第一章 18 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
排水とスライム革命
~仕える者たちが誓った夜~
◆◆◆
シャワー設備が完成した時、
次に問題となったのは「排水」だった。
水を使えば、必ず汚れが出る。
それは、どれほど清潔な設備であっても変わらない。
この世界では、汚水は庭先へ流され、
土に染み込み、やがて臭いとなり、病の原因となる。
それを理由に、
多くの屋敷が「水浴び以上」を諦めてきた。
◆◆◆
「……若様」
屋敷裏に設置された処理槽を前に、
執事が一礼し、静かに口を開いた。
「こちらに収められているのは……
スライムでございますか?」
「はい。排水処理用です」
ユーリの返答は簡潔だった。
処理槽の内部では、
刺激性のない雑食性スライムが静かに蠢いている。
油分、汚れ、有機物を分解し、
水だけを残す設計だ。
今回は、トイレの排水も同じ処理槽へと繋いでいる。
「……臭気が、ほとんど感じられません」
執事は、僅かに眉を動かした。
「通常であれば、
排水が集まる場所には必ず不快な匂いが生じるものですが……」
「スライムが分解してるから」
「左様でございますか」
一拍置き、執事は深く頷いた。
「これは……
屋敷の衛生管理としても、極めて理に適っております」
その背後で、数名のメイドが思わず息を呑んだ。
「こ、こちら……本当に……」
「鼻を近づけても、何も……」
「信じられません……」
声は小さいが、
抑えきれない驚きと感動が滲んでいる。
◆◆◆
その日の午後、
最初にシャワーを使用したのは母だった。
程なくして浴室から聞こえてきた声に、
廊下の空気が一変する。
「……まぁ……!」
驚きと歓喜が入り混じった声。
「温度が……一定ですわ……!
一切、冷たくなりませんし、
熱くもなりません!」
控えていたメイドが、
思わず胸元で手を組んだ。
「そ、そのようなことが……!」
続いて姉が入室する。
「……こ、これは……!」
扉越しでも分かるほど、
声が弾んでいた。
「髪が……指に絡みませんわ!
洗っているのに、きしみませんの!」
執事は一つ、咳払いをする。
「リナ様。お時間が過ぎております」
「承知していますわ。
でも……あと少しだけです!」
その声には、
はっきりとした高揚があった。
◆◆◆
やがて、使用人たちの視線が
自然とユーリへ集まった。
誰もが口を開きかけ、
しかし、躊躇している。
その空気を察し、
執事が一歩前へ出た。
「……若様」
「なに?」
「誠に僭越ではございますが……」
言葉を選ぶ、短い沈黙。
「この設備、ならびに
シャンプー、リンス、ボディーソープにつきまして……」
「我々使用人にも、
使用の許可を賜ることは可能でしょうか」
メイドたちが息を詰める。
父が、静かに立ち上がった。
「条件がある」
その声に、
全員の背筋が伸びた。
◆◆◆
「本日、この屋敷で見たもの」
「感じた使用感、香り、仕組み」
「それらを、屋敷の外で語ることを禁ずる」
「もし一言でも漏らした場合――
その時点で、使用は全員中止とする」
執事は即座に片膝をついた。
「クロスフォード家執事として、
主に、そして神に誓い申し上げます」
「本日知り得たすべてを、
決して口外いたしません」
それに続き、メイドたちも深く頭を下げる。
「誓わせていただきます」
「この命に代えても、お約束いたします」
「このご恩は、決して裏切りません」
父はその様子を見渡し、
短く頷いた。
「よろしい」
◆◆◆
その夜。
屋敷には、
これまでにない静けさがあった。
排水の臭いはなく、
庭の空気は澄み、
使用人たちの表情は明るい。
執事は執務室で日誌を記す。
――本日、屋敷内における
衛生と労力の在り方が、大きく変化した。
――若様の発想は、
支配ではなく、配慮に基づいている。
――仕える者として、
これほど誇らしい主は、そうはいない。
ユーリは、まだ知らない。
だが、この日を境に、
クロスフォード家の使用人たちは
この家に仕えることを、
心からの誇りとするようになった。
――第十八章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




