マリアの決意
◇◆ マリア side ◇◆
あれほどヒステリックに泣き叫んでいたお嬢様が、ある日を境にまるで別人のように変わった。
「お嬢様……私に、何を作れと?」
「運動するための服よ!
だって、ドレスを着たままダンスなんてできないじゃない!」
また始まった。
……と最初は思ったものの、最近はこの“奇抜さ”にも慣れてきた自分がいる。
「ダンスというのは、男性とペアになり、ドレスを着用して踊るものでは……?」
私の言葉に、お嬢様は一瞬きょとんとした顔をしてすぐに、ぱっと笑った。
「それ、もう時代遅れなのよ!
私はヨガとジャズダンスを混ぜたものを取り入れたいの!
だからドレスじゃ無理!」
……正直、意味はよく分からない。
それでも、お嬢様が紙に大まかな型紙を描き、私に意見を求めながら説明してくる姿は、どこか楽しそうだった。
そうして出来上がったのが、Tシャツと、“ジャージ”と呼ばれる奇妙な衣服。
「……な、何なの、この服は……?」
私が呆然としていると、
「マリアの分も作ってね! お揃いで踊るから!」
……逃げ道は、なかった。
◇ ◇ ◇
床に敷かれた、少し硬めの布“マット”の上で、私は「猫のポーズ」なる奇妙な体勢を取らされていた。
……こんな格好、誰にも見せられない。
一方、お嬢様はというと、器用に体を曲げながら心底リラックスしている様子。
「はぁ~、リラックス~」
……まただ。
最近、お嬢様の口から飛び出す“秘密の暗号”が増えている。
「リラックス」とは、
落ち着いて清々しい気分の時に使う言葉らしい。
気づけば私も、
その暗号を少しずつ使いこなすようになっていた。
◇ ◇ ◇
お嬢様の努力は、確実に実を結んでいた。
日を追うごとに体重は落ち、
ふとした瞬間、顔の輪郭がすっきりしてきているのが分かる。
「お嬢様、最近……お顔が細くなられたような気がします」
「でしょ!?
フェイスラインが細くなったよね!小顔効果抜群って感じ!」
「……フェイスライン、とは?」
「ここよ! 顔のこの部分!
フェイスは顔、ラインは線って意味!」
意味は分からない。
けれど、不思議とこんなやりとりも楽しい。
そして――
何より大きく変わったのは、ヒステリックが、なくなったことだ
一人娘として甘やかされて育ったお嬢様は、思い通りにならないと泣き叫び、私を何度も困らせた。
それでも……
幼い頃の、素直で可愛らしいお嬢様を私は知っていた。
だから、離れられなかった。
学園の寮に入る時、不安そうに私を見つめてきたあの瞳を、
見捨てることなどできなかった。
私は、メイドとして……
いえ、一人の人間としてこれからもお嬢様の側にいたい。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、マリア。
もうすぐ誕生日でしょ?
バースデーケーキ、作るから楽しみにしてて!」
「……ば、バースデー……ケーキ?」
私の困惑を察したのか、
「誕生日ケーキよ!
私が作るから、キッチン使えるように手配してくれる?」
「お嬢様が……作るのですか?」
「こう見えて、お菓子作り得意だったんだから!」
そう言って、お嬢様は、なぜか私の服を手に取り着替え始めた。
「……な、なぜ私の服を!?」
「だって、貴族の娘が町に出たらバレるでしょ!」
……あの、町に行くのはもう決定事項なのでしょうか……
楽しそうなお嬢様に押し切られ、私は一緒に町へ出ることになった。
町に溶け込むお嬢様の姿は、初めてとは思えないほど自然で――正直、衝撃だった。
「ねぇ、おじさん!
あっちのお店、もっと安かったんだけどな~」
……えっ?
いつの間に、そんな交渉術を……?
「ふぅ~!
収穫収穫! かなり安く買えたわ!」
満足そうなお嬢様を見て、私は思わず笑ってしまった。
――そう。
お嬢様は、お嬢様だけれど。
私の知っている“お嬢様”とは、少し違う。
本当は、ずっと前から気づいていた。
……それでも
私は、この笑顔を守りたい。
◇ ◇ ◇
その時。
「――危ない!」
暴れ馬が、こちらに向かって突進してきた。
次の瞬間、お嬢様が私に覆いかぶさる。
「超~セーフ!!あ、これって……あの事故じゃない?」
……事故?
「ってことは、マリア死なないじゃん!!
よかったぁぁ……!」
泣きながら、強く抱きしめられる。その温もりに、私の目にも涙が滲んだ。
私は、これからも。
ずっと――
お嬢様の側に、居続けます。
たとえ、お嬢様がどんな秘密を抱えていようとも……




