第10話 イベント場所
「また君か、フィレンツェア・ブリュード嬢。学園内だけでなく、こんな神聖な場所でも騒動を起こすとはやはり問題児だな。君には第二王子殿下の婚約者としての……いや、公爵令嬢としての矜持はないのか?これまであれほど指導しても全く反省も学習もしていないとは……」
「────シュヴァリエ先生」
私が思わず名前を呟くと、その攻略対象者……グラヴィス・シュヴァリエは私を見てあからさまに眉を顰めた。そしてこれはいつもの事なのだが、うんざりした表情で「これだから加護無しは」と大袈裟にため息をつくのだ。これも私が悪役令嬢だからこその態度なのだと思うが、学園では冷静沈着だと評判な教師であり実は腹黒。それがグラヴィス・シュヴァリエと言う男なのである。
しかも教師の立場だからこそたちが悪い。この男はフィレンツェアが不正をしていると常に疑っていて事あるごとに突っかかってきては理不尽な嫌味を言ってくる暇人だ。
例えば、今までのテストもフィレンツェアの点数は酷いものではあったが最下位はギリギリ免れるくらいだった。しかし普段のフィレンツェアの態度から「あんな、精霊の加護もやる気も無い人間が最下位でないのはおかしい。もしやカンニングをしているのでは?」と必ずと言ってもいいくらいに毎回疑ってくるのである。疑り深いにもほどがあるだろう。
私としてはそんなやる気がない、さらに加護無しだったフィレンツェアよりも悪い点数を取っている生徒の方をどうにかするのが先ではないのかと言いたい。確かにこれまでのフィレンツェアの横暴な振る舞いには教師陣も手を焼いていて、それに加えて加護無しを嫌悪しているのも知っている。だが、どうにかしてフィレンツェアのありもしない不正を暴いて学園から追い出そうとしている魂胆が見え見えなのだ。それも全てはフィレンツェアが“加護無し”だから────。
さらにフィレンツェアに至っては、容疑をかけられる度に悲しくなって「私が加護無しだから」と心を閉ざし、そのイライラを周りにぶつけてしまいさらに嫌われるという悪循環である。いくらフィレンツェアが悪役令嬢だと言っても、《《まだ》》学園を追い出されるほどの悪行はしていないはずだ。ゲーム通りなら《《これから》》する可能性はあるが、もちろん私はそんな事をするつもりはない。
それに、フィレンツェアは良い点数を取りたいなんて思ってもいなかったのでもちろん不正などしていない。テストの結果など“加護無し”には意味がない……そう考えていたからだ。だから暴けるわけがないのだが、それすらも「公爵家の力で握り潰したのでは」とあらぬ疑いをかけてくる始末だ。本当にしつこい。
記憶を共有した私からしたら、相手が教師でなければあの眼鏡を今すぐへし折ってやるところだが。
確か、グラヴィス・シュヴァリエの守護精霊は防御系の精霊魔法が使えたはずだ。神様の「ほら、攻めと守りは表裏一体って言うでしょ?脳筋キャラと来たら次は頭脳派の眼鏡が乙女ゲームのお約束だよね!それに、“腐女子”っていうのも流行ってるらしくって、乙女ゲームの隠れ定番らしいんだ!幼馴染みは得点高いんだって!」とよくわからない理論(興奮気味)によって眼鏡が追加設定されたこの男はあの脳筋ば……ノーランドの幼馴染みだったはずだ。
きっと神様は表裏一体の意味をよく考えずに使っていた気がする。乙女ゲームのお約束についてはよく知らないが、とにかく現実で目の当たりにすると「そうじゃない感」が酷い。
いやどう考えても、あれとこれを裏と表にくっつけて何がプラスになるのか理解出来ないのだが……ん?腐女子ってなんだったっけ?隠れ定番??幼馴染みがなぜ得点?が高いのか……うーん、なぜかその辺の微妙な記憶がイマイチよく思い出せない。たぶん情報量が多かったとか私には刺激が強かったとか……そんな雰囲気だけは覚えているのだが。まぁ、今はいいか。
ちなみにグラヴィスルートでの決め台詞は「俺がお前をどんな攻撃からも守ってやる」だそうだ。クールキャラのはずなのにキメ顔が受け入れられなかったのを思い出してしまった。神様は「ギャップ萌えってやつだよ!」と語っていたが私的には無理だったので好みの違いがありそうなキャラだったっけ。うん……こんな情報なら思い出さなくても良かった。
さらにグラヴィスの裏設定には“無類の本好き”と言うものがあった。その裏設定は必要なのか聞いたら、なにかと疑り深い性格なのは「人間は嘘を付くが、本は真実しか語らない」と言うよくわからない拗らせ持論を掲げているからなのだと、神様が言っていた気がする。確かその場の思いつきでやたら本が関わる根暗な幼少期のエピソードを作り込んでいたはずだが今の私にその内容を思い出す余裕はない。とにかく、何かと「図書館」とか「本」がキーワードになっているルートなのだ。
さっきからどうでもいい情報ばかり思い出す理由がふとわかってしまった。それを語っている神様が普段は光り輝いていて表情がわからないのに、その時は興奮気味ではしゃいでいるのがわかったから印象的だったせいだ。だって、子供みたいに楽しそうにしている神様を見ているのは楽しかったから。
しかし今は感傷に浸っている場合ではない。私は必要な情報を思い出そうと集中することにした。
そうだ、グラヴィスルートの場合はグラヴィスとヒロインの出会いは図書館だった。神様が「学園だけじゃ背景がつまらない」と捩じ込んだのは言うまでも無いだろう。しかし、図書館は他にもあるしゲームで見た背景は本棚だけだったからまさかこの図書館だとは思わなかったのだ。しかしグラヴィスとヒロインがここに揃っているという事は強制的にイベントに突入してしまったのだろう。まだセイレーンは出て来ていないようだが……。
『……っ』
私の肩で大人しくしていたアオが牙を剥こうとしたが私はそれを手で制した。こんな所で下手に暴れたらそれこそこちらが悪人にされてしまうのは目に見えている。特に今のアオはペットとしてここにいるのだ。アオに何かされてはたまらない。
そういえば、このルートのみほとんどが図書館でのイベントだったはずだ。なにせ学園の教師と生徒という禁断の恋、密会場所には最適だったのだろう。いや、図書館を神聖な場所だというくせに生徒と密会しないで欲しい。神様が何を参考にしてこの設定を作ったのかは未だに謎である。
話を戻すが、ゲームでは悪役令嬢に嫌がらせという名の命令をされたヒロインは図書館にやってくる。もちろん嫌がらせなので読む気も無いような分厚い本を大量に借りにいかせるのだが、ヒロインは悪役令嬢の「本当は勉強がしたいけれど、今さら本を借りに行くのは恥ずかしいから」と言う言葉を鵜呑みにして大量の本を借りようとするのだ。なにせヒロインは純真無垢で人を疑わない素直な性格……らしいから。そして、その本ごとひっくり返りそうになった時に「こんなにたくさんの本を読んで勉強しているなんて、君はなんて努力家なんだ」とグラヴィスが助ける事によってふたりの距離が一気に縮まるのである。
グラヴィスにとって常にカンニング疑惑のある加護無しの悪役令嬢と違って、守護精霊がいて真面目に勉強を頑張っている(ように見える)ヒロインは好みのドンピシャだ。本の山を抱えている事をグラヴィスに誤解されたヒロインが「そ、そんなことないです!わたしなんかまだまだで……!」と慌てて肯定とも取れる返事をすると、グラヴィスはそのひたむきさに心をときめかせ、ヒロインも「咄嗟に助けてくれるなんて……先生は怖い人だと思っていたけれど、実は優しい人だったのね。素敵」と胸をキュンとさせる。ゲームではここでセイレーンのご登場だ。実はその前にヒロインは〈どれだけ本を積み上げられるか〉と言うパズル系のミニゲームをしていて、高得点が取れればセイレーンの魅了魔法は確実に成功するのである。その後、図書館での出来事が実は悪役令嬢の嫌がらせだったとわかってからは「俺が守ってあげないと……」と、ストーリーが進んでいく。私はその記憶を頼りにとっさに抱えていた本を数えると、そのミニゲームで成功ポイントを取れる本の数が……私の持っていた本の数と同じだった。まさかヒロインはそこまで見越してぶつかってきたのだろうか。
というか、他の攻略対象者達は自分のルート以外ではあまり絡んでこないはずではなかったのか。“ヒロインに好意は持っているがあくまでも見守って応援するスタイル”だとか言う初期設定はどこへいったのかと神さまに問いたい。
てっきりジェスティードルートだと思っていたのにグラヴィスルートにもなっているなんて予想外だ。やはりノーランドの事もカウントすべきだったのか。と、悩んでも悩みきれなかった。
まさか、ここがあの同時攻略のハーレムルートだとか言われたら正直嫌すぎる。あのルートはヒロイン側も大忙しなのだが、もちろん悪役令嬢の方もヒロイン以上に大忙しなのだ。
神様曰く、所謂“逆ハーレム”というもので全ての攻略対象者を同時に攻略しながらストーリーを進めていく難易度の高いルートだ。基本の攻略方法は一緒だとはいえ、違うルートの相手を同時進行で攻略するのは至難の業である。いかに好感度をバランス良く保つか……その為には悪役令嬢の存在が必要不可欠なはすだ。
ヒロインの為に働く気はないが、今回のイベントのように無理矢理巻き込まれるのだとしたら絶望しかない。
私がそんな事を考えている間にもグラヴィスとルルの話は進んでいた。
「シュヴァリエ先生!助けて下さぁい……!」
ルルの目には涙がいっぱいに溜まっていた。そして、その大きな瞳から一気に涙を溢れさせるとグラヴィスの胸に飛び込むようにして抱きつき、震える声で訴え出したのである。
「フィレンツェアさんが酷いんですぅ……!自分は公爵令嬢で重い本なんか持てないから、男爵令嬢のあたしに取ってこいって……!あ、あたしの事をジェスティード様を惑わすアバズレだって言って、そんなアバズレには労働がお似合いだなんて暴言まで……!ジェスティード様とはただのお友達だって言っても信じてもらえなくて、逆らうなら男爵家を潰してやってもいいんだぞって脅されて……!命令通りに動いたら許してくれるって言うから頑張ったのに……今度は持ってきた本が気に入らないって突き飛ばされて……っ!」
ルルの言葉を聞いて遠巻きにこの騒ぎを見ていた人間達がどよめいた。フィレンツェアが加護無しである事は有名だ。例え私の顔を知らなくてもこんなに大声で名前を連呼されては正体などすぐにバレてしまうだろう。その証拠に冷たい視線が次々と突き刺さってきた。そのせいで小さなフィレンツェアがざわめき出してしまう。
そんな時、アオが心配そうに頬を擦り寄せてくれた。頬に感じるひんやりした感触が少し焦っていた心を落ち着かせてくれたのだ。やはりアオは心の栄養剤かもしれない。
私は小声で「ありがとう」と呟き、これが強制力を持つイベントならばここでルルの発言を否定しても誰も信じてくれないだろうなと、小さくため息をついた。私にぶつかったのも多分わざとだろうけれどそんな証拠はない。どうせこの後はルルの言葉を信じたグラヴィスが周りの人間と一緒に私を「加護無しのくせに」と責め立て、図書館から追い出そうとする流れか。そうなったらいくらブリュード公爵家の名前があっても二度とここへは入れないだろう。1番読みたかった本が見つからなかったのは残念だけど、せめてこの本達を借りていけるようにお願いするしかない。そう思って、黙ったまま散らばった本を拾い上げて傷がついていないかを確認する事にした。ルルはまだ騒いでいるようだが言っても無駄なら早く終わらせた方がいい。本当は図書館の雰囲気も味わいたかったのだが、悪役令嬢には無理な話だったようだ。
「それで────」
グラヴィスが眼鏡を指で押し上げ、ルルに向かって口を開いた。
その声色が怒気を含んでいるように思えて視線を向けると、てっきりルルに抱き着かれたまま見つめ合っているのかと思っていたら意外な事にグラヴィスはルルの肩に手を添えて体を離しているようにも見えたのだ。ハーレムルートだと仮定して、やはりこれが出会いイベントでグラヴィスの攻略はこれからなのだろうか。ジェスティード殿下とデートをしていたルルがどうやって図書館に現れたのかは謎だが、今はそれよりもこの騒ぎにエメリーやアオが巻き込まれる前に退散しよう────。そう思った時に聞こえてきた言葉に耳を疑った。
「それで、君も騒いでいたと言うのかい?ルル・ハンダーソン嬢。確かにフィレンツェア・ブリュード嬢が君に苦言を強いてキツく当たっているのは知っているし加護無しが横暴な振る舞いをするのは許容出来ないが、しかしそれは君が彼女の婚約者である第二王子殿下と親しくし過ぎているせいもあるとこの間も言っただろう?あれほど距離を取ると約束したのに君が第二王子殿下と密会を続けているのは知っているんだぞ。君の振る舞い方は例え誤解であろうと令嬢としてアバズレ呼ばわりされても仕方が無いと何度言えばわかるんだ。
それでなくても加護無しの公爵令嬢の指導に手を焼いていると言うのに、優秀な守護精霊のいるはずの君まで手を焼かせないでくれないか。それともハンダーソン男爵家では教師との約束は反故していいとでも教えているのかい?」
「……えっ?!そ、それは……っ!」
なんと、私に向けるとまではいかないが眉間にシワを寄せ怒りを含んだ言葉をルルに向けていたのだ。
「ち、違うんです!ちゃんとジェスティード様には言いましたけど、ジェスティード様が誤解なんだからそんな事する必要ないって……あたしは男爵令嬢だし相手は王族だから、あたし逆らえなくって……!」
「つまり第二王子殿下に脅されて無理矢理密会させられていると?それが本当なら由々しき問題だ……。君が学園の職員会議で証人として今の話をしてくれたら、国王陛下に証拠と一緒に訴えても……」
そしてグラヴィスの眼鏡の奥が鋭く光るのを感じ取ると、ルルは慌ててグラヴィスから離れるようにして踵を返した。
「あ、えーと、か、勘違いです!さっき言ったのは全部勘違いで、フィレンツェアさんに今日は酷い事なんてされてません!お、王子様もそこまでは言ってなったかもー!ほ、本当に偶然会っただけなんで……あのっ、あたし帰ります!ごめんなさーい!」
そして逃げるように走り去ろうとしたが、その足元に薄い氷の膜が張ったように見えたと思った瞬間、ルルはその場で盛大にすっ転んだ。その時アオの鼻息が聞こえたので犯人の察しはついたが。
そして、服の隙間から何かを落としたように見えたがそれに気付くことなく「いたぁい!なんで濡れてるの?!」と叫びながらあっという間にいなくなってしまったのである。
「全く……嵐のような娘だな。もうこれで4回目だぞ、いくらなんでも騒ぎ過ぎだ。君もやっていないのならちゃんと反論するように。自分の弁護すらもやる気が無いなんて、これだから加護無しは……」
グラヴィスはそう呟くと頭が痛いのか眉間のシワを指で押さえてもう何度目かわからない大きなため息をついた。
その言葉に思わず私は首を傾げそうになってしまった。まるで私が突き飛ばしたりしていないってわかっていたような口振りに聞こえたからだ。これまで散々聞いてきた「これだから加護無しは」の言葉が初めて少しだけ違う意味に聞こえた気がした。そのせいなのか、小さなフィレンツェアが私の中でソワソワとしている。
「……私の事、信じてくれるんですか?」
小さなフィレンツェアのソワソワが移ったのか、私はつい気になった事を口にしてしまった。これまでなら確実に疑われてたと思ったからだ。
「俺は自分の目で見てそう判断しただけだ。それにあの子の言い分は矛盾点だらけだったからな。なにか反論でも?」
「……いえ。えっと、すみません。あの、先生はハンダーソンさんと何かあったんですか?」
睨まれ気味に言われ、つい怯んでしまった。そしてつい、さらに余計な事を聞いてしまったのだ。しかしグラヴィスの反応がゲームとは違い過ぎてどうしても気になってしまったのである。
「あぁ……。実はルル・ハンダーソン嬢と図書館で会うのは今日で4回目なんだ。しかも毎回本を山のように積み上げて持っては誰かにぶつかったり転んだり……最初はそれだけ勉強に夢中だったのだろうと好感を持っていたが、何度注意しても本を乱雑に扱うし図書館にいる割には本を読んでいる気配もない。会うたびに俺の顔を見て「反応が違う」とかなんとかブツブツ言っているし……さらには殿下との仲を誤解されてイジメられていると相談してくるのに改善しようともしない。なんとも不可解な行動だ。俺は、努力しない人間は嫌いなんだ」
「4回も同じ事を……さすがにそれは多いですね」
「君もこれ以上騒ぎを起こさないように。それでなくても君は加護無しの問題児なんだからな。では失礼する」
「あ、先生。そこは濡れて……」
立ち去ろうとしたグラヴィスの足元に私の視線が釘付けになった。そこにはさっきルルの足を滑らせた水溜りがあったのだが、グラヴィスかそこに一歩を踏み出すと、まるで弾け飛ぶようにパチンと音を立ててその水溜りが消えたのである。
「せ、先生!」
私はそれを見て「もしかして」と思い、思わずグラヴィスを引き止めようと声を出したのだった。




