………なんでトカゲくんと護衛くんは僕を見るんです?」
護衛とアオが一緒になってアルバートを血走った目で凝視しているがアルバートはにっこりと笑みを浮かべている。その間には火花が散って見えた気がした。
……ケンカしないようにってあれほど言ったのにすでに喧嘩腰なのはなぜだろうか。
「ほらほら、ケンカはダメよ。アオも人前では静かに────あら?なんだか、今日は騒がしいわね」
いつもならフィレンツェアが学園に到着すると周りの人間はおしゃべりをやめて、ヒソヒソと「加護無しが学園にやってきた」とこれ見よがしに言ってきていたのたが……フィレンツェアがポツンとひとりで無く護衛や御者に見送られていて友達(?)まで側にいるというのに今日はこちらに注がれる視線がひとつも無かったのだ。
「あぁ、それなら……。確か、今日は留学生がやって来る日だからですよ。ほら、あの人集りにいるあの方です」
私が首を傾げると、アルバートがそう言ってある方向を指差した。私はその方向にいたとある人物の姿に愕然としたのである。
「────あ、あの人は……!」
そこにいたのはひとりの少年で、隣国の王族特有のミルクのような白い髪をしていた。さらにその少年は、ライトブルーと金色と言う珍しいオッドアイの瞳を持っていたのだ。
他の人とは一目瞭然で違う美しい容姿と特別感。その雰囲気を感じ取った途端にとある記憶が蘇った私は「あ」と声を上げてしまった。
そう。なんと彼こそは、隣国アレスター王国の第二王子にして最後の攻略対象者であるジュドー・アレスターなのである。
そんなジュドーがたくさんの女の子に囲まれて黄色い声を浴びていたのだが……。
────すっかり忘れてたわ。
確か、攻略対象者ジュドー・アレスターは神様曰く乙女ゲーム〈愛を囁くフェアリーの奇跡〉内でのチャラ男代表だったはずだ。(本人がそう言っていた)でも、チャラ男のように振る舞っているのには何か特別な理由があった……ような?どうだったかしら?
うーん、詳しく思い出せない……。神様から設定を聞いた記憶はなんとなくあるから知っているはずなのだが、他の攻略対象者みたいにどんなルートでどんなストーリーだったかが全く思い出せないのである。
「あれ?」
もしかして……私ってばジュドールートをプレイしてなかった、とか?
なにせあの時は作りかけのゲームだったし、神様から勧められるままに他のルートをやったり途中から追加ストーリーが加えられては中断したりなどしていた。さらに神様が「激ムズの逆ハーレムルートとかやってみようよ~」なんて横から言ってきたのでそっちに変えたり……。神様からどうでもいい情報だけは聞いていたからてっきり全ルートのお試しプレイをしていたつもりになっていたけれど────あ、これはやってないわ。
いくら今のこの世界が元の乙女ゲームの設定から離れてしまっているとはいえ、これまでの攻略対象者達の基本設定はそのままだった。それはもちろんその守護精霊についてもだ。これはかなり重要な情報のはずである。
基本のストーリーがわからないからどのタイミングでヒロインとの出会いイベントが終わってるのかどうかもさっぱりわからないとは……どうしたものか。
本当ならヒロインにはジェスティードルートに専念してもらいたいところだが、たぶん逆ハーレムルート狙いだろうあのヒロインならどんな手を使ってもジュドーとの出会いイベントを実行する事は決定事項だろう。グラヴィスの時の騒動がその証拠である。
それにしても。と、憂鬱な気分になった。まだイベントが発生していないとしたら下手にジュドーに関わったらもれなくヒロインに絡まれることはわかりきっていたからだ。
「……面倒くさいわね」
図書館での出来事を思い出して、思わずため息混じりにポツリと呟いてしまった。ジュドーのいる所でヒロインに見つかればまたフィレンツェアの名前は確実に利用されるだろう。グラヴィスの時は《《たまたま》》グラヴィスの守護精霊の魔法のおかげで難を逃れたが、ジュドーまでヒロインの魅了の力を跳ね除けられるとは思えない。あんな偶然がそう何度も起きるわけがないのだ。
しかし、わからないものは仕方が無い。どのみちどのルートでも悪役令嬢フィレンツェアの運命はバッドエンドしかないのだから、こうなったら極力ジュドーとは関わらないようにするしかないだろう。
すっかり忘れていた事なだけに、知ってしまった時の衝撃は思いのほか大きかったようだ。それでなくても様子見するしかない悩み事が多いのに、まだ攻略対象者に悩まなくちゃいけないなんてあの時ジュドールートのプレイを邪魔した神様にめちゃくちゃ文句を言ってやりたい気分になってしまった。あの神様の事だ、きっと私が知らないところでも色々と追加ストーリーを加えているに決まっている。今度会ったら絶対に……。
あ、いや待てよ。次に神様と会う時って、もしかしなくてもまた死んだ時では?それじゃあ、悪役令嬢として断罪されて死なないと神様に文句も言えないのか……。いっそ神様がこっちの世界に来てくれたらいいのに!
『フィレンツェア、どうしたの……。まさか《《あいつ》》がフィレンツェアに何かしたの?』
アオの声にハッと我に返る。どうやら考え込み過ぎて難しい顔をしていたようだ。
「ご、ごめんなさい。ただ神様に、いえ、なんでもないのよ……!ただちょっと、あんまり関わりたくないなって思ったっていうか……ほんとになんでもないの!」
アオはともかく他の人に「攻略対象者の情報がわからなくて制作者に文句を言いたくなっていた」なんて言えるわけがなく言葉を濁して誤魔化すことにした。端から見れば隣国の王族に対する不敬だと思われても仕方が無いが関わりたくないのは本音である。
「ま、まぁ、だからその……げふん!
────あの騒ぎに巻き込まれないように、早く教室に向かいましょうかアルバート様」
気に取り直してにっこりと笑みを浮かべてアルバートを促すと、アルバートも空気を読み取ってくれたのか「そうですね」と同意してくれた。
こうして無事に誤魔化す事に成功した私は御者と護衛に見送られて教室へと足を向けたのだった。
うん、御者と護衛も笑顔だったし、ちゃんと誤魔化せたわね!
***
「……まさかあの留学生、神に願うほどに関わり合いになりたくない人物なのか?お嬢様とどんな関係が……。そういえば、さっき面倒くさいと呟いておられたぞ!」
「あの時の驚かれた顔は……もしやフィレンツェアお嬢様は隣国の王族にまで悪く言われていたのでは?お嬢様の婚約者であるあの馬鹿王子がお嬢様の悪口を吹聴しているのかもしれない。これは、奥様と旦那様にご報告しなければ……!」
「「つまり、絡まれたら面倒くさい人種……きっとパーティーかなにかで酷い事を言われたんだ!!これだから王族はぁ!!」」
この情報は瞬く間に公爵家の人間と守護精霊達に共有され、隣国の第二王子ジュドー・アレスターはフィレンツェアの敵と認識された。警戒度はMAXである。(アルバートも同等)
ちなみにジュドーは諸事情があり、あまりパーティーには参加していない。さらにフィレンツェアと並んで歩く事を嫌うジェスティードがフィレンツェアをパートナーとしてパーティーに出向くことなどまずなかった。
ましてやジェスティードは自分の婚約者が加護無しだと知られることを心底嫌がっているのを国王は知っていたため、特例として成人して結婚するまでは一緒にパーティーに参加しなくても良いと許されているのである。そのわがままがジェスティードを王太子の座からさらに遠ざけていてそれでもギリギリ候補でいられるのはフィレンツェアが婚約者だからなのだが……当の本人はそんな事に欠片も気付いていない。
つまりジュドーとフィレンツェアは初対面である。
***
「あぁ、やっとお昼だわ……」
昼休みになり、午前中だけでとても疲れていた私は中庭の大きな樹の上で幹にもたれかかって息を吐いた。代わりに生い茂る青葉の匂いを吸い込むとちょっと疲れが取れた気がした。
膝の上にある今朝料理長から持たされたお弁当のバスケットとご機嫌なアオの姿に思わず笑みがこぼれる。
「さぁ、アオは何から食べたい?」
優しい味のするサンドイッチを齧りながら、私は午前中にあったことを思い出していた。
さて、まず何があったかと言うと……なぜか急にクラスで席替えが行われて私とアルバートが隣同士になってしまったのだ。もちろん他の生徒は不満を言ったが問答無用で実行された。
そしてグラヴィスの態度は相変わらずだったが、私がアルバートと一緒に教室にやって来た事を知るとなぜか眉を顰められてしまったのだ。授業中もずっと睨まれている気がしたのだが……なんで?
そこで、もしかして私もジェスティードと同じように不貞をしていると疑われているのではと思い合間の休憩時間に慌ててグラヴィスを捕まえると、「実は倒れたところを助けて頂いたのをキッカケに新しくお友達になりまして……」と今度はなぜか浮気疑惑を弁明するような状況になってしまった。でもせっかくグラヴィスのこれまでの態度の真意がわかったのにあらぬ誤解で断罪理由を作りたくはない。何がキッカケで死刑にされるかなんてわからないし。
「あの後、図書館で倒れただって?何か騒動があったらしいとは聞いたが……」
図書館でのあの騒動はどうやら公爵家と伯爵家の圧力が効いたのかあまり詳しくは知られていなかったようだ。
「私が立ち眩みを起こして階段から足を滑らせまして……それをアルバート様が助けて下さったんです。それで実はクラスメイトだとわかりまして……」
「なるほど、公爵令嬢が階段から落ちたとなればそれは騒動にもなるな。怪我は大丈夫なのか?」
「はい、かすり傷ひとつありません」
するとグラヴィスは「ふむ」と頷く。どうやら納得してくれたようだ。図書館でのヒロイン騒動でも思ったがグラヴィスはそうゆうのに厳しいのだろう。私だってそんな勘違いで死亡エンドはごめんである。
「それならいいが、君は王族の婚約者で公爵令嬢だと言う事を忘れずに行動するように。────今までクラスメイトだと知らなかったのか」
「はい、わかっていま……え、何か言いましたか?」
グラヴィスが何か呟いた気がしたので思わず聞き返すと「いや、なにも」と首を横に振られた。なんだかちょっと苦笑いされているような……?
しかしやっとグラヴィスの眉が定位置に戻ったのを確認出来たので「まぁ、いいか」と、ホッとしていると、どこからともなくアルバートが現れた。
「お話は終わりましたか?フィレンツェアじょ……いてっ?!」
そして私の肩に向かって手を伸ばすと、またもやアオがその指先に噛み付いてしまったのだ。しかしアルバートは「痛いなぁ、トカゲくん」と噛み付いたままのアオを手にぶらーんとぶら下げてなにやらにんまりと口元を綻ばせている。相変わらず目元は見えないが、雰囲気がなぜか楽しそうに見えるから不思議だ。絶対にわざとアオを怒らせているんだろうけれど。
『きゅっ!』
「こ、こら!フィレンツェア・ブリュード嬢!君のペットが────「シュヴァリエ先生、何か?」……っ、あぁその……痛くないのか?アルバート・エヴァンス」
「平気ですよ、甘噛みですので。これは僕とこのトカゲくんとの触れ合いのようなものなので気にしないで下さい」
「それなら……わかった。学園内では怪我のないように」
するとグラヴィスは目を逸らすようにしてその場を去ってしまったのだ。
その後も事あるごとに私にちょっかいをかけてはアオに噛み付かれて楽しそうなアルバートと、それをチラチラと見てくるグラヴィスのせいで妙に疲れてしまったのである。まぁ、私としてはもうアオを連れてこないように言われなければそれでいいのだけど、もしかして危険なトカゲとして見張られているのだろうか?
「アオったら、噛みつき癖があったのね?アルバート様とケンカしちゃダメって言ったのに……先生に目をつけられたらどうするの?」
『あいつがフィレンツェアに触ろうとするからだよ!』
「それはそうだけど……もはやアオに噛み付かれたくてわざとそうしてるように思えてきたのよね。もしかしたらそっち方面の趣味があるかもしれないから気をつけないと!」
それに実際にアルバートは怪我なんてしていないし本人が「じゃれているだけ」と言うので他の先生達も軽く注意してくるだけなのだが、なんとなくグラヴィスだけ意味深な視線で見てくるので居心地が悪いのだ。
「まぁいいわ。それよりお弁当を食べましょう!料理長がアオと一緒に食べれるようにってたくさん用意してくれたのよ。どこか静かな場所はないかしら」
『じゃあ、中庭に行こうよ。涼しくって人間があんまりこないって他の精霊が言ってたよ』
もしかしたらお昼休みもアルバートが「お友達ですから」とか言ってついてくるかと思ったのだが予想とは違い「ちょっと用があるので」と何処かへ行ってしまったのである。まだあの距離感に慣れていないのでありがたいのだが、彼の隠し事を暴くのはなかなか難しいようだった。
なぜかといえば、アルバートが近くにいると小さなフィレンツェアが妙に落ち着かないみたいで私にも多少影響があるのだ。見える範囲にいなければ大丈夫なのでやっと一息つける感じだった。
そして中庭で立派な樹を見つけ、アオの魔法で上に運んでもらったのである。アオの魔法は基本は水魔法なのにちょっと不思議だ。でも、大きなシャボン玉を作ってその中に入るとふわふわと浮かぶ感じが私は好きだった。
そしてしばらくは和やかに昼食を食べていると、樹の根元が騒がしくなったのだ。
「……全く、この国の女共はうるさくて鬱陶しい生き物だな!オレの見た目がそんなに珍しいのか……?!」
ガン!と幹に激しい衝撃が走る。どうやら誰かが思い切り樹を蹴ったようだった。なんだか怒っているようだけど……と下を覗いて思わず「げっ!」と叫びそうになってしまったのだ。
そう、そこにいたのはあれほど関わり合いになりたくないと思ったミルク色の白い髪……ジュドーがいたのである。朝からあれだけの女の子に囲まれていたのに、まさか昼休みにひとりきりになってるなんて予想外だった。
せっかくクラスが別だったから人集りを避ければ会わずに済むと思っていたのに、なんでこんな所にいるのよぉ?!




