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卒業生の悪あがき

「おい! 何の騒ぎだ!?」

「訓練場以外での魔法の使用は禁止だぞ!」


 体格が良く、力自慢の実技担当の教師たちが素早く集まってきた。どうやら、この卒業生たちがもうひと騒動起こすと予想して待機していたらしい。


 説明しようと立ち上がったオレより早く、卒業生たちが口を開いた。


「こいつがいきなり魔法陣が描かれた紙を投げつけてきたんですよ」

「そうそう。おれたちは身を守るために魔法を使っただけです」

「おれたちは何も悪くないので、そいつから話を聞いてください」


 そう言って歩き出す三人。

 とんだ言いがかりにオレは行く手を塞いだ。


「待て! 魔法陣が描かれた紙を投げたのは、そっちだろ!」


 オレの指摘にリーダー格の先輩がフンッと鼻を鳴らす。


「どこに、そんな証拠がある?」


 魔法陣が描かれた紙はヴェールの魔法で粉々になった。そうなると、物的な証拠はどこにもない。

 そこに、取り巻きの二人が煽るように言った。


「おれたちは事実しか言ってないぞ」

「それとも、他に目撃者でもいるのか?」


 魔法陣を投げられた時、この場にいたのはオレと卒業生三人のみ。

 不思議そうにオレを見つめるヴェールは魔法陣を投げられた後でここに来たので、目撃者にはならない。


「ぐっ」


 悔しさに口の端を噛む。

 そんなオレをニヤニヤと眺める六つの目。かなり胸糞が悪い。

 黙っているオレに取り巻きの二人が得意げに話を続けた。


「在学中に訓練場以外で攻撃魔法を使うのはご法度だよな?」

「停学か、退学処分だろ?」


 その内容にリーダー格の卒業生が教師陣に声をかける。


「卒業生を敬わず、それどころか規律を守らず攻撃をするようなヤツは騎士として相応しくないのではありませんか? おれたちは気にしませんが、厳正に対処しないと、この学校の立場が危うくなると思いますよ?」


 その言葉に教師陣たちが相談するように目配せをする。


(模擬戦で負けた腹いせにオレを退学させるつもりか!)


 両手をグッと握りしめ、怒鳴りたくなる激情をどうにか堪える。

 そこにリーダー格の嫌な声が落ちた。


「そこの後輩が素直に事実を認めて謝るなら、なかったことにしてもいいですけど」

「何を!?」


 思わず殴り掛かりそうになったオレの腕を白い手が止める。

 視線をずらせば穏やかに微笑む大きな翡翠の瞳。


「騎士たるもの、いついかなる時も冷静であれ、でしょ?」


 穴が空くほど読んだ教本の冒頭に書かれている言葉。

 柔らかな声が沁みるようにオレの心を鎮める。


(クソッ、こんな時でも可愛いすぎる! しかも、オレの怒りを一瞬で消すなんて……聖母か? 地上に降り立った天使か!? 存在自体が尊すぎるだろ!)


 葛藤から意識をそらすように目を閉じ、思考を無理やり現実に戻した。


(……今はそれどころじゃない。どうすることが最善か考えるんだ)


 このまま事実を訴え続けても、それを証明する証拠がない。そうなると、最悪の場合は停学か退学。そうなると騎士にはなれない。

 だが、ここで事実に目を瞑って頭をさげれば、すべてはなかったことになり、このまま卒業して騎士になれる。


 ――――――けど。


 グッと両手を握りしめて顔をあげた。


「オレは……」

「あと、さっきの魔法陣が描かれた紙の破片ならありますよ」


 オレの声に重なるように響いた言葉。

 全員の視線がオレの隣にいるヴェールへ集まった。


「本当か?」


 教師たちが淡々と、だが、期待をこめた目を向ける。


「どこにある?」

「そこに」


 そう言って白い指が指した先には紙の切れ端が落ちていた。

 その紙を他の教師が素早く拾いあげ、透明な箱に入れる。すると、透明だった箱が青く光った。


「この入れ物はこの紙に残っている魔力と同じ魔力に反応するようにできている。本来は攻撃してきた者を特定するために使用するのだが」


 そう説明しながら教師が透明な箱をオレに近づける。


「青、だな」


 教師たちがしっかりと確認して、視線を先輩たちへと移す。

 そこに、リーダー格の卒業生が周囲の空気を切るように手を払った。


「退け。おれたちは、そんなお遊びに付き合うほど暇じゃないんだ」


 そのまま歩き出そうとした先輩たちを、教師たちが体格の良い体を使って逃げ道を塞ぐように詰め寄る。


「おい!」


 リーダー格の卒業生の言葉を無視した教師の一人が箱を近づけた。

 それだけで、透明だった箱が真っ赤に光る。


「さて、じっくりと話を聞かせてもらおうか」


 蔑みを含んだ冷えた笑みを浮かべる教師陣。

 その様子に顔を真っ赤にした卒業生たちが吠えた。


「教師ごときが騎士の邪魔をできると思っているのか!?」

「さっさと道をあけろ!」

「おれたちは騎士だ! こんな茶番に付き合う時間はない!」


 ぎゃあぎゃあと無様な声が静かな学舎に響く。

 そこに冷えた風が廊下を抜けた。


「さて、この茶番を作り出したのは誰かのう?」


 目元に深いシワを刻み、柔和な笑みを浮かべた庭師の老人が歩いてきた。ゆったりとした足取りに合わせ、顎から伸びた白い髭がのんびりと揺れる。土で汚れた庭師の服装だが、先程と雰囲気がまるで違う。


 ピリッとした鋭い空気に、喚く卒業生たちを囲んでいた教師たちがサッと壁際へ身を引いて姿勢を正した。


 そこでリーダー格の卒業生が助かったとばかりに老人へ訴える。


「学長、聞いてください!」


 まさかの呼び名にオレは息を呑んだ。


 在学生の前に学長が顔を出すことはない。生徒が学長の顔を見ることができるのは卒業証書を授与される時のみ。そう噂されていたのに。


(まさか、庭師の老人が……学長!? いや、あえて身分を偽ることで学生の普段の様子を観察していたのか? とんだ曲者だな)


 黙って展開を見守るオレの前で取り巻きの二人も声をあげた。


「おれたちは、こいつらに触れ衣を着せられたんです!」

「教師たちもグルになって……厳正な処罰をしてください!」


 話を聞き終えた学長がうんうんと頷く。


「ほっほっほっ。そうか、そうか」


 特徴的な笑い声とともに穏やかに口元が緩み、白い髭が楽しげに上下した。


 この雰囲気に卒業生たちは学長が味方についたと確信したのだろう。再び余裕な空気を纏い、ニヤニヤと質の悪い目をオレに向ける。


 そこでヒュッと周囲の空気が凍った。


「おまえたちは何か勘違いしているようじゃな」


 穏やかだが、抜き身の剣のような鋭い声が響く。


「不出来な騎士を再教育するのも教師の務めじゃ。特にお主たちのようなの」


 予想外の言葉に怒りで顔を歪めた卒業生たちが再び吠え始めた。


「なっ!? 失礼だろ!」

「おれたちは騎士だぞ!」

「学長ごときが!」


 だが、そんな軽い怒鳴り声など学長に効くはずもなく。


「ほっほっほっ。そうか、そうか。たかが、学長か」


 楽しむような軽い口調ながらも、この声音は笑っていない。


「たかが学長だが、お主たちの卒業の取り消しもできるぞ?」


 その言葉に卒業生たちが顔を青くしながら喚く。


「お、脅すつもりか!?」

「この学校にいくら寄付したと思っている!?」

「伯爵家が黙っていないぞ!」


 爵位を持ち出した胸糞悪いリーダー格の先輩に、老人が困ったように顎髭を撫でた。


「爵位を持ち出すなら儂は公爵なんじゃが……どう伯爵家が黙っていないのかのう?」


 王族の親族である公爵家。貴族でも王族が主催の社交界でしか会うことができない雲の上の存在。


 だが、学長はその威厳は一切見せず、茶目っ気たっぷりに首を傾げた。

 一方で、彫像のように硬直して絶句する先輩たち。


 それも、そのはず。


 この国では爵位の順列が絶対の力を持つ。そのため、自分の爵位より上の貴族には絶対に逆らえない。

 そのせいで、爵位を己の力と勘違いする者もいるのだが。


「さて、詳しい話は学長室でしっかり聞こうかのう。それと、家の者を呼ぶか?」

「そ、それだけはやめてください!」

「話はおれたちだけで!」

「家には知らせないでください!」


 怯え混じりの泣き声に学長がほっほっほっと笑う。


「それは、お主たち次第じゃ。ほれ、行こうか」


 こうして魂が抜けきった先輩たちは、教師たちによって学長室へと連行されていった。





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