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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

100年の眠りから覚めた彼女は、鬼である夫の狂愛から逃れられない

頭を空っぽにして読んでください。

また似たようなのを書きました。


ハッピーエンドであり、ある意味バッドエンド……?かも。

「人間じゃ、人間の女じゃ」

「ああ、ではあれが若様の……」

「全く、若様にも困ったものじゃ……」


 ひそひそと聞こえてくる声達に、私はこっそりため息をついた。

 こんなもの、もう慣れきったことだ。だというのに、私の心には暗い何かが覆い被さってくる。


(……私が、人間じゃなければ)


 そう思った後、慌てて首を振った。そんなことを考えるのはらしくない。人間である自分を、彼は好きになってくれたのだから。


 ……けれど。


(どうしたものかな……)


 私は瞼を閉じ、尽きることのない悩みごとに頭を働かせるのであった。




 元々私、千景は農民の娘だった。

 父が居て、母が居て、姉弟が居て。ただただ、平和な時を過ごしているだけの人間だった。


 そんな生活に変化が訪れたのは、山菜を取りに森の中へと入った際、小さな小鳥を助けたこと。

 怪我をしていたらしいその子を家へと連れ帰り、看病をした。数日もすれば小鳥は元気を取り戻し、ぱたぱたと空へと帰っていったのである。

 よかったなぁと笑顔になったのも束の間。……今度は、見たこともない服装をした男の人が、私を尋ねるようになった。


 聞けば、小鳥の飼い主だという。村には似つかわしくない豪奢な着物を着たその人はちょくちょく顔を見せに来ており、何とはなしに、私と世間話をしていくようになった。


 途中で気付いた。多分この人、人間じゃないな、って。


 この国には妖というものが存在している。人間とは違う理で生きているその人達は、普段人里には降りてこないはずなのだが、何故だかその人はしょっちゅう私の村に来ては、私と話をしていくのだった。

 不思議な人だなぁ。と思ったのをよーく覚えている。

 顔に変な面着けてるし。


 だから、その人と出会ってから暫く経った後。

 耳まで真っ赤にしながら、綺麗な花束を渡されて告げられた言葉に、私は面食らうしかなかった。


『お、俺と! 結婚してくれないか……!!』


 ──どうやらそのヒトではないお人は、私のことが好きだったらしい。今の今まで気が付かなかった。

 当然「ええええ?!」となった。叫んだし、後ずさりもした。だって生まれてこの方、モテたことなど一度も無かったから!


『と、とりあえず、これは受け取ってほしい』

『は……はぁ……』

『そして、その、考えてみてはくれないか。俺との結婚を……』


 いや、でもあなた人間じゃないですよね?


『?! 知っていたのか?!』


 まぁ……そうですね……。



 なんて、やり取りをした時もあったな。

 私が実家を離れてここに居ること。それが何よりも、現実を表していた。


 まぁ、とどのつまり。

 うっかり「可愛いな」とでも思ってしまったからか。それとも彼の友人とやらが何人かやってきては、「あいつほんと良い奴だから」「頼んますよ〜!」とか言ってきたからなのか。

 よく分からないが、私は最終的に彼との結婚を受け入れたのだった。


 結婚式は盛大に行われた。

『やんや』『やんや』と、小さな鳥達が楽しそうに踊りを踊る。その中に、私が看病をした小鳥も居て、くすりと笑みが零れた。


 その後、私は家族に別れを告げ、妖達の住まう世界、旦那様──アキトの住まう屋敷にやってきた。

 そこでは色んな人達が居て、最初はみんな、温かく迎え入れてくれたのだ。少し不安だったけれど、愛する人と一緒になれたのだから、ここで頑張っていかないと。と思っていた私には、嬉しい出迎えの数々だった。


 それが、いつからだろう。

 雲行きが怪しくなっていったのは。



 *



 ──人間と妖の間では、子を設けることが出来ないらしい。

 そんなことを聞かされ、私は面食らってしまった。教えてくれたのはアキトの友人である、妖狐のヨウレイ。


「人間と妖では身体の構造がまるで違うんだ。だから、子を成せない。男と女同士であっても」


 私はその言葉にショックを受けると共に、納得をしていた。

 ここに居る、優しかったはずの皆が、だんだんと冷たくなっていくのを感じていたから。


 要は、私が妻では旦那様の血筋……高貴なる鬼の血を繋げていけないから、だそうだ。

 これを聞いた話だが、最初みんなが優しく迎え入れてくれたのは、アキトが妖の側室をとるものだと思っていたから。それなら子孫に関する心配事はないなと安心していたらしいのだが……。


 私は知っている。アキトが私以外の妻を娶るつもりが無いことを。


「跡継ぎはどうするの」


 そう問うた私に、アキトは「大丈夫だ」と言った。


「今時、血筋重視だなんて古い考えだよ。

 きちんと見所のある鬼を見つけて、そいつを跡継ぎにしようと考えているから、安心しろ」


 私を安心させるように抱きしめ、額に口づけを落としてくるアキト。

 そうされても、私の心は「本当にそれでいいのか?」という思いに支配されていた。


 アキトの子供が望めないということは、彼に家族を作ってあげられないということだ。子も、その先の孫も、私では彼に与えてあげられない。

 永遠に二人ぼっちのままだ。


 それに、彼は鬼の一族みんなを「生まれた時からずっと傍に居た大切な仲間だ」と言っていた。今、その一族と彼の間には大きな溝が出来ている。

 人間である私を、嫁にしたから。


(……こんなの、だめだ)


 私のせいで、今アキトは「人間の女に騙された哀れな当主」として嘲られている。

「もう一族はおしまいじゃ」と嘆く声も聞こえている。


 私のせいで、屋敷の中の空気は最悪に近いものだった。


 それでも、アキトと一緒に居たい。

 私は妻としての役割を果たそうと、炊事、洗濯などの家事類を頑張ったり、一族の皆に認めてもらおうと、様々な試みをしたけれど。

 それでも彼らは苦い顔をするばかりだった。

 最近では、私を見るだけで嫌そうな顔をし、「ああ臭い臭い」と鼻を覆いながら逃げていく妖も居る。


 そんな状況に、私の心はどんどん、疲弊していっていた。



 *



「千景」


 夜。二人だけの寝室で、アキトが私に言う。


「最近、疲れているだろう。顔にそれらが出ている」

「……そんなことはないよ、アキト」

「いいや、俺には分かるさ」


 アキトが私の頬を撫でる。

 そして「……本当にすまない」と口にした。


「俺も、あいつらの愚行を止めようとはしているのだが……、人の口に戸は立てられない。誰かが不満を口にすれば、それはどこかから広がってしまう。

 いっそ、文句を言う輩は全て殺してしまおうか?」

「そっ、そんなことさせられるわけないでしょ?!

 アキトはこの一族の長。みんなを守るべき存在なんだから! そんなことしたらぜっったい、許さないからね?!」

「むぅ……、そうか……」


 不満そうな顔を見せられても知るもんか。

 ここは彼の仲間が集う場所なのだ。そんな所で、不満を持つ相手を片っ端から殺していったりなんかしたら、今以上に彼への誹謗中傷が起こってしまう。

 それに、彼らだって決して悪い妖達ではないはずなのだ。きっとこれからの一族のことを憂いて、不安に駆られているだけなのだから。


「……なぁ、千景」


 アキトが私を抱きしめる。

 いい香りがして、私はその胸板に顔を埋めた。


「お前が望むのなら、俺は、ここから出たっていいんだ」

「……アキト」

「二人でどこかに行ってしまおう。それなら、余計な声は聞こえなくなる」


 やさしい、やさしい声だった。

 私の全てを包み込んでくれるような、優しい声。


 けれど、私は首を横にぶんぶんと振る。


「あなたの故郷はここでしょう? 私、あなたの大事にしてきた一族のみんなと、仲良くやっていきたいの」

「……」

「だから……、そのお誘いは、また今度ね」


 私の答えに、アキトはどこか寂しげな表情で「……そうか」と呟くだけだった。



 *



 それでも、私がどんなに皆に認めてもらおうと思っても、現実は残酷だった。


「……あれ? 誰だろう……?」


 いつも通り、私が家事を行っていると、美しい装いをした鬼の女性が皆に連れられ、アキトの部屋に入っていくのを見た。

 あんな人、今まで見たことがあったっけ?


 そんな風に疑問に思っていた私の耳に、丁度近くに居た妖達がヒソヒソと話す声が聞こえてきた。


「……おお、とうとうヒスイ様が我が家に……」

「遠縁だとは言うても、れっきとした鬼の一族である女性。若様の奥様にはピッタリじゃ……」


 そこまで聞いて驚愕した。あの美しい女性は、アキトの奥方候補だったのだ!


「あの! 今の話本当ですか?!」

「ヒェェッ!」


 慌ててそちらに向かい声をかけると、妖達は身体をびくんっ! と跳ねさせながら叫ぶ。

 しかし、私の姿を確認したその人達は「なんだ、人間の娘か……」とつまらなさそうに呟いた。


「本当も何も、もう決まっていることじゃ。あの美しき女性……、ヒスイ様が、アキト様の正式な奥方となる」

「え……」

「当然だろう? 貴様は若様の子を孕めぬのだから。

 これも鬼の一族の更なる繁栄のためじゃ」


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 ──分かってはいた。みんなが私をよく思っていないこと。私では、アキトの血を継いでいけないこと。


「もう婚礼の儀も近づいておるはずじゃ! ああ、ヒスイ様の婚礼姿は何物をも寄せ付けぬ、高貴な美しさじゃろうな!」

「人間の娘とは大違いじゃ! ひゃひゃひゃ!」


 ──ここに居る人達の殆どが、私なんて、いらないと思っていること──。


「まあそういうことだ。荷造りを始めるが良いぞ、人間の娘よ!」

「そうじゃそうじゃ。もうすぐで、お前の居場所はここには無くなるのだからな!」


 妖達の楽しげな笑い声が反響する。

 聞いていられなくて、その場で耳を塞ぎながら、そのヒスイ様とやらが入っていったアキトの部屋を覗き見る。


 ……美しい、光景だった。


 ヒスイ様とアキトがお互いを見ながら、楽しげに微笑んでいて。

 ああ、きっとあの場に赤ん坊が居たら。さぞかし素敵な画になるのだろう、と。


 あまりにも、その光景が想像できてしまって。


「…………ッ!!」


 もう見ていられなくなった私は、その場から走って逃げ出したのだった。



 *



「ねぇ、ヨウレイ。お願いがあるの」


 向かった先は、こんな状況の中でも私に優しくしてくれる妖の一人だった、妖狐のヨウレイの所。


「前に、「存在を忘れられることのできる術がある」って、言ってたよね?」


 苦しさに泣いていた時。丁度屋敷を訪れていたヨウレイが、教えてくれた術。

 妖術に長けているヨウレイは様々な効果の術を知っており、それもその中の一つだった。「自分の存在を人から忘れ去ることの出来る術」。

 この術を使えば、見知った人たちの記憶の中から、自分を消し去ることができるらしい。といっても期限付きで、出来てせいぜい100年ほどらしいんだけど。


 それでも、「人間」である私には、十分な時間だ。


「……千景、まさか」

「お願い、ヨウレイ。その術を、私にかけてくれない?」

「……アキトはどうしたの。アキトがそんなこと許すわけない! 今すぐあいつをここに呼んで……!!」

「やめて!」


 思わず叫ぶ。ヨウレイの腕を両手で掴んで、私は俯きながら懇願した。


「もう、疲れたの」


 ……心からの叫びだった。


 ずっと、ずっと頑張ってきたけれど。私にはもう、あそこで暮らしていくことはできない。

 毎日毎日誰かの悪意に晒されて。アキトは必死に守ってくれようとしていたけれど、その気遣いですら、私にはずっと苦しかった。彼の名誉を守ることもできないくせに、自分ばかり守ってもらっている、そんな状況が。辛くて辛くてしょうがなかった。


「私では、あの人の血を継がせてあげることができなかった。私では、あの人に家族をあげることができなかった。

 だから、もう、いいの。あの人にはヒスイ様が居る。私なんかよりも綺麗で、れっきとした鬼の一族で……」

「何言ってるの、ヒスイって誰! 誰がそんなことを言った?!

 ねえ千景、もうちょっと待って。私が今すぐアキトのところに行って、あいつをブン殴ってきてやるから! だから……!」

「ううん。そんなこと、しなくていい」


 静かに首を横に振る。


「アキトは優しいから、私がそんな思いをしたことを知ったら、ヒスイ様との婚姻をやめてしまうかもしれない。

 アキトは優しいから、私の記憶があったら、私を探しに来てしまうかも。だから……、この術がいいの」

「……千景……」

「一生のお願いよ、ヨウレイ。私を一人にさせて。そしてあの人を、正しい幸せに導いてあげて」


 何度も何度も頭を下げて懇願した。

 そんな私を見つめながら、ヨウレイは暫くの間黙った後。


「…………、わかった。君の言う通りにしよう……」


 と、言ってくれた。


 私は顔を上げて、ありがとうありがとうとお礼を言った。ヨウレイは辛い顔をしたままだった。


 ごめんね、ヨウレイ。

 あなたに苦しい役割をさせて。


(……でもきっと、私の存在があると、アキトは私を追い求めてしまう)


 それくらい、彼が私を大事にしてくれていることはわかっているつもりだ。

 けれど、それじゃあダメなのだ。彼にはヒスイ様のように、ちゃんとした妖で、美しく優しい女性と添い遂げてもらわなければならないのだから。


「じゃあ、術をかけるから。……目を閉じて」


 言われた通りに目を閉じる。


 ……ああ、これで、私とアキトの繋がりは無くなる。

 何故なら彼は100年間私を忘れて、その100年のうちに、私の寿命は終わるからだ。

 正真正銘、これで、お別れ。


(……最後に、愛してるって、言えばよかったかなあ)


 そんなことを考えて、やめた。

 今更そんなことをしたって、意味がないから。


 ヨウレイが何かの呪文を唱える。

 その呪文が進むにつれて、私の身体を眠気が襲い。


 気がついた時には、私は眠りに落ちていたのだった。



 *

 *

 *

 ・

 ・

 ・



「……ん、……?」


 目を覚ました時、私の視界には見知らぬ天井があった。


(なんだか、長い間眠りについていたような気がする……)


 不思議とそんな気がしたが、まぁ気のせいだろう。


 むくりと身体を起こす。

 周りを見回してみても、やっぱり知らない景色だ。アキトの屋敷に似ているけれど、やっぱりどこか違う。

 でも、ヨウレイの屋敷でもない。


「……あれ? ここ、どこ?」


 首を傾げた次の瞬間、スッと襖が開いた。



「千景……!!」



「え」とそちらを見る。

 この、声は。


「アキト……?」


 そう。紛れもなく、アキトの声と姿がそこにはあった。

 私の驚いた顔を見た彼は、目に涙を溜めながら「ああ、よかった千景!!」と抱きついてくる。


「このまま目が覚めなかったらどうしようかと思った……!!」


 ──一方の、私。脳みそが追いついていってない。


 ここはどこ。どうしてアキトが私を覚えているの。

 そして。


 さっきから、額辺りにあった違和感。


「……これ……」


 まだ鏡で見ていないから、ちゃんとしたことは分からないけれど。

 これは、まさか。


「無事に鬼として覚醒できたんだな。嬉しいよ、千景」


 ──やっぱり!!


「アキト、私に、一体何をしたの……?」


 震える声で尋ねる。

 すると、嬉しそうな顔で微笑んでいたアキトの顔が、一瞬にして真顔に変わった。


「お前こそ、あの時何をしようとしていた? 俺に」




「千景は100年間眠っていたんだよ。ヨウレイの術によってな」


 アキトが私を抱き上げ、ふわりふわりと浮きながら言う。


「千景が望んでいた、「記憶から自分を消し去る術」はかけられていなかった。

「千景は何も悪くないのに、どうしてそんな術をかけられなければならないのか」とヨウレイが思ったからだそうだ」

「…………」

「しかし、「一人になりたい」と言ったお前の願いは叶えてやりたいと考えた。

 そこでかけたのがこの「100年間眠る術」だ。これなら千景は100年間、その身を休めることができる」

「……そ、それなら、その後アキトはどうしたの……?」


 私が尋ねると、アキトは優しく微笑み返して言った。


「勿論、お前の異変を感じ取ってヨウレイの所に行ったよ。いやぁ、あの時は喧嘩しまくったな……。

 けど、言われたんだ。

「ここまで千景を追い詰めたのはお前だ。100年間、そのことを反省して、自分の身辺を整理しろ」って」

「整理……?」

「おっと、着いたぞ。ここだ、懐かしいだろう?」

「え……」


 アキトの足が止まる。

 ふわりとその場に降り立ち、私の身体を下ろしてくれた。


 目の前に広がったのは、ぼろぼろになったかつての、鬼の一族の屋敷。


「な、にこれ……?!」


 どう考えても争った形跡がある。半壊している建物の中には、大量の血の跡。

 明らかにおかしい風貌だ。


「アキト、ここで何が……ッ」

「何って、要らないものを処分しただけだぞ?」

「え……?」


 意味が分からなくて聞き返す。


「お前を傷つけた者。お前を不安にさせた者。

 全部、全部、この手で殺してやった」

「……は、」

「今まで辛かっただろう? 俺のせいで……。ごめんな。

 でも、もう大丈夫だ。俺達を邪魔するものは全て排除した! だから、また以前のように笑ってくれ、千景!」


 アキトが両手を広げる。

 その顔は笑っていた。けど……。


 確実に、以前の彼とは違う笑みだった。

 私は背筋がゾッとするのを止められない。


「何を、言ってるの。この血の跡は何?

 殺したって……、まさか一族の皆を?! どうしてそんなことを!!」

「どうして? その質問こそ「どうして」だ」

「は……?!」

「俺にとって一番大切なものは、千景。お前なんだから。

 お前を傷つけていた有象無象など、要らないに決まってるだろう?」


 へたり、とその場にへたり込む。

 一気に身体から力が抜けてしまった。

 そんな私を、アキトは心配そうに「大丈夫か? まだ目覚めたばかりだからな……」と言いながら介抱した。


「そんな……」

「それに、もう千景は俺と同じ鬼なのだから、子の心配をすることもない。俺達は子供を作ることができる!」

「そんな、私は、こんなことを望んだわけじゃ、」

「人間を妖に変えるのは苦痛を伴う故、今まで手を出さないでいたのだが……。これで千景の憂いが晴れるのなら、もっと早くにやっておくべきだった。

 ああ、すまない。俺が未熟だったのだ……」


 アキトと話が噛み合わない。私は一族の皆を殺すようなアキトを望んだわけじゃない。鬼になりたいと願ったこともない。違う、違う、違う!!


 けれど、100年間置いていかれた彼の頭は、もうどこか壊れてしまっているようだった。私がいくら彼を拒否しようとも、不思議そうな顔をしてどうしてだと尋ねてくるだけ。


「……こんな……」


 こんな、ことになるくらいだったら。

 もっと頑張ればよかった?

 もっとあの環境で、何でもないような顔をして振る舞うべきだった?


「それは違う。千景」


 私を頬を両手で掴みながら、まっすぐに私を見据えて言うアキト。


「これで、よかったんだよ。

 俺には千景が居ればいい。それ以外は、何も要らない」

「……アキ、ト」

「さぁ、ここからまた始めよう。俺達の血を、繋いでいこうじゃないか」

「ま、待って、まって……、まだ……」


 もう用は無いと言わんばかりの顔で、アキトが私をまた抱き上げる。

 遠ざかっていくかつての屋敷を眺めながら、私は一人、涙を流すのだった。


(──どこからが、間違いだったのでしょう)

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