第11話 「もしかして」
「せ、先生!あのっ、もしかして今……精霊魔法を使っているんじゃないですか?!」
私は咄嗟に、その「もしかして」を今すぐ確認しなくてはいけないと思ったのだ。
するとグラヴィスは立ち止まり、珍しく目を丸くして私を見た。
「あぁ、その通りだが……。よくわかったな、俺の精霊魔法は使っても気付かれない事が多いのに」と。
私は「やっぱり」と心の中で呟く。
グラヴィスの守護精霊は防御系の魔法を使うのだが、ゲームの決め台詞や神様の言葉から推測して物理攻撃にのみ効果があるような気がしていた。
だが、ゲームでのグラヴィスが“どんな攻撃も跳ね返す自信がある”と豪語していたのを思い出した時にふと「もしかして」と思ったのだ。
あの水溜りはアオの精霊魔法で作られたモノだがそれはルルに対しての魔法であって、決してグラヴィスを攻撃していたわけではない。しかしグラヴィスの体に触れる寸前に弾けて消えてしまった。もしそれが《《精霊魔法だから》》弾いたのだとしたら……もしかしたらグラヴィスの魔法は、“攻撃”ではなく“精霊魔法”そのものから防御するのではないかと思ったのである。
するとグラヴィスは少し声を落として、得意気に話し出した。
「これは誰にも言っていないんだが……実は、数ヶ月程前からとある方のアドバイスで図書館にいる時は自分自身を精霊魔法で覆っているんだ。俺の守護精霊は防御系の魔法を使うのだが、その方のアドバイスのおかげでこうして新しい魔法の使い方を発見できてな、今はそれを研究中だ。驚くなよ?通常の魔法に対して少し考え方を変えただけなのだが、なんとこうすると雑音や干渉を“防御”する事が出来て本を読む時にさらに集中出来るという画期的な魔法になったんだ!まだ魔法の調節が上手くいかない時があるし、他人にこの魔法をかけたらどうなるかもわからないから発表は出来ないんだがな」
まるで無邪気な少年のような笑みを見せるグラヴィスに少し驚く。私の驚きをその魔法についてのものだと思ったのかグラヴィスが「すごいだろう?」と笑った。実際はゲームでも小さなフィレンツェアの記憶でも、グラヴィスはいつも眉を顰めた表情ばかりだったから珍しいものを見た気分になっただけなのだがさすがに真実は言えず、私は「はい、すごいですね」と相槌を打った。
すると、グラヴィスは目を細めて笑った。これまで勉強や魔法に無関心だったフィレンツェアが興味を持ち、それを認めた事が嬉しいのだと言って。確かにこれまでのフィレンツェアなら興味なんて示さなかっただろうし、まずグラヴィスとまともに会話なんか出来なかっただろう。それでもさすがに記憶の中の態度と差がありすぎて、その視線のせいもあり少しむず痒い気持ちになってしまった。小さなフィレンツェアも同じく動揺しているようだった。
「あ、あの……その魔法って、ハンダーソンさんに会った時も使っていましたか?」
なんだか恥ずかしくなり誤魔化すような言い方になってしまったが、肝心な事を口にする事は出来た。これを聞かなくては私の「もしかして」は確定しないのだ。
「ん?それはもちろん。なぜかあの子は図書館でばかり俺に相談をしてきていたからな。まぁ、誰にも聞かれたくないからと言うから仕方がなく承諾したらあんな内容ばかりだったので辟易としていたところだ。最近はもしかしたらあの子は虚言癖があるのかもしれないと疑っているのだが、それが守護精霊の影響かどうかの見極めが難しくてな。それにしても、さすがに急に目の前に現れたりぶつかったりしてこられては防御しきれず無視も出来ないし……全く、本を読む邪魔ばかりしてきて困ったものだ。それがどうかしたか?」
「いえ……ただその時に歌とか、何か聞こえてきたりしなかったのかなって思いまして」
するとグラヴィスは「歌?」と首を傾げた。
「いや、歌なんて聞いたことはないが……なんだあの子は図書館内で歌まで歌っていたのか。非常識な。まぁ、聞こえてこなかったということは“雑音”だと判断されて防御されたんだろうけれど……俺の守護精霊は静けさを好むからな。……ふむ、やはり距離が空いていれば防御は出来るようだ。あとはどれくらいの距離があれば効果を発揮するのかを調べなくては……」
その様子にどうやら私の考えは当たっていたようだと確信した。ルルは確かに出会いイベントを実行したけれど、グラヴィスが精霊魔法を使っていた図書館でのみ接触をしていたからずっと“防御”されてしまっていたのだろう。そのせいでセイレーンの歌はグラヴィスには聞こえていなかったのだ。だから魅了されなかった。しかしルルには失敗した原因がわからなかったので何度もイベントの再現を繰り返し、今度はたまたまいた私を利用してイベントの成功率を上げようとしたのだろうか。もし私が持っていた本の数まで認識していて実行していたのなら……と、ひとつの可能性が頭に浮かんできた。
つまりルルは、イベントの存在や好感度の事を知っているのではないだろうか。どうすれば自分が攻略対象者達に愛されるのか、その手順を熟知しているような気がしたのだ。
考えたくなかったが、……やはりルルは私と同じ転生者なのかもしれない。いや、ここは神様の作った未完成の乙女ゲームの世界だ。いくらあの神様がうっかりだとはいえ、そんな簡単に間違えて転生なんてあるわけ……ないと信じたい。うーん、あの神様だしなぁ。
とりあえず、私を巻き込んでもまたもや失敗してしまったのでかなり焦っているだろうなとは思ったが。
「いいか、さっきも言った通りこの魔法についてはまだ研究途中なんだ、他言無用だぞ。それとひとつ言っておくが……」
「はい?」
グラヴィスは私が机の上に積み上げていた本を見てから、視線を私に向けたのだ。
「……これまでの君は加護無しである事を理由に勉強もせず、公爵家の権力を無闇に振りかざすばかりで努力を怠っていたな。失敗を全て守護精霊がいない事にこじつけて少しも改善しようとしなかったあの態度は実に滑稽だった。
いいか、知識とは武器だ。守護精霊がいるかどうかなんて関係ない。身に付けた知識は必ず自分を助けてくれるんだ。勉強はいつから始めたって遅くなどないんだからな」
いつものうんざりした視線ではない“教師”の視線を初めて向けられた気がして、今度は私が目を丸くしてしまう番だった。
「てっきり、先生は私の事が嫌いだと思っていましたが……」
「嫌いだったな。元よりやる気のない人間は嫌悪の対象だし、“加護無し”である事を受け入れて“精霊に好かれよう”と努力をしない態度も心底嫌いだった。努力を怠り権力を行使する様子は醜く視界に入るだけで不快になってしまい、つい嫌味にも聞こえるような事を言ってしまったのは悪かったと反省しているが……俺はその、口が悪くてな。本当は“加護無し”と言われても、その悔しさをバネに俺を見返すつもりで頑張ってもらいたかったんだが……いや、これではただの言い訳だな。これまですまなかった。まぁだから、なんというか……精霊は気まぐれだと言われているだろう?今からだって努力すれば何をきっかけに気に入られて精霊に祝福されるかなんて誰にもわからないのだから、全てを諦める必要はないと言いたかったんだ。
だが、やっとやる気になったようだしな。今のその希望に満ちた目なら認めてやらなくもない。これからは不正を疑われないように真面目に努力するように、質問ならいつでも受け付けてやるが……ところでそのトカゲはペットか?やはり図書館にトカゲを持ち込むのはよくないな、俺の守護精霊もそのトカゲが気になるのかさっきから落ち着かないようだ。今後は気をつけるように」
「す、すみません……」
「────人間は嘘を付くが、本は真実しか語らない。ここは素晴らしい図書館だ。早く君の真実が見つかるように願っている」
そう言って、グラヴィスは今度こそ立ち去っていったのだった。
予想外の反応に戸惑うばかりだが、グラヴィスの攻略が失敗しているというのは思わぬ収穫だったかもしれない。
まずは本当にハーレムルートかどうかを見極めないといけないのだけれど、ルルが転生者だった場合、確実にハーレムルートを狙っているようにも思えた。しかし、この世界はみんなが知っているような乙女ゲームではなく神様の作った世界なのだ。もしも転生者だとして、天界で作られたゲームの攻略方法をどうやって知ったのか……謎は深まるばかりである。
『僕、あいつ嫌い!』
ルルに続きグラヴィスがいなくなり、興味本位でこちらを見ていた人間達の視線もいつの間にかなくなっていった。やっと静かになったと息をつくと、なぜかアオが口をへの字に曲げてグラヴィスが消えた方向を睨んでいたのだ。尻尾なんかはプルプルと揺れている。
「どうしたのアオ。……もしかして、図書館にペットを連れてくるなって言われたから怒ってるの?」
『違うよ!だってあいつ、フィレンツェアを変な目で見てたもん!嫌な感じじゃなかったのに、僕がなんか嫌な感じになったの!!』
「変な目?加護無しって言われるのならいつもの事だし……嫌な感じじゃないのに嫌な感じってどうゆうこと?さすがにグラヴィスは公爵家にかけられていた呪いにはかかってないと思うんだけど……それに今日はなんだか教師っぽい事を言っていたわよ?」
私が首を傾げると、アオが『~~~~っ!わかんないけど!なんか違うの!なんかわかんないけど!!』と床に降りて器用に地団駄を踏んだ。なぜかご機嫌が悪いようだが、もしかしてグラヴィスの守護精霊の魔法のせいだろうか?さっきはアオの魔法が弾かれていたから実は相性が悪いのかもしれない。
「まぁまぁ、今回はいいじゃない。ヒロインも撃退できたんだし」
『とにかく!僕はあいつ嫌いなの!』
ぷんすかとしながら歩くアオの姿が可愛いのだが、今それを言ったらもっとご機嫌が悪くなるだろうか?なんて考えながらなんとかアオを宥め、エメリーと合流するために歩き出そうとしたその時。アオが何かを見つけたと、ある場所を指した。
『あ!フィレンツェア、あれ見て!なんか落ちてるよ』
「あら、これは────」
それはさっきルルが転んだ場所の近く、机の影になっている所にあったのだ。
「この古い革表紙の本……。もしかして、これ私が探していた本だわ!」
あの時、ルルの服の隙間から落ちたのはこれだったのだとすぐに思った。しかもこの本は貴重な本なので館内で読むのはいいが外へは持ち出し禁止のはずだ。まさかルルはこれを服に隠して持ち出す気だったのだろうか。
『フィレンツェア、その本はなぁに?』
「これは、この世界で初めて精霊に守護された人間……賢者と呼ばれる人が書いた貴重な研究書なのよ。
この図書館が“全ての知識が集う”と謳われている由縁はこの本があるからなんですって。お母様が精霊魔法の事が詳しく載ってるって言っていたわ……ちょっと変わってる本でもあるらしいんだけど」
『ふぅん?特に変な感じはしないけど……何か秘密があるのかな?』
アオが鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅ぐと『ちょっとカビくさいよ~!』と顔を顰めた。
それにしてもルルがなぜこの本を持ち出そうとしていたのかはわからないが、あのまま持っていかれていたら読めなかったかもしれない。そう思ったら、全てアオのおかげである。ついあの時のルルの慌てた顔を思い出して笑ってしまった。
「ふふっ、とっても古い本だから仕方無いわよ。そういえばさっき、ルルを転ばしたのってアオの魔法でしょ?水だけじゃなくて氷の魔法も使えたのね」
『それは……だって、あいつフィレンツェアの事をイジメようとするからムカついたんだもん!魔法は封印が解けてからいっぱい使えるようにはなってるんだけど……でも目立っちゃダメって言われてたのに、勝手に魔法を使っちゃってごめんなさい』
心なしかしょんぼりするアオを抱き上げ、私はそのひんやりした体をそっと抱き締めた。
「大丈夫よ、私の為にありがとう。でもアオの正体がバレないように気を付けてね?」
するとさっきまでとは一変して花が咲いたように笑顔になったアオが目を輝かせる。どうやらご機嫌は直ったようだ。
『……フィレンツェアを守るのは、僕の役目だからね!それにこれまでも色々したけどバレてないから大丈夫だよ!』
「ふふっ、頼りにしてるわ。……え、これまでも色々って────まぁ、いいか」
少し気になる言葉はあったが、私は追求するのをやめた。アオがする事は全てフィレンツェアを守る為にしてくれていたのだし、呪いと対抗する為のような大きい魔法なんて滅多に使う事はないだろう。
「さぁ、行きましょう」
こうして元気になったアオを肩に乗せてエメリーの待つ場所へ行くと、ようやく今日の目的である本を読む事が出来たのだった。




