第一章13 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
小さな社交界 ~庭園で交わされる視線と、踊るという意思表示~
◆◆◆
それは、王都の大舞踏会ではない。
だが、間違いなく子供にとっては、立派な社交界だった。
ご近所の伯爵家が主催する、昼下がりのガーデンパーティー。
白い天幕、整えられた庭園、花と香草の香り。
そこへ、僕と姉のリナは、母に付き添われて足を踏み入れた。
◆◆◆
――ざわり。
空気が、ほんの一瞬だけ揺れる。
視線が集まってきた。
リナは背筋を伸ばし、自然な微笑みを浮かべている。
エルフならではの、整った顔立ち、洗練された所作。
完成された貴族令嬢そのものだ。
(……姉さん、やっぱり強い)
そして、僕にも――確実に視線が来ていた。
(……なるほど)
美男美女、という評価は、後から付く言葉ではない。
場に出た瞬間、決まってしまうものらしい。
◆◆◆
挨拶が続く。
「クロスフォード伯爵家のご令嬢、リナ嬢ですね。」
「弟君も、とても愛らしい」
僕は、教わった通りに一礼した。
「クロスフォード伯爵家次男、ユーリ・クロスフォードです。本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
声は落ち着いている。
姿勢も、目線も、問題ない。
(……よし。大丈夫だ。)
◆◆◆
同年代の子どもたちが集まってきた。
「こんにちは、君って魔術をやってるんだって?」
「ええ、基礎だけですが習っています。」
「へえ。僕は剣! でも魔術もかっこいいよな」
やんちゃそうな口調。
だが、言葉遣いも距離感も、きちんと貴族だ。
(……全員、ちゃんと“教育”されてる。当然か、家の面子に関わるし、もしその子が三代目交代制の対象だったら、家業やら付き合いにも関わるからな。)
◆◆◆
女の子たちの視線は、少し違う。
好奇心。
将来を見る目。
(……婚約候補、か)
七歳でも、この場では“可能性”として数えられる。
(それに、元女として言わせてもらえば、子供でも女は女だ。絶対に大きくなったらねなんて言葉でごまかしちゃダメだ。何割かの子は、中学位までこじらせるからな。)
◆◆◆
やがて、音楽が流れ始めた。
「ダンスのお時間です」
庭園の中央が、即席のダンスフロアになる。
◆◆◆
「リナ嬢、よろしければ踊っていたたけませんか?」
主催者の家の令息が、正しい姿勢で手を差し出す。
「ええ、もちろん喜んで」
リナは迷いなく応じた。
◆◆◆
一歩。
半歩。
回転。
(…おぉ…綺麗だな。)
リナの動きは滑らかで、相手を立てつつ主役にもなる。
周囲の視線は、完全に二人に集まっていた。
(……完成形だな)
◆◆◆
(あぁ~次は、僕だよな。)
母が、少しだけ目配せをした。
(誘いなさいって目が言ってるよ。)
貴族社会では、基本的に男性から誘う。
年齢は関係ない。
「意思」を示す行為だからだ。
◆◆◆
僕は、少しだけ深呼吸し、一人の令嬢の前に立った。
淡い色のドレス。
年は、僕と同じくらいか、少し上でぷっくりとした唇が印象的なたれ目の可愛い女の子目が合う。
◆◆◆
「……よろしければ、一曲ご一緒していただけますか?」
声は、落ち着いていた。
令嬢は、一瞬だけ驚いた後、ふわりと笑った。
「はい。喜んで」
手が、差し出される。
(……手を取る。)
◆◆◆
音楽が始まる。
一歩。
教わった通りに。
主導する。
だが、引っ張らない。
(…うっ…難しい)
魔術より、錬金術より、ずっと神経を使う。
◆◆◆
でも、体は覚えている。
姿勢。
距離。
相手の動きに合わせる感覚。
(…何とか…できてる。)
令嬢の表情が、少しずつ柔らぐ。
◆◆◆
曲が終わり、僕は、一礼した。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。とてもお上手でした」
(……社交辞令でも、十分だ)
ニッコリ微笑みその場をはなれる。
◆◆◆
周囲の視線が、確実に変わっていた。
「踊れるんだな」
「まだ七歳だろ?上手いじゃないか」
「なかなか将来、有望そうだな」
(…へぇ~…そういう評価になるのか)
◆◆◆
庭園の端で、父と母が静かに見ていた。
「……見てた?」
「ああ、よくやった。」
父は、はっきり言った。
「ユーリ。君は次男だが、アリア持つの伯爵位を継ぐことが、すでに決まっている。」
(……え?)
言葉の意味が、少し遅れて落ちてきた。
「だから、今日のような場は必要だったのよ。あなたの、立場をキチンとするためにね」
(……立場)
母は、そう穏やかに言った。
魔道具より、古代文字より、ずっと重い言葉だ。
◆◆◆
庭園には、まだ音楽と笑い声が満ちている。
七歳、僕は、踊るという意思表示と、選ばれる視線、そして“継ぐ”と言う重圧を知った。
――第十三章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




