第一章15 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
スマホと鑑定士 第十五章
お茶会の準備と招待状
~招く言葉と、受け取られ方~
◆◆◆
翌朝、ユーリの机の上には、三枚の白いカードが並んでいた。
上質な紙に、まだ何も書かれていない招待状。
(……手紙、か)
魔法陣を書くより、
古代文字を組むより、
よほど手が止まる。
「そんなに睨まなくても、紙は逃げないわよ」
背後から、くすくすと笑うリナの声がした。
「お茶会の招待状なんて、初めてでしょ?」
「……うん」
「大丈夫。今回は別に“政治”ってわけじゃないもの」
リナは軽く肩をすくめる。
「学園前の顔合わせよ。友達になれるかどうか、様子を見るだけ」
(……でも、貴族の“だけ”は信用できないんだよな)
◆◆◆
居間では、母がすでに準備を進めていた。
茶葉の候補が三種類。
焼き菓子の案が二種類。
庭のテーブル配置を示した簡単な図。
「ユーリ」
母がこちらを見て、柔らかく微笑む。
「招待状は、相手に“構えさせない”ことが大事よ」
「構えさせない?」
「ええ。格式を押しつけない。でも、失礼にならない」
(うっ……その線引きが一番難しいんだよ、母さん)
父も書類を置き、口を開いた。
「ユーリ。招待状は“自己紹介”だ」
「自己紹介?」
「どういう人間か、どういう距離感を望んでいるか。それが文面に出る」
(……深い。でも、一番分からないやつだ、父さん)
◆◆◆
リナが、さらさらと一枚、見本を書いた。
「まずは、これくらいかな」
【招待状・見本】
拝啓
先日は、庭園での集まりにてお話しでき、大変嬉しく思いました。
もしご都合がよろしければ、後日、ささやかなお茶会を開く予定です。
堅苦しいものではありませんので、お気軽にお越しください。
クロスフォード伯爵家
ユーリ・クロスフォード
(……綺麗だな)
押しつけがましくなく、逃げ道もある。
子供らしさもあり、それでいて失礼ではない。
「姉様、すごいです!」
ユーリは、意を決してペンを取った。
「でも、三人とも、少しずつ変えるんですよね?」
「ええ、そうよ」
「同じ文面じゃ、駄目ですよね?」
母と父が、顔を見合わせる。
父が、静かに言った。
「基本は同じでいい。ただし、“一文”だけは変えるんだ」
「一文?」
「君が、相手の何を見ていたかだ」
ユーリは、ゆっくり頷いた。
◆◆◆
一枚目を書く。
【カルロス宛】
拝啓
先日は、庭園でお話しできて楽しかったです。
剣のお話、とても面白かったです。
もしよければ、後日、我が家で小さなお茶会を開きます。
カルロス君と、剣や魔法の話をもっとしたいので、
気軽に来てもらえたら嬉しいです。
クロスフォード伯爵家
ユーリ・クロスフォード
「……うん、いいわね」
リナが、くすっと笑う。
「ちゃんと彼を見てたって分かるし、再会を楽しみにしてるのが伝わる」
◆◆◆
二枚目。
【ハイネス宛】
拝啓
先日は、庭園で少しお話しできて嬉しかったです。
読まれていた本、とても興味深く感じました。
後日、我が家でお茶会を予定しています。
本や勉強、魔法の話ができたらと思っていますので、
ご都合がよろしければ、ぜひお越しください。
クロスフォード伯爵家
ユーリ・クロスフォード
母が、満足そうに頷いた。
「“本や勉強、魔法”って書いたの、正解ね」
「……本好きみたいだったし、家も研究気質って聞いたから」
「ええ、よく覚えていたわ」
◆◆◆
三枚目。
【ゴードン宛】
拝啓
先日は、庭園でお会いできて嬉しかったです。
道具や魔道具を見ている時の目が、とても印象に残っています。
後日、我が家で小さなお茶会を開きます。
屋敷には、少し変わった道具もありますので、
興味があれば、ぜひお越しください。
クロスフォード伯爵家
ユーリ・クロスフォード
父が、低く笑った。
「……よく釣れる餌だ」
「父様」
「褒めている」
◆◆◆
封蝋を押し、三通の招待状が完成した。
「これで、返事は向こう次第ね」
「うん」
◆◆◆
母が、最後に言う。
「全員が来なくてもいいのよ」
「……うん、分かってる」
「でも、声をかけたこと自体は、無駄にならないわ」
◆◆◆
その日の午後、招待状はそれぞれの家へ届けられた。
返事は、もちろんまだない。
けれど――
(……ちゃんと、自分で言葉を選んで、書けた)
それだけで、少し胸が軽くなる。
◆◆◆
庭では、すでにテーブル配置の仮決めが進んでいた。
リナが楽しそうに動き回り、
使用人たちが静かに準備を整えている。
(……お茶会って、招く前から始まってるんだな)
◆◆◆
七歳。
まだ何者でもない。
それでも、
誰に声をかけ、
どんな言葉で招くかは、
自分で決め始めている。
この小さなお茶会は、
人を選ぶためではなく、
一緒に立てるかを確かめるためのもの。
その準備は、
すでに貴族の社交そのものだった。
――第十五章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




