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シュバルツの心配

 寝る前の雑談を終えて布団に入るが、なかなか眠気が来ない。

 それもそうだろう。あんな話を聞いたあとで、すぐに眠れるほどオレは人間ができていない。


(というか何なんだ、あの不審者は! 治療をしたヴェールに対して!)


 はらわたが煮えくり返る気持ちをどうにか抑えつつ目を閉じる。


 ヴェールは優しい。その優しさがいつかヴェール自身も滅ぼしそうなほど。


(……いや、もしかしたら滅ぶことを望んでいるのかもしれない)


 オレは同室になる前のヴェールについて何も知らない。それは、本人が何も語らないから。いや、過去に触れられることをどこか拒否しているようなところもある。


 だから、本人が言わない以上、そこにオレが踏み込むべきではない。


 そう考えて距離を取ってきた。


「……同室だからな」


 それ以上でも、それ以下でもない。だからこその関係。


 怒りと心配が入り混じる中、不審者を助けた理由がオレに似ていたから、という言葉を聞いた時、不覚にも嬉しいと感じてしまった。


 近くにいなくてもオレの存在を感じていてくれている。オレのことを考えてくれている。


 それだけで、不思議な何かに満たされてしまった。


「……けど、やっぱり心配だ」


 ヴェールの実力は知っているし、決して弱いわけではない。ドジさえなければ、かなり強い。


「……そうだ、ドジだから」


 己に言い聞かすように言葉を紡ぐ。


「……同室だしな。これぐらいの心配はするだろ」


 こうして自分を無理やり納得させたオレは眠りについた。


~~


 そんな出来事から数日が経ったある日のこと。


「あ……」


 自室で勉強をしていると、背後にある机で薬箱を整理していたヴェールが声を漏らした。


「どうした?」


 顔をあげて振り返ったオレにヴェールが慌てたように両手を振る。


「あ、勉強の邪魔をしてごめん。何でもないんだ」

「……そうか?」


 何となく腑に落ちないが、本人がそう言うならそれ以上問い詰めることはできない。

 再び机に向かったところで、ヴェールが外出用の鞄を持って立ち上がった。


「出かけるのか?」

「う、うん。ちょっと、薬が足りなくてね」


 どこか誤魔化すような笑み。何かを隠しているようにも感じる。

 だが、オレはそこを追求せずに立ち上がった。


「なら、オレも一緒に行く」

「え? ど、どうして?」

「この前の不審者みたいなことがあったらいけないだろ?」


 オレの一言にヴェールがホワッとした表情になる。

 どこか気が抜けたような、可愛らしい顔。

 でも、すぐに翡翠の瞳がハッとして、真面目な表情に戻った。


「それは大丈夫だって。シュバルツは勉強してて」


 どこか焦ったような声音と態度。

 ますます心配になるが、無理強いをして困らせるのも本意ではない。


「……わかった。気を付けて行ってこいよ」


 オレの言葉にヴェールがホッとしたように表情を崩す。


「うん。シュバルツは勉強頑張ってね」


 花の妖精のような微笑みに声援。

 ふわふわな亜麻色の髪が柔らかく揺れ、大きな翡翠の瞳がキラキラと輝き、可愛らしい顔に拍車をかける。


(あー、もう、地上に舞い降りた天使か!?)


 両手で顔を覆って天井を仰ぎたい衝動をどうにか抑え、余裕の笑みを作って見送る。


 手を振るオレの前でバタンとドアが閉まり、パタパタと軽い足音が遠ざかっていく。


 そして、完全に足音が聞こえなくなったところでオレは椅子から立ち上がった。


「よし、行くか」


 ヴェールのことを信用していないわけではない。


 ただ、心配の方が強いだけ。


 クローゼットから出したマントを羽織り、フードを深く被ったオレは誰にも姿を見られないように警戒しながらヴェールの後を追いかけた。


 それから一刻。

 オレは街中を走っていた。


「……どこだっ!?」


 すぐに見つけられると思ったが、意外と見つからず。

 街中の市場や薬屋など、ヴェールが行きそうな場所をまわったが、ふわふわな亜麻色の髪を見つけることができないまま。


 街の中心にある広場の端に点々と植えられた大木が目に入ったオレは、休むために木陰の下へ移動した。


 ハァハァと肩で息をしながらフードを外し、額に浮かんだ汗を拭う。


「暑いな」


 さすがにマントを着て走るには気温が高い。

 マントを脱いで片手に持つと、爽やかな風が吹き抜け、火照った体を冷やした。


「ふぅ……」


 サヤサヤと風に擦れる枝の音が焦る心を落ち着かせる。

 広場を行き交う人々を眺めながら、ふと言葉を落とした。


「……寮に戻ったのか?」


 これだけ探していないのなら、その可能性もある。王都に比べれば小さいが、それでも地方にしては大きな街であるため、すれ違っているのかもしれない。


「無事に帰ったなら、それはそれでいいか」


 目的は達成できなかったが、街中を走って鍛錬をしたと考えればいいし、ヴェールに何事もなかったなら、それが一番。


 そう前向きにとらえて気持ちを切り替える。


「オレも帰るか」


 身を隠す必要もないためマントは片手に持ったまま歩き出す。


「……寮に帰ったら先に水浴びをするか」


 自室で勉強をしていたはずなのに汗だくになっていたら、何をしていたのか疑われる。そのため、自室に戻る前に汗を流しておかないといけない。


 そう考えながら騎士学校までの大通りを進んでいると、ふいに声をかけられた。


「お兄さん、一人? ちょっとお話しない?」

「え?」


 視線を落とすと行く手を塞ぐように立っている二人の少女……というには少し年齢が上。乙女、ぐらいだろうか。派手な化粧が目を引く。


「うわ、やっぱりカッコいい」

「この辺りじゃあ見かけないよね? どこに住んでるの?」


 焦げ茶の髪を揺らし、気の強そうな目がオレを真っすぐ見つめる。その姿に猛獣が獲物を狙う姿が重なった。


「いや、オレは……」


 どう対応しているか考えている間にもう一人の女がオレの腕に絡みつき、ベタベタと触ってくる。


「うわ、すごい筋肉。鍛えてるの?」

「ちょっと、そこのカフェでお茶しない? いろいろ聞かせてよ」


 ぐいぐいと店へ引っ張ろうとするが、そんな力でオレが動くわけもなく。


「そんな時間はな……」


 断ろうと顔をあげたところで、大木の木陰の下にあるカフェのテラス席に座る大きな翡翠の瞳と目が合った。


「……ヴェール?」


 あれだけ探したのに、まさかこんな所にいたなんて。


 声をかけようと足を向けたところで、その隣にいる男が目に入った。


 この国では見かけない銀髪にくすんだ灰色の瞳。特徴的な容貌にくわえ、同性のオレから見ても息を呑むほどの色男。

 年齢はかなり上だが、それを補うだけの渋みと色香が漂う。


 ただ、問題は男がヴェールに体を寄せ、その手が頬を撫でるように触れており……


 その姿を見た瞬間、ブワリとオレの足元から黒い風が巻き上がった。

 パチパチと空気が弾け、オレをベタベタと触っていた女たちが顔を青くしてさがる。


 体の内側から燃え上がる黒い炎を抑えながら、オレは大股で歩き出した。


「おまえは、誰だ? ヴェールから離れろ」


 怒気を孕んだ低い声。

 だが、色男は臆するどころか、挑発的するように灰色の瞳を細めて薄い唇の端をあげた。


「そういうキミこそ誰かな? 彼の保護者かい?」

「オレはっ……」


 何者か分からないヤツに素性は明かせない。


 言葉が出ないオレに対して、ヴェールが慌てたように立ち上がり、男を庇うように体を挟んだ。


「シュバルツ、この人はリアハ・モナルクさんっていって、その……ほら、この前、話した……」


 言い訳をするようにペラペラと話すヴェールの姿に、チリッとした小さな怒りが灯る。


「……薬を買いに行ったんじゃないのか? それとも、それは嘘だったのか?」


 思ったより低い声が出たことに驚いたが、ヴェールは気にする様子なく話を続けた。


「嘘じゃないよ。薬を買いに行ったら、たまたま会って……」


 そこにリアハという男がヴェールに微笑んだ。


「私の怪我を治してくれた礼にお茶を奢ると誘ったんだ。そうしたら、思ったより話が弾んでね。そうだろう?」


 大人の余裕を含んだ笑みで問われたヴェールが笑顔で頷く。


「そうなんだ。リアハさんの薬の話が面白くて」

「私もキミの知識の深さには感心しているよ。若いのに博識だね」

「そんなことありません。ボクなんて、まだまだで」


 そう言いながら眉尻をさげて謙遜する。その様子に心の中でチリチリと小さかった火種が膨れていく。

 そんなオレを挑発するように灰色の瞳がこちらを向いた。


「キミも彼もいい年齢だ。どこで何をしていても問題ないと思うが? それとも、咎めることができる関係なのかい?」


 その言葉にグシャグシャになっていたオレの感情が一気にかき乱される。


(オレは、ヴェールの同室で……)


 六年間、一緒に過ごした記憶が脳内を駆け巡る。


 同じ騎士を目指す者として背中を預けて戦えるほどの信頼関係。それは友人を超えていて、親友というには何かが違う気がして。


 それとは違う感情が確かにあって……それを、同室という言葉で誤魔化して……


 バン!


 気が付けばオレの手が近くに生えていた大木を殴っていた。幹が揺れ、青い葉がハラハラと落ちる。


「……シュバルツ?」


 翡翠の瞳が心配そうに覗き込む。

 オレはグッと手を握り、怒鳴りそうになる感情を抑えこみながら、どうにか声を絞り出した。


「そうだな。ヴェールがどこで何をしていようが、オレには関係のないことだ」


 それだけと言うとオレは歩き出した。


「シュバルツ!?」


 名前を呼ぶ声は聞こえたが、本人がオレのところへ来ることはなかった。






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