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鑑定士は表に出ない  作者: 南月 阿鬼羅


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第一章 20 静かな日常と覚醒

全面的に自己責任でお願いします。

旅立ちの準備と入学


~姉に内緒の贈り物~


◆◆◆


姉の旅立ちが、少しずつ現実になってきていた。


学園からの正式な通知。

準備品の確認。

使用人たちの慌ただしい動き。


屋敷の空気は、どこか浮き立っている。


――姉だけが、まだ気づいていなかった。


◆◆◆


「父上、少し相談があります」


その夜、ユーリは執務室を訪れた。


「……珍しいな。改まって」


父は書類から目を上げる。


「姉様の入学祝いなんだけどさ」

「……宝石か?」

「いや。馬車」


父の視線が、ゆっくりと鋭くなる。


「馬車は、すでに用意してあるはずだが?」

「外見は、それでいい」


ユーリは一歩踏み込んだ。


「中身を、全部作り替えたいんだ」


「……?」

「だから、色々改造したい」

「できるのか?」

「うん。調べたし、小さいモデルも作って検証した。一から作るんじゃなくて、必要なところだけだよ」


父はしばらく考え込み、やがて頷いた。


「……そうか。ただし、安全確認のため完成後は私が先に乗る」

「うん。その時は、僕も試運転で一緒に乗る」

「分かった」


◆◆◆


許可が出てから数日後。


屋敷の奥、普段使われていない倉庫に、一台の馬車が運び込まれた。


外見は、ごく普通。

装飾も控えめで、目立たない。

どこにでもある、貴族用の馬車。


だが――


「……じゃあ、始めるか」


ユーリは袖をまくった。


◆◆◆


最初に手を入れたのは、足回り。


「サスペンション……」


金属とバネを組み合わせ、路面からの衝撃を逃がす構造。

魔道具ではないが、効果は確実だ。


(……これ単体で特許だな)


ユーリは設計図を清書し、

《衝撃吸収構造付き馬車足回り》として、特許申請書をまとめた。


◆◆◆


次は座席。


錬金術で作った、衝撃分散型クッション。

振動を受けると、内部で力を逃がす。


「……乗る人間を守る構造」


これも単体で成立する。


《錬金術式による振動吸収座席構造》


――二件目。


◆◆◆


照明は、小型の魔道具。


天井に埋め込み、魔力を流すと柔らかく光る。


「夜道でも、怖くない」


派手ではないが、確実に便利。


《密閉空間用定常光源魔道具》


――三件目。


◆◆◆


最後は収納。


床下、座席下、側壁。

スマホで調べた「匠の収納」を、この世界向けに再構成した。


外から見れば普通。

中だけが、異常に広い。


(……やっぱ反則だよな。ビフォーアフターの匠ありがとう。所さんありがとう)


理屈は、分解すれば理解できる。


《内部空間効率拡張型収納構造》


――四件目。


◆◆◆


夜更け。


机の上には、四通の特許申請書。


父が、それを一枚ずつ確認する。


「……まとめて出さないのか」

「分ける」

「なぜだ」

「一つずつなら、潰されにくいでしょ?」


父は沈黙し、やがて低く息を吐いた。


「……本当に、よく考えている」


そして、ユーリを見て言った。


「良い“弟”だな」


ユーリは、照れ隠しに視線を逸らした。


◆◆◆


旅立ち前日。


試運転は完璧で、父からも正式な許可が出た。

その場で、夫婦用にもう一台注文まで入った。


姉は馬車を見て、首を傾げる。


「普通の馬車ですわよね?」

「うん。普通だよ」


扉が閉まる。


――揺れない。


「……あれ?」


座り心地が違う。

明るい。

広い。


「……ちょっと、ユーリ? なにこれ??」


姉の目が、ゆっくりと見開かれる。


◆◆◆


「……は? え? 何、これ?」


理解が追いついていない。


「僕からの入学祝いだよ!」

「……普通じゃありませんわよ?」

「でも、嬉しいでしょ?」

「当然ですわよ」


そう言いながら、声は弾んでいた。


座席を撫で、天井を見上げ、収納を開ける。


「……信じられません」


そして、小さく微笑む。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


二人で笑い合いながら、馬車での短い散歩を楽しんだ。


◆◆◆


馬車が門を出る。


揺れはなく、音も少ない。


姉は窓から手を振った。


ユーリは、それを見送りながら思う。


(……これくらい、いいよな)


世界は、まだ変えない。

外にも、出さない。


ただ、大切な人が、少し楽になるだけ。


それでいい。


――第二十章・完

読み終わってのクレームは、お止めください。

自己責任です。

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