5.た・す・け・て
その日は、一日中顧客対応で走り回っていたため、クタクタに疲れていた。
静緒さんの顔を見て癒されたいと思いながら、部屋に戻り上着を脱いだ時だった。
ガタンと壁の向こうから音がしたとおもったら、何処からともなく風の音が聞こえてきた。すると周りの景色が消えて闇に包まれた。とたんに、体が震え出し、殺されるという思いに取りつかれ、とてつもなく怖いと言う思いが湧いてきた。
闇の中に一点薄ら明るい部分がある。そこから声が聞こえてくる。
「やめて、殺さないで!」
この声は聞き覚えがある。
静緒さんの声だ。しかし、声な響き方がおかしい。まるで、水の中で聞いているような。
「やめて、助けて。」
また声がした。
その後に続けてハッキリと声が聞こえた。
「た・す・け・て」
これは、静緒さんの声じゃない。まだ出来上がってないような声。
ハッとした。
その時また隣でガタンと壁にぶつかるような音がして、景色が元に戻った。
僕は、部屋を飛び出し隣の静緒さんの部屋のインターホンを鳴らし、ドアを叩いた。
「すいません。中村ですが、いますか。」
何の返事も無い。
ドアに耳を当て中の様子を窺う。
「助け・・・」
わずかに声が聞こえた。
僕は部屋に戻りベランダから隣のベランダを覗き込む。明かりはついているが、窓ガラスはカーテンが閉まっていて中が見えない。
柵を乗り越えて、隣のベランダに飛び移った。
ガラス窓の鍵はかかっている。ガラスを叩いて「すいません」と大きく声をかける。
カーテンの隙間からチラリと中が見えた。静緒さんが踞っているのが見えた。側に男がいる。
僕は辺りを見回し、花を植えてあるポットの下のコンクリートブロックを引き抜いた。
そのブロックを振り上げるとガラスにおもいっきりぶつけた。
ガラスは凄い音を立てて割れた。割れた破片を取り除いて中に手を突っ込んで鍵を開ける。
ガラス窓を開けてカーテンをひくと壁際に二人の人がいる。
一人は髪の長い女の人で背中を丸めて、両手でお腹を庇う様に踞っている。顔は見えないが静緒さんだと分かる。
そして、その側に片手で静緒さんの頭を押さえつけ、もう片手にゴルフのクラブを持って振りかざしている静緒さんの旦那さんがいた。
静緒さんの旦那さんは、呆然とした顔で僕を見つめている。
「な・何だお前は」
旦那さんは固まったまま声を絞り出した。
僕は部屋の中に入り旦那さんの方に2.3歩進んだ。
旦那さんは静緒さんの頭を押さえつけてる手を離して立ち上がり僕にゴルフクラブをむける。
その時ドアを激しく叩く音が部屋の中に響いた。
「福良さん。どうかした?凄い音がしたけど。」
大家さんの声だ。異変に気付いた大家さんが下から見に来たのだろう。
旦那さんの後ろで静緒さんは立ち上がり必死にドアまで行くとカギを開けた。
ドアが開くと大家さんが立っていた。静緒さんは大家さんをみるとズルズルとその場に崩れ落ちた。
大家さんは、部屋の中を見て目を丸くして固まっていた。