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第5話

◆お断りしたはずです


(俺の人生、俺の知らない所で決まっていくんだな)


諦めの表情を浮かべ、そんな事を考えながら上桑は高校の校門を潜った。格闘技が盛んな学校ならばスター扱いをされていたのかもしれないが、如何せんこの高校には武道や格闘技系の部活動は皆無だ。


剣道部はあるが、わざわざキックボクシングの試合を見たりするような人間はいないだろう。


それはもとより、上桑自信が望んたことだ。不特定多数の女の子にチヤホヤされたい気持ちはあるが、世間から目立ちたいわけではない。そんな訳で、自分の活動が最も目立たないであろう高校へと進学したのだ。


下駄箱を開けると手紙が入っていた。差出人は美谷。上桑はそれを知らん顔で無視して、上履きのみを取り出したのだが……


「おはようダーリン」

「やめてください」


美谷がすぐ後ろに潜んでいた。だったら手紙なんて入れて置くなよと思いつつ、警戒心だけが募っていく。


「美谷さん。俺はアナタの彼氏じゃない。ましてやダーリンでもないし……あの話はお断りしたはずだよね」

「それは随分と勝手な言い分ね。私は諦めるとは言っていないわ。第一、私のような美少女と結婚して子供を育てる事の何に不満があるの?」

「け、結婚って」

「上桑君は女の子とやったらポイするタイプなの?最低ね」

「……」


閉口するとはこの事だろう。何も言えねえや。


「そんな事よりダーリン。一度、我が家に来て欲しいの」

「だから、ダーリン呼び止めて。何で美谷さんの家に行くんだよ?」


美谷は呆れたという表情を浮かべると、子どもに言い聞かせるような口調で言う。


「両親への挨拶以外に何があるの?」

「絶対に行ってたまるか!」


もしも美谷家が、華恋の様な人間の巣窟だと思うと胃が痛くなってくる。一人でも相当面倒なのに、両親だと?


「あ、それと下駄箱に入っている紙に必要事項を書いておいて、後で回収するから」

「はい?」


美谷華恋が去った後、上桑は下駄箱に入っている紙を取り出すとそれをまじまじと読んだ。自身の名前を記入する所だけ空白になっていて、他の欄は全て記入済みだ。


用紙の一番上の文字を確認すると、そこには【婚姻届】の文字。


「……」


無言でビリビリと破り捨てていく。


(というか俺達17歳だし結婚できないじゃん)


上桑の常識的なツッコミは心の中で静かに消えていった。



◆放課後


最後の授業が終わり、いつもならすんなりと帰宅する上桑だがこの日は違った。


(……見られている)


教室の入口から最も遠い席の上桑。対して美谷華恋は入口から最も近い席。


逃げようにも必ず捕まることとなるだろう。ならば、向こうが痺れを切らして帰るのを待てばいい。そう考え、時間を潰すべく後ろの席に座る級友へと声を掛けた。


「な、なあ……」


そう言いかけた所で二の句が繋げなかった。


「……何か用?」


いぶかしい、という表情のクラスメイトを見てしまったからだ。こんなにも席が近いのに、彼とは禄に話したこともなかった。いや、彼だけではない。


クラスメイトの事を何も知らなかった。授業が終われば直ぐにジムに直行して練習。そのルーティーンが恒常化した結果、折角の遊びの誘いも全て断ってきた。それに練習で蓄積された疲労を取るため、昼休みや、授業の合間に訪れる休憩時間もずっと寝て過ごしていた。


そんな自分が、いきなり何を話すというのか……?


「ご、ごめん。何でもないや」

「ハァ。用が無いなら帰るけど?」

「あっ、うん。また」


虚しさが込み上げてきた。


仲良さ気に話しているクラスメイト達からは、「今から遊びに行こうよ!」とか、「来週の練習試合のスタメンだけどさ……」みたいな話が聞こえてくる。


彼らは普段、どんな所で遊んで、どんな音楽を聞いたりしながら生きているのだろう?


ドラマのように屋上に忍び込んで、将来の夢を語り合ったりするのか?河原で殴り合いの喧嘩をして、親友になったりするのだろうか?


そんな疑問が上桑を包み込み蝕んでいく。


(何で、何でこんなにも寂しいんだよ)


上桑が俯いた時。ガシャン!と、けたたましい大きな音を立て一人の女学生が立ち上がると叫んだ。


「上桑幸運君!もといダーリン!早く準備して!今から私の実家に挨拶に行くのだから」

「「「……ええっ……!?」」


先程までとは違い、クラスメイト達が共通の話題でガヤガヤと騒ぎ始める。


『上桑って、誰だっけか?』

『ほら、あのいつも寝ているやつだよ』

『美谷さん、ダーリンって』

『ウソ!付き合ってんの?しかも両親への挨拶?』

『いやいや、なんかの冗談だろ。あの美谷さんだぜ?どんなイケメンに告白されても全部断ってきた』


止めてくれ。こんな悪目立ちがしたいわけじゃない。俺はただ、友達を作って普通に遊んだり、彼女とデートをしたりそんな普通の高校生活を送りたいだけなんだ。


「みんな!ちょっと教室の隅に移動してもらえるかしら」


美谷の大声に、理由わけも分からないまま立ち上がり移動していくクラスメイト達。その瞬間、美谷はすざましいスピードで上桑へと向かっていった。


『速っ!!』


その余りの速度にクラスメイト達からは声が漏れ出す。


どう見ても愛するダーリンを抱擁するためではない。拳を握り込み、明らかに殴りに行っていた。


「シッ!」


上桑の目から見ても美しいフォームで繰り出された左ジャブ。顎から一直線にノーモーションで放たれた攻撃は、常人ならば直撃して鼻血を出す事必至だろう。


しかし、上桑は普通ではない。紛う事無き天才だ。


向かってくるジャブを右手でパシッ!と、下の方へと払い除けるパリングを行う。


それにより美谷のバランスは僅かに乱れるが、それすらも利用して鋭いバックスピンキックを放つ。しっかりと踵が食い込むように工夫されており、直撃すれば肋骨がいかれるだろう。


だが、そこに上桑はいなかった。左足を軸にして行われたピポットターンにより、美谷の側面へと瞬間移動の如く回り込む。


そして、片足立ちとなっている美谷の軸足を刈り取るように足払いした。


「きゃっ!」


美谷はフワリと高く宙に舞う。それはさながら、スローモーション映像のようにクラスメイト達には映った。


このままいけば、地面へと激しく尻もちを付くことになる。最悪、頭を打ち付けることになるかもしれない。


それは流石に可哀想かと、上桑は宙に浮いている美谷の背中に両手を回すとポフッ!とキャッチに成功した。


結果的にそれは、お姫様だっことなったわけだ。


上桑の腕の中、頬を染め上げた美谷は嬉しそうに彼を見上げる。


「流石ね、ダーリン//完敗よ……このままベッドまで連れて行って?」

「行かないから!それにダーリンって呼ばないで」


上桑がふと、美谷から周りのクラスメイト達へと視線を移した瞬間。


「上桑!お前凄いな!?さっきの動き何やったんだ?」

「あのクルって足を回すやつってボクシングの動きだよな!?お前、ボクシングやってんのか?」

「ていうか、美谷さんも凄すぎないか?俺、あんなに速い動き初めてみたぜ!」


興奮した表情の男子生徒。


「きゃあー!お姫様だっこじゃん」

「美谷さん、凄く可愛い顔してる!」


そっちの話題で盛り上がる女子生徒達。


気が付けば上桑と美谷を中心に、クラスメイト達が二人を取り囲んでいた。


「なあ上桑。今からカラオケでも行こうぜ!話聞かせてくれよ」

「や、でも俺。最近の歌とか知らないし……」

「普段は何聴くんだよ?」

「ジムミュージック的な?エミネムとか……?歌えないけど」


(ジムの中で流れているだけで、能動的に聞いているわけではないし)


「お!良いじゃん!なら練習しようぜ」

「お、おお。いいの?」


腕の中に収まりながら、クラスメイトとのやり取りを見ていた美谷は小さなため息を吐いた。


「ま、いいでしょう。今日の所は私の負けだしね。それに夫の交友関係にまで口を挟む矮小な女ではないですから」

「誰が夫だよ……まあ、ありがとう?」


あくまで結果的にだが、美谷のお陰でカラオケに行けることとなったわけだしと、上桑は小さく謝意の言葉を呟く。


「ふふふ。良いのよ」


そんな美谷の屈託の無い笑みを見て、上桑は思う所が出来た。


(こいつ。もしかして俺の為に一芝居を?……そんな訳ないか)


「上桑!早く行こうぜ」

「うん!」


この時、上桑の意識は完全にカラオケやクラスメイト達に向けられていた。その結果、手の力が緩みに

緩み。


「ふぎゃっ!」


美谷を地面へと落っことしてしまったわけだが、受け身は取れているし大丈夫だろうと、そのまま教室を後にした。



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