第一章31 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
変わらない距離
◆◆◆
朝の空気は、少し張りつめていた。
屋敷の門の前に停まる馬車を見て、
マルコは何も言わず、ユーリの後ろに立っていた。
小さな手が、服の裾を掴んでいる。
「……兄様」
呼ばれて、ユーリは立ち止まった。
◆◆◆
しゃがみ込み、目線を合わせる。
マルコの顔は、泣く寸前ではない。
ただ、不安をどうしていいか分からない顔だ。
「学園に、行くの?」
「うん」
ユーリは、否定しなかった。
遠い、ということも。
すぐに戻れない、ということも。
◆◆◆
「学園は、少し遠い」
マルコは、じっと聞いている。
「だから、毎日は会えない」
それでも、視線を逸らさない。
(……兄様も、こうやって言ったな)
ユーリの胸に、昔の記憶が重なる。
◆◆◆
「でもな」
ユーリは、自分の胸に、軽く拳を当てた。
「兄様は、いなくならない」
次に、マルコの胸に、そっと指を置く。
「ここで、ちゃんと見てる」
泣いても、笑っても。
分からなくても。
◆◆◆
マルコは、少し考えてから聞いた。
「……かえって、こない?」
「戻る」
即答だった。
ただし――
「でも、“すぐ”とは言わない」
マルコは、きょとんとする。
◆◆◆
ユーリは、静かに続けた。
「兄様は、約束しない」
「でも、帰るときは帰る」
それは、逃げない言葉だった。
嘘でも、慰めでもない。
◆◆◆
マルコは、しばらく黙っていたが、
やがて、小さく頷いた。
「……わかった」
それは、我慢じゃない。
理解しきれなくても、受け止めた顔。
◆◆◆
ユーリは、マルコの頭を撫でる。
「いい子だ」
それ以上は、言わなかった。
◆◆◆
立ち上がり、馬車へ向かう。
扉の前で、振り返る。
マルコは、泣いていなかった。
小さな体で、ちゃんと立っている。
◆◆◆
馬車が動き出す。
屋敷が、少しずつ遠ざかる。
それでも、切れないものがあると、分かっている。
あの時、兄様がそうしてくれたように。
◆◆◆
(……次は、俺の番だ)
ユーリは、静かに前を向いた。
――第三十一章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




