第一章 20.5 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
特許と対価と、初めての通貨
◆◆◆
書斎の机の上には、分厚い束が積み上がっていた。
一枚一枚は薄い。
だが、重ねれば圧がある。
それは――特許申請書の束だった。
◆◆◆
「……改めて見ると、えげつない量だな」
ユーリは椅子に深く座り、書類を眺めて呟いた。
一章から今までに取得、もしくは申請済みの特許は――
・衝撃を和らげる馬車用足回り構造
・揺れを吸収する錬金クッション座席
・馬車・室内用の常灯ライト魔道具
・見た目を変えずに中を広くする収納構造
・自動給水する水樽構造
・一定温度で止まる加熱構造
・排水を浄化するスライム処理槽
・魔力の流れを視覚的に補助する鑑定補助構造
(※魔力を「見る」ための補助板・刻印)
そして――
・シャンプー
・リンス
・ボディーソープ
これら派生を含め、成分・製法違いで複数。
さらに、
・料理レシピ三十種以上
保存食、菓子、調味料、簡易栄養食まで含む。
・アロマオイル二十種
鎮静、覚醒、集中、睡眠補助など用途別。
「……我ながら、よくやったな」
売ってはいない。
広めてもいない。
ただ――守るために、先に取った。
◆◆◆
「……相変わらず、容赦がないな。数だけ見れば、既存の工房一つ分だ」
父は向かいの椅子で言った。
「しかし、特許は“盾”だ」
「使わなくてもいい。だが、持っていなければ殴られる」
「全部、一気に公開しない理由も、そこ?」
「ああ」
父は頷く。
「一つずつ出すこともできる」
「一部だけ公開して、残りを伏せることもできる」
「使用料を取ることも、譲ることもできる」
「……特許料も、思ったより高いね。それに、一気に出したら潰されるし、狙われる」
「その通りだ。特許料は技術の内容次第だがな」
父は、馬車関連の書類を軽く叩いた。
「これは特に、技術料が高い。リア用の馬車は、贈り物だな」
「うん」
「だが――」
父は静かに続ける。
「これから作る馬車は三台だ」
・デビット用
・私たちが乗る夫婦用
・ユーリ、お前自身の馬車
「デビット用と夫婦用は、有償だ」
「ちゃんと、金を払う」
「……いいの?」
「当然だ」
父は即答した。
「家族だからといって、技術を曖昧に扱うな」
「お前は“作った側”だ」
ユーリは、一瞬だけ言葉に詰まった。
◆◆◆
数日後。
ユーリの手元に、初めての現金が渡された。
金貨。
銀貨。
きちんとした対価。
「……重い」
手のひらに、確かな実感があった。
「これが、稼いだ金か」
◆◆◆
その夜。
ユーリは自室で、こっそり異世界通販を起動した。
(このスキル使うの、なにげに初めてなんだよな。
今まで現金なくて、見たら欲しくなると思って起動できなかったし)
《異世界通販》
残高:0
ユーリは、慎重にチャージする。
アイテムボックス内の現金から、一部だけ。
(……おお)
数字が増えた。
(初課金……)
なぜか、少し感慨深い。
(……ちょっとだけ、使ってもいいよな)
◆◆◆
(全部を変える気はない)
(外に出す気も、まだない)
ただ、
守るために取った特許。
評価された技術。
初めて得た対価。
それらが、静かに積み上がっていく。
◆◆◆
父は、廊下の向こうからユーリの部屋の灯りを見て、思った。
(……急がなくていい)
(だが、確実にお前は前に進んでいる)
◆◆◆
世界は、まだ動かさない。
だが――準備は、もう始まっている。
――第二十・五章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




