1.一つ目の悪夢
風の音?
向こうの方で何か動いている。モソモソしている。
小さい奴が動いている。段々大きくなってきた。こっちに近づいているのか。どんどん大きくなる。
象だ!大きいわけだ。ずんずん来る。
うわっ、目の前に来た。真上に象の鼻の裏側が見える。こんな光景見た事無い。
止まれ止まれ。踏まれる踏まれる。
止まらない。前足を上げた。
踏まれる!
カーテンから光が漏れてる。
心臓がばくばく言ってる。本当に踏まれるかと思った。怖かった。何てリアルな夢だったんだ。何でこんな夢見たんだろう。
僕は、少し体を起こしてベッド横にあるカーテンを引いた。朝の柔らかい光が部屋の中に入って来てほっとした。体が重いが、取り敢えずベッドから転げるように脱出して、トイレに入った。
トイレから出るとニ三歩歩いてドアの新聞受けから朝刊を抜き、すぐ横にあるキッチンのテーブルに投げ置く。
それで分かった。何であんな夢をみたか。
今投げた新聞の下に昨日の朝刊が見えた。テレビ欄に深夜映画があったのを思い出した。
『エレファントマン』だ。深夜にやってた。見ては無いけど、その名前だけで想像してしまったのか。
『エレファントマン』の主人公は、病気で体が物凄く変形してしまった。それで、見世物にされてしまうのだが、その興業主の付けた謳い文句が、『母のお腹にいる時に象に踏まれて異形に生まれた男』だった。
それで、そのタイトルを見て無意識に象に踏まれる事を想像してしまったのか。
僕、中村正太は社会人になって三年目。朝は、ギリギリまで寝ていたい。朝ご飯も別に食べなくてもいいのだが、腹に何か入れていないと体に悪いというので、トーストを一枚食べる。
今のところ文句も無いし、特にやりたい事も無いのだが、このアパートに引っ越して来てから幸せが一つ出来た。
出掛ける支度が出来たのでドアノブに手をかけた。ドアノブを回す前にカチャリと音がする。
心にフワッと薔薇色が拡がり心臓が高鳴った。
急いでドアを開けると、外の空気が顔に当たり透き通った青空が目に飛び込んでくる。
「おはよございます」
隣の部屋から出て来た福良静緒さんに朝の挨拶をする。
静緒さんは、ゆったりとした白いワンピースの上にピンクのカーディガンを羽織って、片手にゴミ袋をもっている。
相変わらず美しい。その中にもほんのり色気を漂わせている。
「おはようございます」
ニコリと微笑み、挨拶を返してくれた。
長い髪を後でまとめ、おでこに前髪が掛かっている。ゴミ袋を出す姿も可愛い。
静緒さんに会えると一日が幸せになる。このアパートに引っ越して来て良かった。
外の廊下に出ると手すりの下、一階で何か動いているのが視界に入った。
大きな黒い固まりが歩いていた。