逆行への覚醒④
「マリア。約束通り、シオンと会うわ」
「畏まりました」
すぐにマリアが用意してくれたドレスへと着替える。
……が、背中のあたりが、少し苦しい。
「お嬢様。もう少し、ご自分の体型をお考えください」
待ってましたと言わんばかりに、マリアのお小言が始まる。
「油っぽいものや甘いものばかり食べていたら、太ってしまいます。
いくらご友人たちが『可愛い』と言っていても――
それは本音と建前。鵜呑みにしてはいけません」
……そう。
あの“私を百二十キロ超えへ導いた立役者”とも言える友人たち。
「あなたは細いんだから、もう少しぽっちゃりした方がシオン様と仲良くできる」
そんな言葉を、私は疑いもせず信じていた。
本当に、馬鹿だった。
本気で心配してくれていたマリアの忠告に、私はいつもヒステリックに反発して、叫んで彼女を遠ざけていたのだ。
「……マリアの言う通りね」
ふっと息を吐き、私は言った。
「これからは、野菜中心の食事に切り替えてくれる?」
「……え?」
マリアが、目を見開いて固まる。
「ほ、本当に……私の知っている、お嬢様、ですか?」
思わず、くすっと笑ってしまった。
「私じゃなかったら、誰よ」
◇ ◇ ◇
約束の場所、学園内のラウンジへ向かうと――
シオンが、こちらに気づいて手を振ってくれた。
この頃はまだ、“婚約者”というより“気の合う友人”だった頃。
「シオン、久し振り!」
思わず涙ぐんでしまい、シオンが慌てた様子で近づいてくる。
「えっ!? ど、どうした? 俺、何かした?」
……だってこんなふうに、
私に優しく微笑むシオンを見るのは、本当に久し振りだったから…
「シオンって、相変わらずイケメンだよね?」
「……イケメン?」
首を傾げるシオン。
「あ、えっと……格好いいって意味!」
現代用語、うっかり。
「……なんか、久し振りに会ったけど、雰囲気変わった?」
じっと見つめられると心臓が跳ねるからやめて!!
その眼差し…ちょっと、くらっとする。
――あんなことがあったのに、嫌いになれないのは、この頃の幸せな記憶があるからなのだろうか……
この優しい眼差しが、やがて憐れみに変わってしまう未来を、私は知っている。
「雰囲気、変わった?
……でも、また太っちゃったみたい」
自嘲気味に笑ってから、宣言する。
「でもね。シオンの隣に立てるように、これからダイエット頑張るから!」
「……ダイエット?」
「痩せようと思うの」
今度は、完全に驚いた顔。
「くすっ。どういう心境の変化?
この前会った時は、絶対太ってないって言い切ってたのに」
そして、少し真面目な声で。
「……自覚したなら、良かったよ。
健康のためにも、少し痩せた方がいいと思ってたし」
……そうだった。
シオンは、シオンなりに私を心配してくれていた。
それを、私は全力で拒絶していただけ。
「ねぇ。今度会う時、少し痩せてたら――ご褒美ちょうだい」
「ご褒美? 何が欲しいんだ?」
「……まだ、秘密」
こうして私は、シオンとの時間を、穏やかに過ごすことができた。
少し離れたところで、マリアが優しく見守ってくれているのが分かる。
……大丈夫。
今度は、全部間違えない。
◇ ◇ ◇
「お嬢様。
考案されたお鍋料理、お持ちしました」
「ありがとう!」
ダイエットには、鍋。
たくさん食べられて、栄養バランスもいい。
「それにしても、お嬢様のお鍋は本当に美味しいですね。
お肉の出汁に、魚と野菜の旨味も合わさって……」
毎日、鍋料理。
間食はやめ、代わりにフルーツだけにした。
そして、一週間に一度だけのお菓子の日。
前世では料理が趣味だった私は、このダイエットメニューに全力で挑んでいた。
――野菜だけじゃ、痩せないのだ!
肉も魚も、適量が大事。
その答えが、鍋だった。
そして――運動。
「やっぱり、好きな歌を歌いながら動くのが一番よね!」
マリアに作ってもらった、
Tシャツとジャージもどきのズボンに着替える。
うん、動きやすい!
「COME ON!! Dance! Yell!」
踊る私を見て、マリアもつられて口ずさむ。
「……お嬢様。その言語は、どこの国のものですか?」
「あ、英語ね。
この世界じゃ通じないけど」
「え、英語……?」
「秘密の暗号、みたいなものかな」
首を傾げるマリア。
でも最近、私の不思議な言動にも慣れてきたのか、深くは追及しない。
……助かる。
私は鏡に映る自分を見つめ、静かに決意した。
今度こそ――
この体も、この未来も、
自分の手で変えてみせる。




