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心配の裏では~ヴェール視点

~時間は少し遡り~


 騎士学校の寮。そこにある自室で自分の薬箱の中身を確認していた。


 背後からは同室のシュバルツがカリカリとペンを走らせる音が響く。


(凄いよなぁ。入学してから座学も剣術もずっと一位を維持しているし)


 感心しながら薬の確認をしていく。

 そこでボクは大事な薬が少なくなっていることに気が付いた。


「あ……」


 思わず漏れた声にシュバルツが反応する。


「どうした?」


 ボクの方を見る黒い瞳に思わず両手を振った。


「あ、勉強の邪魔をしてごめん。何でもないんだ」

「そうか?」


 不思議そうに首を傾げたが、それ以上は聞いてくることなく再び机に向かう。

 その様子にホッと安堵しつつ外出用の鞄を手にして立った。そこで再び声がかかる。


「出かけるのか?」


 その問いにドキリと胸が跳ねた。


「う、うん。ちょっと薬が足りなくてね」


 笑顔を作り、なるべくいつもと同じように答える。


 薬が少なくなっているのは事実。ただ、何の薬かを知られるわけにはいかない。


 ドキドキしていると、シュバルツから予想外の言葉が出た。


「なら、オレも一緒に行く」


 まさかの事態に思わず訊ねる。


「え? ど、どうして?」

「この前の不審者みたいなことがあったらいけないだろ?」


 ボクのことを心配して……


 そのことに、胸がキュンとなる。


 シュバルツはいつも優しい。ボクがどんなドジをして巻き込んでも、同室だろ? と許してくれる。そして、ついその懐の深さについ甘えてしまう。


 でも、今はそういう場合ではなくて。


「それは大丈夫だって。シュバルツは勉強してて」


 今回ばかりは一緒に行けない。何がなんでも待っててもらわないと。


(でも、しつこく言ったら疑われそうだし)


 そんなボクの気持ちが伝わったのかジュバルツが諦めたように言った。


「……わかった、気を付けて行ってこいよ」


 見送りの言葉に安堵して、顔が綻ぶ。


「うん。シュバルツは勉強頑張って」


 こうしてボクは外出届を出して街へと出かけた。




 騎士学校御用達の薬草店へ行き、いろんな薬草を選んでいく。その中にこっそりと目的の薬草も混ぜて。


 こうして無事に必要な薬草が買えたボクは帰り道を急ぎ足で歩いていた。


「これであとは調合するだけ。まさか、あの薬が少なくなっていたなんて……気が抜けているのかな」


 騎士学校での生活は大変なこともある。

 でも、入学するまでの生活と比べると遥かに自由で、精神的にとても楽で、つい気が緩んでいた。


「この生活も、あと少しか……」


 騎士学校の最高学年となり、実技と学科の試験も残すところ数回。それに合格すれば騎士になる。


 普通なら憧れの騎士になれると希望に満ちるところだけど、ボクの心境は複雑で。


「ボクはどうなるんだろう……」


 だんだんと足が重くなり、歩みが遅くなる。

 これまでの生活を少しでも変えたくて騎士学校に入学したけれど、そこから先が何も見えない。


「表向きには治療騎士になりたいって言ってるけど……」


 本当になれるかどうか……それ以前に、卒業後がどうなるか……こうして自由に動けることもなくなって……


「ダメ、ダメ!」


 沈んでいく心を払うようにボクは頭を振った。


「大丈夫。きっとなんとかなる」


 自分に言い聞かせるように頷く。

 そして、大きく一歩を踏み出そうとしたところで……


「あっ」


 つま先を石にとられ、そのまま前へと倒れる。


 ボフッ!


 全身で思いっきり何かにぶつかった。


「す、すみません!」


 最近はシュバルツが倒れる前に支えてくれていたから、すっかり忘れていた感触。


 ボクは慌てて体を起こして頭をあげた。


「おや、キミか。こんなところで奇遇だね」


 聞き覚えがある渋い声に思わず目を瞬く。


「あなたは……」


 フッと細くなった感情の見えない灰色の瞳がボクを見下ろしていた。


 大通りに面したカフェのテラス。

 大木の木陰で目立たない場所に置かれたテーブル席。


 そこでボクはこの前、助けた男と向き合って座っていた。


(やっぱり、二人でお茶はマズかったかなぁ……)


 この前の治療の謝礼を渡したいと言われ、お金が入った袋を受け取ったのだが、その中に入っていたお金があり得ない金額で。

 すぐに受け取りを拒否したボクはお金が入った袋を突っ返した。


 すると、せめてお茶を奢らせてほしいと懇願され……


(あの恐ろしい金額のお金を受け取るぐらいなら、お茶を飲む方がマシ)


 そう判断したボクは大通りにテラスがあるカフェを選んだ。


 すぐ隣にはいろんな人が歩く大通り。裏道もすぐ近くにあり、何かあればすぐに走って逃げられる。


(相手は異国の人だし、この辺りの道はボクの方が詳しいはず)


 顔をあげれば、和やかな笑みを浮かべてボクを見据えている男前。ボクよりずっと年上で渋くもカッコいい雰囲気を漂わせながらも、どこか親しみがある。

 そんな男が特徴的な銀髪を揺らしながら、形のよい唇を動かした。


「そんなに睨まないでほしいな。次に会ったら謝礼を渡すという約束だっただろう?」

「本当に会うとは思わなかったですし、あんなバカ高い金額を渡されるとは思わなかったので。常識って言葉、知ってます?」


 ワザとトゲのある言葉を言ってツンと顔を背ける。

 けど、男にはすべてがお見通しらしく、軽く笑われた。


「そうやって私を怒らせて、早々に解散するつもりかな? 残念ながら、私にそんな気はないよ」


 その言葉に横目を向ければ灰色の瞳が柔らかくボクを見ていて。


「……何が目的ですか?」


 ボクの質問に男が声を出して笑った。


「この前と反対だね」

「茶化さないでください」


 体を正面に向けると、男が真面目な顔になった。


「そんなに警戒しなくていい。私たちは同じ者同士なのだから」

「同じ者?」


 眉間にシワを寄せるボクに男が同情するように眉尻をさげる。


「この国では、君の性だと生きにくいのではないかい?」


 その瞬間、涼やかな風が男からボクへと吹き抜けた。

 爽やかな木々の匂いに混じる、微かな甘い香り。


 その匂いと、男からの問いでハッとする。


「まさか、あなたも……」

「あなたじゃなくてリアハ・モナルクだ。リアハと呼んでくれ」


 異国の響きを持つ名。やはりこの国の人ではなかった。

 国は違えど、名前を名乗られたら自分も名乗ることが礼儀なのだが、得体の知れない相手のため躊躇う。

 少しの間を置いて、ボクは名だけを言った。


「……ボクのことは、ヴェールと呼んでください」

「ヴェール……その瞳の色を表す良い言葉だね」


 この国の古い言葉でヴェールは緑を意味する。ただ、古すぎて知っている人は少ない。

 見た目に反して博識なことに驚きつつ言葉を返す。


「それを言うならリアハさんも同じでしょう?」


 ボクの指摘に灰色の瞳が大きくなった。


「へぇ、よく知っているね」


 リアハは古語で灰色を意味する。ただ、他国の言葉のため知っている人はほぼいない。


「ヴェール君は他国の言語の知識もあるんだね」


 リアハが感心しながらも意味あり気に口角をあげる。

 その表情にボクはしまったと思った。


「そ、それは、その、他国の治癒魔法について学んでいた時に、たまたま書かれていたのを見かけただけです」


 なんとか言い訳をしながら目を伏せる。

 簡単な会話から自分を探られていく感覚。これは、あまり良くない。


 警戒を強めて顔をあげると、困ったように笑われた。


「だから、そんなに怖い顔をしないでくれ。私はこの前の礼をしたいだけなんだ」

「ですが……」


 そこに店員が注文した飲み物を持ってきた。


「ほら、とりあえず飲まないかい?」


 芳醇な紅茶の香りが鼻をくすぐる。


 警戒するボクの前でリアハがカップを持ち上げて口をつけた。その動作は育ちの良さを感じさせるほど洗練されていて。


「……リアハさんは、何の仕事をしているのですか?」


 その質問にリアハが音をたてずカップを下ろす。


「私の仕事かい? 簡単に言うと貿易、かな。いろんな物を仕入れて、いろんな国へ運んでいるよ」

「その割には仕草が綺麗ですよね?」


 ボクの指摘に渋みのある笑みが返る。


「貿易相手が高貴な立場の人の場合もあるからね。見苦しくない程度に作法は学んだんだ」


 その答えに頷きながら、本題を訊ねた。


「リアハさんはボクと同じと言いましたが、それなのに自由に仕事をしているのですか?」


 この国、ベガイスター王国では考えられないこと。本来ならボクは騎士学校に通うこともできないが、そこは後援者が尽力してくれたおかげで何とかなった。

 そんな状況を悟ったのか、フッと灰色の瞳が細くなった。






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