元婚約者の懺悔
◆シオンside◇◆
まさか――こんな日が来てしまうなんて。
俺は、遠巻きにその光景を見つめることしかできなかった。
綺麗に着飾ったドレス姿のカナ、かつて隣に立つはずだったその姿を。
沿道では町の人々が嬉しそうに声を弾ませている。
「それにしても綺麗だねぇ」
「本当に……カナ様は天使みたいだ」
視線の先では、
俺の“元婚約者”カナと――憎きルキが、盛大な婚約式を執り行っていた。
バルコニーに姿を現した二人に、拍手喝采が巻き起こる。
……本来なら、
あの場所に立っているのは俺だったはずなのに。
「くそ……っ!」
悔しさが喉を焼く。
胸の奥がぐちゃぐちゃに掻き乱される。
その時だった。
「おい。どこで道草食ってんだと思えば……」
乱暴に腕を掴まれる。
今の俺の雇い主――武器商人の家の息子だ。
「いいか?お前はもう貴族じゃねぇ。
俺たちと同じ“平民”なんだ。
サボってないで働けよ」
現実を突きつけられ、思わず顔を背ける。
「ふざけるな……!
お前みたいな平民と一緒にするな!俺は特別なんだ!!」
吐き捨てるように言う俺に、男は大きくため息をついた。
「じゃあ、この家に置いとけねぇな…特別なんだろ?
とっとと出ていけよ。
――お前は特別でも何でもねぇ。
ただの武器商人だ」
言い返せなかった。
今の俺には、ここしか居場所がないというのに。
あの事件を境に、
俺は一気に奈落の底へ突き落とされた。
レイラに加担していた事実が明るみに出て、貴族の身分を剥奪され平民へ。
……それでも。
本来ならもっと重い罰だったらしい。
カナが、裏で尽力してくれたと聞いた。
(やっぱり……カナは、まだ俺を……)
そんな淡い期待が、胸に灯る。
どうしても、会いたかった。
その時、ふと思い出した。
子供の頃、カナの屋敷の庭へ忍び込めた秘密の抜け穴。
居ても立ってもいられず、俺は走り出していた。
――小さい。
こんなに狭かったか……。
無理やり体を押し込み、
傷だらけになりながら、ようやく庭へ辿り着く。
ベランダをよじ登り、侵入に成功した時には、
全身が痛みに悲鳴を上げていた。
破れた上着の襟を正し、
震える手でベランダをノックする。
ガラス越しに目が合った瞬間、カナの顔が驚愕に染まった。
悲鳴を上げそうになる彼女に、俺の方が動揺してしまう。
――だって。
抱きしめてくれると思っていたから。
涙を流しながら、
「シオン……!」って。
……馬鹿だ。
少しして、カナは落ち着きを取り戻し、静かに口を開いた。
「……もしかして、シオンですか?」
「う、うん。俺だ」
彼女の視線は冷たかった。
胸が締め付けられる。
「なぜ……ここに?」
「今日、婚約式を見た」
「……それで?」
「本来なら、俺と結婚するはずだった。
こんな事になって……謝りたかった。
幸せに出来なくて、すまなかった」
その瞬間…
カナの表情が、はっきりと変わった。
「幸せにするはずだった……?」
静かな声。
けれど、その言葉は鋭く突き刺さる。
「勘違いしないで。
私とあなたの運命の糸は、あなた自身が引きちぎったのよ」
息が止まる。
「私のあなたへの想いは、もう消えてる。
……今、私が愛しているのはルキよ」
頭が真っ白になる。
「……嘘だろ?
俺の前でだけでも正直になれよ…ルキじゃなく、俺を――」
カナは、迷いなくはっきりと
「ルキを、愛してるわ」
――終わった。
「シオン…
私は今、とても幸せなの。
だから……私のことは忘れて」
優しい声だった。
最後まで、彼女は優しかった。
でもその優しさが、何より残酷だった。
俺は何も言えず、背を向ける。
……もう、
俺の居場所はどこにもない。
静かに、その場を後にした。




