第一章 静かな日常と覚醒 8
全面的に自己責任でお願いします。
~知識は積み、香りは逃げ、器は割れる~
◆◆◆
職人ローディスの工房に通うようになって、数日が経った。
毎日行くわけではない。
父の許可が出た日だけ、短い時間だけだ。
(……でも、密度が濃い)
◆◆◆
最初にやらされたのは、作ることではなかった。
「まず、見ろ」
ローディスはそう言って、棚の器を指さした。
「触るな。嗅げ。持ち上げろ。重さを覚えろ」
僕は言われるがまま、器を一つずつ観察する。
(……重い。これは、熱が逃げにくい)
(この釉薬、匂いが残らない)
無意識に、鑑定が走る。
――――
【陶器】
用途:加熱用器具
特徴:厚み均一、熱保持性高
注意:急冷厳禁
――――
(……全部、意味がある)
◆◆◆
家に帰れば、勉強だ。
錬金術の基礎書。
香料生成の文献。
父の書斎で借りた、古い技術登録の写本。
母の部屋では、植物学。
「これは樹皮ね」
「こっちは花」
「香りは、火に弱いものも多いわ」
エルフの感覚で語られる知識は、書物とは違う。
(……理論と感覚、両方必要だ)
もちろん、レオン先生との勉強が第一だが、
時間の許す限り、それらも学んでいく。
夜、書くノートがどんどん埋まっていく。
・揮発温度
・水量と持続時間
・香りが“死ぬ”温度帯
・陶器の厚みと熱伝導
(……覚えること、多いな)
◆◆◆
そして、実験。
最初は、失敗した。
香りが強すぎた。
熱が強すぎた。
水が少なすぎた。
「……くさっ」
思わず声が出る。
(……これ、癒しじゃない)
◆◆◆
二回目。
今度は、香りが弱すぎた。
(……逃げた)
水が温まる前に、香りが飛んでしまったらしい。
鑑定。
――――
【香料オイル(試作)】
状態:揮発不足
原因:温度上昇前に拡散
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(……順番かな)
◆◆◆
三回目。
器が、割れた。
「……あ」
ヒビから、水が漏れる。
(……陶器、甘く見てた)
◆◆◆
工房で、その話をすると――
「当たり前だ」
ローディスは鼻で笑った。
「知識だけで作れるなら、職人はいらん」
「……はい」
「失敗しろ。割れろ。香りを殺せ」
(……言い方)
「それでも、続けろ」
「はい」
◆◆◆
四回目。
水量を増やし、熱を弱める。
香りは、樹脂系を少しだけ。
ゆっくり、湯気が立つ。
(……あ)
部屋の空気が、変わった。
強くない。
でも、確かに“ある”。
(……これだ。できた!)
◆◆◆
両親に、試作品一号を見せる。
母が、ふっと息を吐いた。
「……落ち着くわね」
父も、黙って頷く。
「香りが主張していない。
寝室だけでなく、書斎にも使えそうだな」
(……成功!)
鑑定。
――――
【香り拡散器(試作一号)】
状態:安定
効果:緩やかな香り拡散
安全性:高(現時点)
――――
(……まだ、試作だけど)
◆◆◆
ローディスに報告すると、短く言われた。
「及第点だ」
それだけ。
だが、ほんの少し、口元が緩んでいた。
◆◆◆
ノートの端に、僕は書いた。
・作る前に、学ぶ
・作りながら、考える
・失敗して、理解する
(……兄さんは、学園でやってるんだろうな)
勉強と実践。
資格と責任。
場所は違っても、やっていることは同じだ。
◆◆◆
試作品一号は、まだ完成じゃない。
改良点だらけだ。
割れるかもしれない。
香りが死ぬかもしれない。
でも、確かに――道具の芽は生まれた。
六歳の挑戦は、
勉強と実験と失敗を抱えながら、
少しずつ、形になり始めていた。
――第八章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




