第一章25 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
スマホと鑑定士 第二十五
生活の限界と、次の改善
◆◆◆
九歳になった。
背は少し伸び、
手元の作業も、以前より安定してきた。
――そんな僕にも、我慢の限界というものはある。
◆◆◆
屋敷のトイレは、今でこそスライム下水に繋がっている。
水を流し、下へ押し出し、
スライムに分解させる仕組みだ。
これは、僕自身がこの屋敷のため――そして自分のために作った、比較的新しい設備で、外には一切出していない。
他所では、今も汲み取りが主流だ。
(……改善はした。でも)
(やっぱり、もうダメだ)
完全に快適かと聞かれたら、首を振るしかない。
「……そろそろ、限界だな」
◆◆◆
発想は、単純だった。
落ちたものを、処理する。
紙に書いた古代文字は――
【落・物・滅】
落ちたものを消す。
試作は、問題なく動いた。
だが。
◆◆◆
「それは、危険だな」
レオンは即座にそう言った。
「“即座に消える”構造は、事故を招く」
机に指を置き、静かに続ける。
「落ちた指輪」 「落ちた薬瓶」 「――落ちた人間」
ユーリは、はっと息をのんだ。
「……確かに」
便利すぎるものは、判断を奪う。
(昭和の時代にも、ぽっとんに落ちて死んだ人がいたはずだ。
このシステムだと、痕跡すら残らず消えてしまう)
「……そうだ!」
ユーリは、ぽつりと言った。
「なら、受け止めればいい」
「消す前に、一度キャッチする。そうすれば、事故は防げる」
レオンが、眉を上げる。
「……ほう?」
「セーフネットを作る」 「魔力を流さない限り、下へ行かない仕組みです」
(水洗便所だって、一度水で受けてから流す。これでいけるはず)
ユーリは、設計を書き足した。
【魔・開・魔・閉】
――魔力を流すと開く。
――もう一度流すと閉じる。
「つまり」
「落ちた物は、必ずネットに残ります」 「意図して魔力を流した時だけ、下へ送られるんです」
◆◆◆
レオンは、しばらく黙り込んだあと、ゆっくりと頷いた。
「……それなら、いいかもしれん」
「判断の余地がある。生活用としては、十分に安全だ」
ユーリは、小さく息を吐いた。
(……いける)
(この際だから、陶器で洋式便器にして、これを組み込もう)
(そうすれば、殺人をして死体を消そうとしても、簡単には消せない)
(まぁ、絶対はないけどな。バラバラにされたらお手上げだし)
(でも、それは今のトイレだって同じだ。気にするところじゃない)
◆◆◆
だが、問題は素材だった。
消失処理に耐え、
錬金反応が安定し、
魔力循環のいい素材。
普通の金属や布では、もたない。
「……魔物素材かな」
「そうだな」
レオンは即答した。
「この分野は、私より詳しい人がいるだろう」
◆◆◆
父の執務室。
話を聞いた父は、懐かしそうに笑った。
「魔物素材か……」
地図を広げ、指で示す。
「洞穴スライムの外皮は、耐腐食性が高い」 「石甲虫の甲殻は、魔力耐性がある。編めば、ネットにも使える」
一つ一つが、現場で培われた知識だった。
「素材は、手配しよう」
父はそう言って続ける。
「だが、用途は限定しろ。生活用だ」 「兵器に見えるものは、要らん」
「はい。取り替えも考えて、安いものでお願いします!」
◆◆◆
書斎に戻り、ユーリは最終設計をまとめる。
落ちた瞬間、消さない。
まず、受け止める。
確認できる。
選べる。
そして、魔力を流した時だけ――
【魔・開】
処理。
【魔・閉】
待機。
(……これなら)
便利だが、危険じゃない。
◆◆◆
夜。
メモ帳に、新しい項目を書き加える。
・トイレ用安全キャッチネット構造
・魔力操作式開閉判別層
・消失処理は最終段のみ
――特許は、まだ取らない。
これは、屋敷専用。
外に出すには、早すぎる。
ユーリは、灯りを落とした。
(生活は、快適にしたい)
(でも――壊しちゃいけない)
その線は、ちゃんと守る。
――第二十五章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




