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にちわのできるとき

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、先輩聞きました? あと三日くらいで、皆既日食が見られるみたいですよ。

 残念ながら、日本では無理みたいですね。アメリカにいる人たちでないと観測できないとか。

 皆既日食は、ときおり創作の世界でも取り上げられますね。神秘的な要素の象徴として。

 数百年に一度とか、ものすごい箔がついていることもありますが、地球全体で見たならもっと頻繁に観測できるそうな。

 それでも、とある一ヶ所に観測地点を絞るなら、確かに大きく間隔は開くかもしれませんね。数が減れば希少性も増し、よりありがたみが醸成されていくわけです。


 しかししかし。中には皆既日食以上に珍しい、太陽の状態があるらしいんですね。

 今を生きている誰も見たことはないかもしれませんが、私の家にはそのときの話が伝わっているんですよ。

 先輩も、耳に入れてみませんか?


 日がかけるときは、西から欠けていくものです。

 太陽が月を追い抜いていくその途中に、太陽が月に隠れることで日食が起こりますからね。東から西へ動く関係上、進む先の西側から見えなくなっていきます。

 ということは、その法則より外れるものは、私たちの知る現象とは異なるというもの。

 言い伝えによると、それを「にちわ」と呼んでいるそうなんですね。


 漢字で書けば「日輪」なのですが、これだと「にちりん」と区別がつきませんからね。現象を語るときには、もっぱら「にちわ」と私たちは表記しています。

 にちわが訪れる場合、太陽は中心部から欠けていくようですね。

 最初は自分の目の錯覚だと思われたものが、どんどんとその黒点を広げていき、じきに誰の目にもはっきりとわかる、黒い輪となって君臨するんです。

 過去、何度かあったこのにちわの現象がもたらすものは、多くが気候の変化だったみたいですね。

 このにちわの日を境に寒くなったり、熱くなったり、風が強まったり……。

 人々はそれぞれの可能性を考えて、そなえを行っていくらしいのですけれども、その中でも、いっとうのレアケースというのが、私の聞いた話なんですね。


 それはちょうど、正午ごろの時間帯だったといいます。

 野良仕事を終えた村の人が、ふと空をあおぎみると、まばゆいばかりの光を放つ太陽が昇っていましたが、その中心に針の先ほどの黒い点があったそうです。

 最初に見る人のほとんどが、それを「にちわ」とすぐさま判断できないそうです。

 つい、自分の視力とかを先に疑ってしまって、お天道様が原因とは最初に思いづらいのですね。

 しかし、黒点はじわじわと肉眼で見える早さでもって版図を広げていき、その人もこれが「にちわ」かと思い始めたようなのです。


 いったいどのような変化が来るかと、彼は村の皆と合流し、村の中央で様子をうかがい始めました。

 皆の前で、なお太陽を黒く染めていく点ですが、やがてその日の輪をまだゆとりを残したところで侵略を止めてしまったようなんですね。

 聞いていた「にちわ」によると、それこそ日を輪郭部分以外すべて埋め尽くし、あたりを暗がりへ落とし込むのが常……とのことでした。

 それが、せいぜいあたりは曇り空と同じくらい。

 聞いていたほどの光のさえぎりではない……と、村のみんなはあやしく思っていました。


 なお見張る太陽は、やがて次なる動きを見せます。

 陣取る黒点、その真ん中部分。

 先ほど、自らが太陽の上へ姿を現し始めた地点に、今度は別の青白い色がにじんできたのだと。

 じんわりと時間をかけた黒と違い、今度の青白い光は遠慮がありません。

 水に垂らした染料のごとく、ぱっと四方へその身を広げました。それでいて、あらかじめ広がっていた黒の領域をはみだし、外へ飛び出る様子もない。


 太陽はいま、一番外側のふちから黄、黒、青白の三色に支配されている。

 黒はほとんど青白に塗り潰されて、残っていません。

 元あった陽の黄色の光と、新たに混じってきた青白。この両者が交わらない、申し訳程度の境目として、黒がのさばっていたのです。


 ――指輪、だ。


 集まった皆がその光景に見入る中で、誰かがそうつぶやきました。

 元の陽の光の部分は輪、黒点はえぐり抜かれた指輪の空隙、そして青白いのはそこへ差し入れられる指。

 黒は変わらず、かろうじて輪と指を隔てていて、わずかながらゆとりを持たせているかのごとき格好だったんですね。


 指輪という推測、あながち外れでもなさそうでした。

 青白さが黒を満たしてより、少したってから、輪となった太陽がぐっと西へ傾き始めたんです。

 周囲の明るさは、大差ありません。

 なぜなら、指輪となった太陽のすぐ後に、あたかも元から重なっていたかのような形で、真っ黄色な太陽が現れたのですから。

 本来あるべき位置を新しい太陽に奪い取られ、指輪と化した太陽は、あっという間に西の山の向こうへ消えていってしまったんです。

 皆は目をぱちくりさせるばかり。

 自分たちが目撃したものの正体をはかりかね、しばらくはあれやこれやと、推測を飛び散らかせました。

 新たな太陽は、これまでの太陽がそうであったように空へとどまりながら、ゆっくりと時間をかけて西へ傾いて落ちていきます。


 それ以来、私たちの浴びている太陽は果たして何に変わったのか。

 まだ答えは出ていないみたいなんですね。


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