密会を疑われる
目の前で、明らかに様子のおかしいシオンに呆然としていると、突然ルキが私の耳元に顔を寄せてきた。
「……もしかしてだけどさ。俺たち、疑われてね?
密会してるって勘違いされてんじゃねー?」
――は?
一瞬、思考が停止する。
……密会?
誰と誰が?
え、待って。
もしかして、私とルキ!?
内心で盛大に混乱しながらも、私は恐る恐る口を開いた。
「あの……もしかしてシオン様、何か誤解なさってませんか?」
すると返ってきたのは、いつもより遥かに低く、冷えきった声。
「……誤解、とは?」
ひっ……怖い。
やましいことなんて一切ないのに、シオンが最初から臨戦態勢すぎて胃が痛い。
「その……私とルキ様との仲を、勘ぐっていらっしゃるといいますか……疑っている、というか……」
言葉を選びながら説明する私。
その瞬間――
まるで物語の強制力が働いたかのように…
お待ちかねの存在。
腹黒ヒロイン――レイラが、完璧なタイミングで現れた。
その横で、ルキが何かに気づいたように、ポンと両手を叩く。
「……あー、なるほど。そういうことか」
そうよ、ルキ。
ようやく理解したわね。
彼女こそが――この世界のヒロインよ!!
「えっ?どうしてルキ様がここに……?まだ接点がないはずなのに……」
レイラは驚いたように目を見開き、そして次の瞬間露骨に顔を歪めた。
「……まったく、悪役令嬢のくせに、生意気なのよ」
――え?
今、独り言のつもりだったんだろうけど…ルキのこと、思いっきり言ってなかった?
当然、ルキも聞き逃さない。
心底気持ち悪いものを見るような目でレイラを見た。
失言に気づいたのだろう。
けれど彼女は慌てることなく、
すぐさま“清楚な被害者”の仮面を貼り付ける。
「カナ様……やはり、シオン様以外の男性と密会をされていたのですね……」
――はぁ!?
さっきの暴言は完全スルーで、
一方的に私へ詰め寄ってくる。
「ちょっと待て。
さっきから“密会”って何なんだよ?」
低く声を落としたルキに、今度はシオンが激昂した。
「彼女が俺の婚約者だと知って、近づいているのか!?」
「……はぁ?」
ルキは完全に呆れた顔になる。
「近づくも何も、あんたに関係ねーだろ。第一、密会って何だよ。俺がわざわざ――」
そこで一拍置き、ルキは私を一瞥してから言い放った。
「――豚相手に、密会する理由がねーだろ。
俺の好みは、ボンキューボンでスタイルのいい女なんだよ。
勘違いも大概にしろ」
……おい。
ちょっと待て。
助け船を出してくれたつもりなんだろうけど、それ、完全に私を貶してるからね!?
しかも“ボンキューボン”って
どう考えても現代用語でしょ!
シオンが理解できるわけないじゃん!
「な、何を訳の分からぬことを言っているんだ!!」
完全に逆撫でされ、シオンが吠える。
もう、収拾つかない……。
その混乱を“待ってました”とばかりに、レイラが静かに前へ出た。
「シオン様……
残念ですが、私の考えは正しかったようです」
悲しげに瞳を伏せ、とんでもない爆弾を落とす。
「この方は、シオン様だけでなくルキ様までも手玉に取るアバズレでございます」
――は?
「婚約については、今一度お考え直しになった方がよろしいかと……」
違う…
全部、あんたの策略でしょうが!!
怒りと混乱に呑まれたシオンは、ついに――
「……カナ。
やはり、君との婚約は考え直した方が良さそうだ」
……ああ、そう。
まずさ。
どうして私の話は一度も聞かないの?
どうして、レイラの言葉だけを信じるの?
「分かりました」
私は、静かに頭を下げた。
「シオン様がそう仰るのであれば、どんな結果になろうとも従います」
そして、最後に――
「ですが……
なぜ、私の話だけは信じていただけないのでしょうか?」
シオンの肩が、わずかに揺れる。
「……あんなに仲睦まじい姿を見て、信じられるわけがないだろう……」
……そう。
あなたは、
私の何を見ていたの?
私は、浮気癖のある
“最低な女”だったのかしら。
もう、言葉は出てこなかった。
私は何も言わず、その場を静かに後にした。




