シオンの焦り
◆◇シオンside◇◆
涙を浮かべたカナの背中が、いつまでも脳裏から離れなかった……どうして、俺たちはこんな関係になってしまったのだろう。
胸の奥が、鈍く、痛む。
衝動的に彼女を追いかけたが、すでに姿は見えない。
人気のない学園内をあてもなく歩く。
――そのときだった。
視界の端に、見覚えのある男の背中が映る。
カナと“密会していた”あの男。
思わず物陰に身を隠し、息を殺す。
……あいつは、カナの何なんだ?
まさか、本当に特別な関係なのか……
男を見失わないよう、慎重に後を追う。
辿り着いたのは、裏庭の奥にある大きな樹木の前だった。
男はふと立ち止まり、上を見上げて独り言を呟く。
――何をしている?
次の瞬間、上から何かが落ちてきた。
男が反射的に受け止め、二人は抱き合う形で地面を転がる。
「……っ!」
助けようと一歩踏み出した俺は、目の前の光景に凍りついた。
――どうして。
どうして、あいつの腕の中にカナがいる。
ただ助けただけだと、頭では分かっている。
それでも、二人の間に流れる空気が、耐え難く甘く感じられた。
触れるな。
俺のカナに――触れるな。
気がつけば、怒りに任せて二人の前に立っていた。
腕を組み、仁王立ちで。
呆然とするカナの腕を、強く掴む。
「――っ」
そのまま、引き剥がすように連れ出した。
「あの、シオン……痛いんだけど」
聞こえているのに、止まれなかった。
壁に押し付け、至近距離で叫ぶ。
「あの男は、カナの何なんだ!?」
怯えた表情に、はっとする。
――俺は、何をしている。
拘束を解くと、カナは力が抜けたように崩れ落ちた。
震える肩。
胸が締め付けられる。
俺は、そっと彼女を抱き締めた。
「……ごめん。怖がらせてしまった」
気づけば、俺自身の頬も濡れていた。
「ルキ様とは、本当に何もないわ」
カナは必死に、俺を見上げる。
「信じてほしい。周りの声に惑わされないで。
私も、シオンを信じるわ。
あの噂……きっとレイラ様が関わっているんでしょう?
お願い、彼女の言葉を信じないで」
――そうだ。
俺は、何を迷っていた。
大事なのは、噂でも世間体でもない……
カナとの未来、それだけだ。
「……約束する。俺は、カナだけを信じる」
抱き締める力が、自然と強くなる。
「大好きよ、シオン」
「俺も……カナを愛している」
この瞬間、確かに想いは通じ合った……
………はずだった。
◇ ◇ ◇
「シオン様……どうしてですか……」
服を掴み、泣き崩れるレイラ。
「これ以上、カナを悲しませたくない。
だから……君とは距離を置く」
言葉を選びながら、はっきりと告げた。
レイラは、その場に崩れ落ちる。
「……ふざけないでよ!!」
豹変した声。
「何でヒロインの私が振られるの!?
あり得ない!!
だって私とシオンは結ばれる運命なのよ!!
悪役令嬢のあの女は、断罪される存在でしょう!?」
血走った目。
般若のような形相。
そして、突然――
自分の服を、ビリビリと引き裂き始めた。
「な、何を……」
「ここで私が悲鳴を上げれば、シオン様は終わりですわ」
狂気を孕んだ笑み。
「私を襲ったと言えば、カナ様はどう思うかしら?
本当に、あの女を信じているの?
選びなさい。
私を抱くか――
私を襲った犯人になるか」
――この時。
俺は、カナを選ぶべきだった。
彼女なら、俺を信じてくれた。
それなのに――
愚かな俺は、一瞬、世間体を選んだ。
気づいた時には、
レイラを抱き寄せていた。
――取り返しのつかない、一瞬だった




