第13話 その声は
「…………守護精霊の始まりって、思ってた以上に重い話だったのね」
読んでいたらなんだか背筋が寒くなってきた気がして私は本を閉じた。意味がわからない部分が多かったが決して楽しい内容ではないように感じた。
思っていた内容とはちょっと違ったせいか肩を落としてしまう。それに、《《これから》》出会う者に託すって……どうゆう意味なのだろうか?
それにしても、精霊についての勉強はもちろんだが賢者の書いた本ならもしかしたら神様がヒント的な何かを残しているかも……。なんてちょっとくらいは期待していたのだが、守護精霊の始まりは予想していた以上に重い話だったしヒントなんてものはどこにもなかった。この世界の始まりの設定だし神様が考えたんだろうけれど、なにもこんな狂気じみなくても良かったのではと思ってしまう。
まぁ、あの神様がゲーム制作時は変なテンションになって思考が暴走している事はよくわかっていたはずなのに変に期待した私が悪いのだ。それにこの世界は神様が趣味で作った乙女ゲームの世界だし、神様の趣味が変わっているなんて今更だ。
乙女ゲームにこんな設定が必要かどうかは別としてだが。胸キュンはどこへ行った。
それにしてもこの本、一部のページがところどころ汚れていてちゃんと読めないとはどうゆうことか。貴重本なはずなのに手入れがされているようには見えなかったし、それになんだか途中の文章も途切れてるみたいに繋がらない。中途半端でわかりにくいし、重要な部分がわざと読めなくされてるようにも感じたのだ。これが神様の作為的な何かだとしたら乙女ゲームじゃなくてまるでホラーな謎解きゲームである。
「……神様ってば、ホラー嫌いなくせにすぐドロドロ設定を盛り込もうとしていたからなぁ」
そんな事を思い出して苦笑いを浮かべてしまった。
そういえば、“腐女子”?ワードも一時期とても気に入っていたみたいだった。説明を聞いても「腐ってるんだって!」としか教えてくれなかったが、神様も詳しくは知らないって言っていたし……果たしてこの世界はちゃんと乙女ゲームになっているのか。もはやそれが謎である。
まぁ、それはいいとして。(よくはないが)
それにしても、結局賢者の守護精霊については“彼女”としか出てこなかったし詳細も不明のままだ。どんな姿でどんな魔法を使うのか、精霊達にとってどんな立場の精霊だったのか。あれほど“彼女”を連呼していたの、その“彼女”についてはさっぱり書いていないのである。
確かに「最古の研究書」と言われるだけあって後半のページにはその他の精霊や精霊魔法についてとても詳しく書いてあった。それはもうびっしりと書き込まれていたのだ。たぶんこれまでもこの本を読んだ人達はこの後半の内容に感化されて褒め称えていたのだろうと思った。前半の文章が無ければ私だって素直にすごいと感じただろう。それ位に濃い内容で、たったひとりの人間がここまで詳しく調べる事が出来るなんてすごいとしか言いようがない。その知識は神様を越えているのではないか……そう感じたのだ。だからこそ、狂気じみていると思った。いくら神様の設定が適当でその穴埋めを“世界”が変わりにやっていたとしても、“その世界”の作った設定を全て知っているなんて賢者とは何者なのか。と。
これを書いている時の賢者は、もう《《普通の人間》》とは違う次元の存在になっていたのではないか……そんな気がしたのだった。
「お嬢様、そろそろ閉館の時間だそうです」
図書館の読書スペースを借りて読んでいたが、窓から差し込む光がすっかり夕暮れのものに変わっている。私が本を読んでいる間、アオは退屈だったのか机の上で丸まりウトウトとしている。
それにしても、公爵家の呪いやアオの存在を考えると元の乙女ゲームの設定とはかなり違ってきているように思う。かと言って全て違うとも言い切れないし……。(つい、神様の言っていた事を思い出してしまうのもあるけれど)でも、なんというか……妙な違和感が拭えないでいた。
ここまで変わってしまっているのなら、今後だってどう変化するかわからない。それが良い方に転べばいいのだけれど……。
「あら、もうそんな時間なの?なんだかんだ言って集中してたみたいね」
ずっと据わっていたからかすっかり凝ってしまった体を伸ばしながら答えると、エメリーが「確かにとても集中なされてましたよ」と笑った。
「残りの本はすでに貸し出し手続きを終えておきました。今、護衛さんが馬車に運んでくれていますよ。見回りも終えて、近くにハンダーソンさんはいないとのことです」
あの後、私がルルに絡まれた事を知ったエメリーは顔色を悪くして大急ぎで護衛に連絡をしていた。すでにルルは図書館からいなくなっていたようだけど守護精霊達にも頼んで見回りをしてくれたのだ。
「わたしがお側を離れたばかりに……」
「エメリーのせいじゃないわ。それにエメリー達に本を探してもらったり場所取りをお願いしたのは私だもの。まさかこんな所で絡まれるなんて思わなかったしね。それに、アオが守ってくれたから大丈夫よ」
「お嬢様、なんてお優しいお言葉を……!それにしてもハンダーソンさんの言動は酷すぎます!自分には第二王子殿下の寵愛があるからって強気なんでしょうけれど……しかもその騒動の内容を聞く限り、シュヴァリエ先生にまで手を出そうとしているじゃないですか!それではまるで二股です!そんなだから一部の令嬢達からアバズレなんて呼ばれ────ごほん!申し訳ありません、お嬢様のお耳に不快な発言をお聞かせしてしまいました」
やはり他の人から見てもルルの行動はそう見えるようだ。と言うか、あの悪口って本当に言われているらしい。フィレンツェアはそこまで言った覚えはないし自作自演にしたって自分の事をそんな風に言わなくても……なんて思っていたけれど、たぶん他の人からされた嫌がらせも全てフィレンツェアのせいにしていたのだろう。
まぁ、確かにハーレムなんて聞こえはいいけれど結局はただの浮気でしかないのだ。ちなみにゲームでの逆ハーレムが成功した場合は二股どころか四股になる予定である。神様から左右に攻略対象者達を侍らせたヒロインのスチルを見せらせた時は描かれているヒロインのドヤ顔にちょっとドン引きしたけれど。
それにしても、考えれば考えるほど見極めるまでもなくハーレムルート確定な気がしてきて思わずため息が出てしまった。愛されヒロインのはずなのに悪役令嬢以外からもイジメられているなんてどうなっているのだろうか。しかし今日の態度を見ている限り本人はフィレンツェアを追い詰めるための材料集めくらいにしか思っていなさそうな気もしたが。メンタルはだいぶ強そうだ。
「気にしないで、やっぱりジェスティード殿下とのデートを目撃した後にこんな事があったらさすがにね……。でもシュヴァリエ先生はそんな気はなさそうだったし、さすがにもう諦めるんじゃないかしら?私としてはジェスティード殿下との真実の愛とやらを貫いて欲しいんだけど」
「確かに第二王子殿下以外の男性ともお付き合いしようとしてるなんてバレたら大問題ですよね。いえ、そもそもが現時点で大問題なんですけれど……。わたしにはハンダーソンさんの考えている事が全くわかりません」
「私も────」
『ミツケタ』
苦笑いをして肩を竦めようとしたその時、急にゾクリと背筋に寒気を感じたのだ。そして、耳元で囁くような声を聞いた気がして思わず後ろを振り向いたがそこには誰もいなかった。
「フィレンツェアお嬢様、どうかされましたか?」
エメリーがきょとんとした顔で私を覗き込む。今の“声”はエメリーには聞こえていないようだ。
「う、ううん……なんでもないわ」
気のせいだろうか?いや、でも確かに聞こえた。『ミツケタ』と。
「なんだか顔色が悪いですね……やはりさっきの騒動でお疲れなのでは?そろそろ迎えの馬車が到着する頃ですし、今日は早く帰ってお休みされた方がいいかもしれません」
「そうね……、帰りましょう。そうだわ、この本を返却してこないと────」
私は手に持っていた本に視線を動かし、言葉を失ってしまった。
なんと賢者の本がぐねぐねと形を変形させ、蠢いていたのだ。
「こ、これは……っ!?」
『フィレンツェア!!』
するとさっきまでうたた寝をしていたアオが飛び起き、私の手から賢者の本をもぎ取った。
『この本、なんか変だ!』
私の手から離れた後も本は蠢き続け、今度はアオに絡みつくようにぐにゃりと変形する。
「アオ!」
アオを助けなれば。そう思うのにさっきから寒気が酷くて体が上手く動かせなくなってきていた。
「お嬢様?アオ様?一体どうなされたんですか……その本がなにかありましたか?」
エメリーが不思議そうに首を傾げている。まさか、この現象は私とアオにしか見えていないのか。そしてその間にもぐねぐねと動く本がアオの首に絡まっていったのだ。
『フィ、フィレンツェア……!この本から、急に変な感じが出てきてる……!くそっ……、フィレンツェアは僕が守るんだぁ……!!』
「アオ!!アオに何するのよ……!」
私はなんとか力を振り絞り手を伸ばすと、今まさにアオの首を締め上げようとしていた本を掴み叩き落とした。まだ動いてはいるが、どうやら私とアオ以外は攻撃しないようだった。
『ミツケタ』
またもやあの“声”が聞こえる。今度は耳鳴りと共に木霊のように頭の中でガンガンと響き渡り出し、寒気も酷くなる一方だ。
『ミツケタ』
『ミツケタ』
『ミツケタ』
『ミツケタ』
『ミツケタ』
「お嬢様!顔色がさらに悪く……!」
よろける私にエメリーが駆け寄ろうとするが、その足元でまたもや本がぐねりと大きくうねりだした。この寒気も大量に聞こえる“声”も、賢者の本が関係している。小さなフィレンツェアが私の中で警鐘を鳴らし出し、私は急いでエメリーの腕を引っ張った。
「エメリー、アオ、逃げるわよ!」
「お嬢様?!」
アオも頷くと、一緒に出入り口へと繋がる階段へと走り出した。エメリーは理由がわからないという顔をしているがそれでも私についてきてくれている。
「お嬢様、何を見たんですか……?!さっきからわたしの守護精霊も姿を現さないですし、もしかしてまた新たな“呪い”が……!?」
「それは」
エメリーには本の変化は見えていなかった。それでもエメリーは私やアオの行動を不審に思うのではなく理由があると信じてくれているのだ。
周りの人間は急に本を床に投げて走り出した私の事を「また加護無し令嬢が癇癪を起こして……」と冷ややかに見ているし、貴重な本を粗末に扱ったとして図書館の司書達が私を捕まえようと集まり出したその時、エメリーとアオが青ざめた顔で私の名前を呼び────。
小さなフィレンツェアが私の中で悲鳴を上げた。
『ミツケタ……オマエダ!!!』
大きな“声”が聞こえたと思った瞬間、私の体は見えない力により階段の上でひとり吹っ飛んだのだ。その衝撃でエメリーと手が離れたので道連れにしなくて済んだことだけが幸いだった。と、そんな事を考えながら長い階段に放り出された私の体はそのまま下へ落下してしまった。
その後の事はあまり覚えていない。
もう体は動かせそうになかったし、未だに鳴り響く“声”のせいで意識は朦朧としていたからだ。
そして私の目の前は落下と同時に真っ暗になっていった。
最後にわかったのは、私に向かって飛んでくるアオの体が淡い光に包まれていた事。そして、私の体を包むように“誰か”が受け止めてくれた事。
そこで私の意識は完全に途切れてしまったのだ。
「フィレンツェア・ブリュード────君が悪役令嬢だったのか」
その“誰か”が私の名前を呼んだ事なんて、気付きもしなかったのだった。
***
その精霊は、図書館で起こったフィレンツェアの騒動を静かに見ていた。姿を隠し声を潜め、それこそ他の守護精霊達にすらも気付かれないようにひっそりとだ。
そんな精霊の前で、フィレンツェアの騒ぎを目撃した人間達がこんな話をしていた。
「一体、何が起こったんだ?あれは確か加護無しのブリュード公爵令嬢だろう?」
「それが、突然癇癪を起こして自分の侍女を道連れに階段から飛び降りようとしたとか……」
「そう言えば、癇癪を起こす前に何か本を読んでいたそうだぞ。読んだ後に床に投げつけたらしいけどな」
「あの貴重本をか!まぁ、ちょっと変わってる本だから気に入らなかったんじゃないか?確かに精霊魔法については詳しく載ってると聞いたが、ほら本の前半が────」
「なにせ、本の前半が全て白紙で《《何も書いていない》》らしいじゃないか!」
「そうだ、それなのに後半の精霊魔法についての部分を読むにはその白紙のページを全てめくって目を通さないとページが開けないように魔法がかけられてるって聞いたぞ!」
「なんでも賢者の守護精霊が施した魔法らしいが、その魔法については解明されていないらしいぞ。そうとう根気強くないとあんな本読めないよな」
「そこまでして勉強しなくても、守護精霊がいればなんとかなるしなぁ。……あ、加護無しだから守護精霊の恩恵がないんだったか!」
「精霊に嫌われているくせに今更勉強なんかしてどうするんだか……。どうせ白紙のページにイラついて癇癪を起こしたに決まってるさ」
「これだから加護無しは……」
その精霊は静かにその場から立ち去っていった。




