第一章10 静かな日常と覚醒
全面的に自己責任でお願いします。
形になった静けさ ~完成した器と、名前を残すという選択~
◆◆◆
アロマポットの試作は、いつの間にか「番号」を付ける段階を越えていた。
一号、二号、三号。
割れたもの、歪んだもの、熱が強すぎたもの。
それらを経て、今、机の上にある。
(……これなら)
僕は、静かに完成品を見下ろす。
◆◆◆
形は、徹底的にシンプルだ。
下部は安定感のある低重心。
上部の水皿は深すぎず、浅すぎない。
火を入れても、外側は熱くなりすぎないよう、ローディスが言っていた通り、陶土の厚みを変えている。
釉薬は、匂いを残さない配合。
装飾は最小限。
(……主役は、香り)
◆◆◆
火を入れる。
水を張る。
香料オイルを、一滴。
――ふわり。
部屋の空気が、静かに変わった。
強くない。
押しつけてこない。
ただ、そこに「ある」。
鑑定。
――――
【香り拡散器(完成品)】
状態:安定
効果:持続型・緩やかな香り拡散
安全性:高
備考:長時間使用可
――――
(…ついに…完成だ。)
胸の奥で、何かが静かに落ち着いた。
◆◆◆
香料の研究も、少し段階が進んだ。
植物だけでなく、魔植物、魔物素材(……これ、単体だと強すぎる)
鑑定をしながら、ごく微量を、別の香りで包む。
前の世界での知識だ。
「トップノート、ミドルノート、ベースノート」
この考え方にこの世界の素材に、当てはめる。
(……香りも、構造だ)
◆◆◆
母が、試した香りに小さく微笑んだ。
「……森の奥みたいね。落ち着くわ。」
父は、少し距離を取って、評価する。
「うん。集中を妨げない。執務向きだな」
(……よし)
◆◆◆
数日後。
父に呼ばれ、書斎へ向かった。
机の上に置かれていたのは、
一枚の正式な書類。
封印。登録番号。
「通ったぞ。」
父は、それだけ言った。
◆◆◆
「アロマオイルの製法。名称と基本構造、新技術登録の特許だ」
僕は、書類を見る。
そこには、確かに僕の示した事が、僕の名前が記されていた。
(……残った)
売らない。
広めない。
でも、誰の発想なのかは、ここにある。
◆◆◆
父・アーサー視点
六歳で、特許。
早すぎると言われれば、その通りだろう。
だが、私は知っている。
奪われるのは、才能ではない。
「考えたという事実」だ。
だから、残した。
売らなくていい。
眠らせていい。
だが、この子の思考は、この子のものだ。
(……それを守るのが、親のつとめだろ)
◆◆◆
「それで、器は?」
「……まだです」
僕は、正直に答えた。
「形は、完成しました。でも、改良の余地があります」
「なら、登録は急ぐな」
父は、頷いた。
「完成したと思った時が、一番危ない」
「はい。」
(……ローディスと同じこと言ってる)
◆◆◆
その夜。
ノートの新しいページに、書いた。
・香り拡散器:完成
・香料研究:深化中
・特許:取得済
・販売:しない
・公開:しない
・目的:家族が安全に使う
(……十分だ)
今は、それでいい。
六歳の僕は、静かな器と、見えない香りと、そして「残す」という選択を手に入れた。
まだ、世界は変えない。
でも――変えられる準備は、もう整い始めている。
――第十章・完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




