第一章 17 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
八歳になって
~湯を当たり前にしたい~
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八歳になった。
この世界では、年を重ねることは「成長」よりも、「役割が近づく」ことを意味する。
ユーリも、例外ではなかった。
誕生日は例年どおり、家族だけの食卓。
ユーリのレシピどおりに作られたケーキ。
父が、ほんの少し笑う。それだけ。
一月には、もちろん盛大に祝った。
家族全員が同じ月生まれだからだ。
個人の誕生日は、こんなものだった。
(十分だ)
ユーリはそう思った。
平民の中には、自分の誕生日を知らない者も多い世界で、
生まれた日を覚え、祝ってもらえる――
その幸せを、静かに噛み締める。
◆◆◆
この世界に、風呂はない。
正確に言えば、「一般的な風呂文化」が存在しない。
庶民は井戸水を汲み、布で身体を拭く。
寒い季節は、それすら控えることも多い。
少し余裕のある家では簡易的な水浴び。
貴族の屋敷では、上から水を落とす簡素なシャワー設備がある程度。
湯を使う家は、ごく一部だ。
それも――
・井戸から水を汲み
・薪で沸かし
・メイドや召使が桶で運ぶ
極めて原始的な方法だった。
(八年耐えたが、もうダメだ……!)
元日本人の女として、限界だった。
(湯に浸かりたいとは言わない!
でも、せめて頭から湯をかぶりたい!)
◆◆◆
魔道具による風呂設備も、存在はする。
だが、それらの多くはダンジョン産で、供給は不安定。
価格は屋敷一棟分にもなり、貴族でも簡単に手を出せない。
錬金術師が作るものもあるが、性能はダンジョン産に遠く及ばず、
作り手も少ないため、ほとんど出回らない。
「だから、風呂が普及しない」
ユーリは、冷静にそう結論づけていた。
◆◆◆
七歳のうちに完成した生活用品がある。
シャンプー、リンス、ボディーソープ。
水浴びや簡易シャワーでも使えるよう設計されている。
泡立ちは控えめ。
すすぎは少ない水量で済む。
香りは、強く残らない。
特許は、すでに取得済み。
だが――
「売らないのよね?」
母の問いに、ユーリは迷わず頷いた。
「うん。売らない。家族で使うだけ。
中等科に進学して、ギルド登録してから」
父も、静かに肯定する。
「今出せば、必ず嗅ぎつけられる。
未登録の子どもが扱うには、強すぎる」
「うん」
ユーリは、よく分かっていた。
(生活に直結する物ほど、奪われやすい。
だから今は出さない。
出す時は――特別品、高級品、中級品、お手軽品の四種類。
独占する気、満々なんだから)
◆◆◆
八歳になって、真っ先に取りかかったのは、
風呂ではなく――シャワー用の魔道具だった。
ユーリは設計図を見る。
《温水供給・安定化装置》
(風呂は、まだ早い)
この世界で風呂を前提にすれば、
水量、燃料、魔力――すべてが壁になる。
だから、既存の文化に合わせる。
・井戸水を使う
・少量の魔力で加温
・温度を一定に保つ
・危険な過熱を防ぐ
「誰かが運ばなくてもいい」
「火を扱わなくてもいい」
それだけで、革命だった。
◆◆◆
試作段階の装置を見て、リナが言う。
「……これ、すごく安心感があるわね」
「急に熱くなったり、冷たくなったりしない」
父は装置を一瞥し、低く言った。
「ダンジョン産に頼っていないのが、異常だな」
「うん。だから、今は出さない」
母は、少し複雑そうに微笑む。
「広まったら、召使の仕事が減るわね」
「でも、その分、怪我も減るよ」
ユーリは、はっきり言った。
◆◆◆
書斎には、
・生活用品の改良案
・水質別の対応表
・シャワー装置の分解図
が、静かに積み上がっている。
だが、それらはすべて――
(中等科に行ってから)
ギルドに登録し、
自分の名前で守れるようになってから。
◆◆◆
八歳。
剣の腕も、魔法の威力も、まだ子どもだ。
だが――
「水を安全に使う」
「身体を清潔に保つ」
その“当たり前”を、この世界で成立させる準備は、
すでに整っている。
今は、売らない。
今は、広めない。
今は、語らない。
ユーリ・クロスフォードは、
静かに、湯を未来へ送る準備をしていた。
――第十七章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




