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シュバルツの奔走

 騎士学校の寮に戻ったオレは水浴びをして自室のベッドに倒れ込んだ。


(なんで、あんな……)


 やっと冷えてきた頭でカフェでのやり取りを思い出す。


 リアハという男が言っていたことは正しい。ヴェールが何をしようがオレには関係ない。そんなことを言える関係じゃない。


「……じゃあ、オレたちの関係って何だ?」


 幼馴染というように幼い頃からお互いを知っている仲ではない。

 むしろ、オレはヴェールの家や過去について知らないことの方が多い。だから、友人や親友というには少し違う気がする。


 それでも、同じ騎士を目指す者として、時には背中を、場合によっては命を預けて戦える。それだけは断言できる。


 だからこそ、オレたちの関係を言葉で表すには難しい。


「……だから、同室なんだよな」


 結局はその言葉に落ち着く。

 オレはうつ伏せになり、枕にため息を押し付けた。


「はぁ……ヴェールが戻ってきたら、どうするか……」


 絶対に気まずい。


 このまま寝たフリで過ごすか……そうしても、明日の朝が気まずくなるだけだ。


「……そろそろ門限だ」


 ヴェールが戻ってくる時間。


(どうするか……)


 視線を落とせば大木を殴った手が赤くなっている。


(とにかく、謝るのが先だよな。一方的に怒って、怒鳴って……そうだな。まずは謝ろう)


 腹をくくったオレは部屋のドアが開くのをひたすら待った。


 コツコツと廊下に足音がするたびに耳を鋭くして。ただ、どの足音もヴェールのものとは違った。


 その度にオレは緊張と脱力を繰り返し、気が付けば夜になっていて。




 ――――――その夜、ヴェールが寮に帰ってくることはなかった。




「どういうことだ!?」


 外出届は出されているが、外泊届は出されていない。ヴェールから学校へ連絡も何もない。


 そのことを確認したオレは街に飛び出していた。


 騎士学校の授業をサボることは成績が下がるどころか罰則ものだが、それどころではない。


「ヴェールに、何があった!?」


 昨日のカフェの後で何かが起きたとしか思えない。


「たしか、名前は……クソッ! 頭に血がのぼってて覚えてねぇ! けど、あれだけ目立つ髪なら……」


 朝の大通り。行き交う人も多い。

 その中で手当たり次第に銀髪の男を知らないか聞いてまわるが、みんな口を揃えて知らないと言う。


「クソッ! 何で誰も知らないんだ!?」


 周囲を見まわしながら、ひたすら走り回っていると、唐突に声をかけられた。


「兄ちゃんかい? 銀髪の男を探しているっていうのは?」


 振り返ると茶髪で野菜が入った箱を持った四十代ぐらいの男がいた。

 持っている野菜は商品なのか、客を相手にしているような人当たりが良い笑みを浮かべ、どこにでもいそうな特徴のない風貌をしている。


「あぁ。知っているのか?」

「そこの道の突き当りにある店へ入っていくのを見かけたよ」


 そう言って男が大通りの影にある脇道を顎で示す。


「ありがとう!」


 オレは疑うことなく、その道に飛び込んだ。


 後から振り返れば、この男も銀髪男の仲間だった可能性があったのだが。


 そんなことを知る由もないオレは、ひやりとした夜の冷えた空気が残る道を突き進んでいた。とにかく今は少しでも情報が欲しい。その一心でひたすら走る。


「……店はどこだ?」


 教えられた道の先は行き止まりだった。

 赤いレンガを積み重ねて作られた倉庫の壁が囲む。周囲には窓もドアもない。


「突き当りと言っていたが……途中に店があったのか?」


 ここに来るまでの道のりを思い出していると、背後から低い声がした。


「まったく、キミは少し落ち着いて行動したほうがいいよ」


 聞き覚えのある声にバッと振り返りながら腰を落とす。

 足の裏で地面を撫で、いつでも攻撃できるようにかまえると、探していた銀髪が困ったように揺れた。

 昨日のカフェで見かけた時と同じ顔。ずっと年上で渋みのある男前。銀髪の下にある、特徴的な灰色の瞳がニヤリと細くなる。


「好戦的だね。私を探していたんだろう?」

「ヴェールはどこだ?」


 オレの質問に色男の片眉がピクリと動いた。


「ヴェール君なら昨日の夕方、カフェで別れてから知らないよ」


 嘘を言うな! と叫びたいところだったが、オレは男を睨んだまま黙った。

 姿は見えないが囲まれている気配がする。


 視線だけを動かして周囲を探っていると、色男が真剣な声音で訊ねた。


「もしかして、戻っていないのかい?」


 灰色の瞳が鋭くなる。

 少しの情報も渡したくないオレが無言を貫いていると、男が軽く右手をあげた。それだけで、周囲を囲んでいた気配が消える。


「……何をした?」

「ヴェール君を探しに行かせた」

「この場にいた全員に、か?」


 姿は見えなかったが気配だけで五~六人はいたはずだ。いや、それ以外にもオレが気づかなかっただけで、もっといたかもしれない。

 予想外の展開にどう対応するか考えていると男が軽く頷いた。


「当然だ。あれだけ優秀な子が一晩、戻っていないとなると只事ではないからね」


 ヴェールの実力を正当に理解している。しかも、状況の理解から対応までが早い。いや、早すぎる。


「本当に、おまえは知らないんだな?」

「あぁ。こんなことになるなら、ちゃんと送れば良かった」


 後悔混じりの声にオレはかまえを解いた。

 少なくとも敵ではない、今は。


「さすがに子どもじゃないんだ。それはヴェールが拒否する」

「だろうね。でも、オジサンから見ればキミたちはまだまだ子どもだ」


 その言葉に苦笑が漏れる。


「これでも、今年で学校を卒業して成人するんだが」

「勝手に嫉妬して、その怒りを相手にぶつけるようなヤツはまだまだ子どもだよ」


 昨日のカフェでのことを言われ、カチンとなる。


「あれは嫉妬じゃない。それに、おまえがヴェールに触っていたのが原因だ」


 オレの言い分に男が心外だと言わんばかりに顎に手を当てて首を傾げた。


「おや、お嬢さんたちにベタベタを触られていたキミがそれを言うのかい?」

「そ、それは、あいつらが勝手に……」

「キミなら触れられる前に逃げることも出来たんじゃないかな?」


 的確な指摘にグッと言葉が詰まる。


「……咄嗟のことで、慣れていなくて……って、おまえには関係ないだろ!」

「関係あるよ。キミがベタベタ触られている光景を見たヴェール君が泣きそうな顔になっていたから、私は心配になって触れていたんだ」


 その内容にガンッと頭を殴られたような衝撃が走る。


「ヴェールが……泣きそうな顔、に? どうして……」


 あの可愛い顔が泣きそうになっていた。その姿を想像しただけで胸が抉られたように苦しくなる。

 無意識に胸元の服を掴んでいると男が肩をすくめながら答えた。


「それだけ、ショックだったんだろうね」

「どうして、ショックを……?」

「そこは本人に聞いてみるしかないかな」


 そう言うと男が顔だけで振り返り、建物の陰に話しかけた。


「そうか、わかった。待機していてくれ」


 その言葉だけで、スッと気配が消える。


「なんだ?」


 再び警戒するオレに色男が口の端をあげた。


「ヴェール君が見つかったよ」

「こんなに早く!?」


 驚くオレに男が当然のように話す。


「人探しにはコツがあるんだよ。キミのように闇雲に聞き回ればいいってわけじゃない。まあ、あれはあれですぐに私に見つかったから、方法としてはアリなのかな」

「オレのことはいい! 今はヴェールだ!」

「あぁ、そうだね。昨日、ヴェール君とカフェで別れた時間帯に、いつもあの付近にいる人たちを中心に聞いてまわったんだ。そうしたら、ヴェール君の姿を見た人が数人いてね。そこから居場所を突き止めたよ」


 その方法にオレは目を丸くした。


「まさかっ!? この街の人間の動きを把握しているのか!?」

「そこまで大きな街じゃないし、住人の動きぐらいなら可能でしょ?」


 男が当然のように言い切る。その姿にオレの背中に嫌な汗が流れた。


 ただの色男ではない。得体の知れない大きな力……いや、大きな組織を持ち、それを操るだけの力を持っている。


「おまえは……何者だ?」


 オレの質問に灰色の瞳がフッと笑った。


「それより、ヴェール君を助けに行かないのかい? キミが行かないなら私だけで行くけれど?」

「行く!」


 即答したオレに男が踵を返した。


「それは良かった。ヴェール君をさらった相手はキミに用があるみたいだからね。キミが来たほうが話が早く済む」

「オレに用だって?」

「詳しい話は行きながらしよう」


 そう言って男が歩き出す。

 いろいろと怪しいが今はヴェールを見つけるほうが重要だ。

 そう判断したオレは前を行く銀髪を走って追いかけた。




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